『音楽のカルチュラル・スタディーズ』

『音楽のカルチュラル・スタディーズ』

障害者や精神疾患者に意味があろうと思って音楽療法に関わってきたのだが、だんだんこれが西洋近代の産物に見えて来だしたのは、前世紀の終わり頃のことである。もちろん、音楽療法は欧米で始まったものなので、欧米の音楽文化や社会をベースにしたものであるのは致し方ないのだが、問題はわが国にそれが入ってきた後のことだ。われわれアジア人が西洋の音楽で癒されるとしたら、西洋音楽は全人類に普遍的なものなのか? 少し前までほんとうにそう考えられていた節はある。でもいまの時代となっては、それはいくらなんでももう無理だ。少々の無理を承知でいままでの音楽研究に異議を唱えるこの書を私が訳そうと考えたのは、そのような疑問の解決に向けて少しでも歩を進めたかったからだ。

ポストモダニズム、ポストコロニアリズム、ジェンダー研究、ポスト構造主義などの立場に立ちながら、この本の立場はみごとにいままでの研究態度に挑んでいる。もし欠けているものがあるとすれば障害学の視点ぐらいのものだろう。

いまだに19世紀に作り上げられたドイツ中心の音楽史観 (さすがに音楽の父バッハ、音楽の母ヘンデルはもうご勘弁としても) が信じられているわが国の状況を、この本一冊ぐらいでは変えることはむずかしいことぐらいはよくわかっているのだが、少々のバタフライ効果ぐらいは期待したいものである。

(人間発達環境学研究科教授・若尾 裕)