『長い20世紀-資本、権力、そして現代の系譜』

『長い20世紀-資本、権力、そして現代の系譜』

2009年3月29日付けの朝日新聞の朝刊で、柄谷行人が書評で取り上げてくださったので、 既にご存じの方も多いと思うが、世界システム論の代表的論者の一人ジョヴァンニ・アリギの代表作の邦語訳である。

原著は、1994年だったので、その後の時代の変化を勘案して、特別に日本語版序文を書いていただいた。 1990年代初めの頃は、まだ日本経済にも勢いがあったため、 アメリカからのヘゲモニー・シフトが日本を中心にした東アジアであるという見立てがなされていたため、 このままでは出版できないということもあったからである。 昨年、アリギは、『北京のアダム・スミス』という新著を出し、そこでは、中国を中心にした東アジアが、 イラク戦争によって没落を早めたアメリカにとってかわるという見立てを前面に押し出したが、 日本語版序文でも、そうした修正を入れている。

まず彼の本で興味深い点は、『《帝国》』で一躍有名になったネグリたちの論争との関連であるが、 アリギの議論はネグリたちが批判するほど単純な覇権循環論ではないということであろう。 資本の論理と領土 (領域) の論理の関係は、その時代によって微妙なバランスをもって変わっていくということであり、 ネグリたちが一時期強調したような、「脱領域的な権力が世界を席巻する」というような事態は起こりそうもなく、 「脱領域的な資本の論理も強く作用しているものの、 依然として領土の論理が根強く残る」というアリギの主張の方が妥当であると思われる。 先に触れた書評の中でも、柄谷行人が、「今後に生じるのは各地の帝国 (広域国家) がせめぎあう、いわば、新帝国主義の時代である」と書いているのは、 まさに、このことと関係している。

十年以上前に出版された本ではあるが、資本の論理と領土の論理の関係性に関する議論を含めて、 本書のコア部分の内容は今でも十分に色褪せずにいる。 特に、現在の世界システムが生産拡大局面の後に続く金融拡大局面にあり、やがて終末的危機を迎えるという見立ては、 昨年からのグローバル金融危機によって現実となってしまった観がある。 そうした先見性を含めて、アリギの骨太な歴史社会学的な構想力には定評があり、 アリギのこれからの仕事にますます期待が高まっている折だったが、最近、彼の大学の同僚研究者から、 彼が重い病に倒れたことを知らされた。 彼自身の手による新しい仕事は、もう我々の目に触れることはないかもしれないが、 少なくとも、本書を含め、彼の残してきた偉大な業績を出発点にして、 我々が研究を進めることができることを幸せに感じなくてはならないだろう。 金融危機を含め今日の問題を長期的な観点から考えてみたい人には、最適の本だと思う。

(大学院国際協力研究科教授・土佐弘之)