『ベンチャーキャピタルによる新産業創造』

『ベンチャーキャピタルによる新産業創造』

日本のGDPは中国に抜かれ、アメリカ、中国につぐ世界第3位の地位に甘んじることになった。長年にわたって保ってきたアジア第1位の地位からも陥落した。また、昨年11月18日のイギリスエコノミスト誌の記事「On the down escalator」によれば、2050年には、日本のGDPはインド、ブラジル、インドネシア、メキシコ、トルコを下回ると指摘するゴールドマン・サックスの分析を紹介している。加えて、今年3月の東日本大震災は、わが国の進むべき道について重要な決断を迫っている。

本書のタイトルにあるように、日本経済の活性化・成長のためには「ベンチャーキャピタルによる新産業創造」が不可欠であるとわれわれ執筆者一同は考えている。ベンチャーキャピタルファーム (以下、VC) は、リスクの高い事業を展開するベンチャー企業に対して、株式取得を通じてリスクマネーを供給するとともに、投資先企業に対して経営に関するアドバイスを行うなど、次世代を担う急成長イノベーション企業の輩出において大きな役割を果たすことが期待されている。新規株式公開 (Initial Public Offering、以下IPO) を果たしたわが国の企業を見れば、その7-8」割がVCの投資先企業である。しかし、残念ながら日本のVCが次世代を担う急成長イノベーション企業の輩出においてその機能を十分に担っているかと言えば、多くの読者が疑問に感じているのが現状かもしれない。

アメリカを見るとどうであろうか。フェイスブックやグーグルは、両社ともに今や世界を代表する急成長イノベーション企業である。史上最年少の億万長者となり映画化もされたフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ、グーグルの創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンのいずれも、コンピュータサイエンス領域のバックグラウンドを持つ学生企業家である。こうした企業が短期間で世界をリードする企業へと成長するところにアメリカ企業のダイナミズムを見ることができる。グーグルは、スタンフォード大学の大学院生であったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによって1998年に創業された。その後短期間で急成長をとげ、創業からわずか6年後の2004年8月にナスダックにIPOを実施した。フェイスブックは、ハーバード大学の学部学生だったマーク・ザッカーバーグによって2004年に大学の寮で創業された。

ベンチャー企業は壮大なビジネスモデルを仮に持っていたとしても、それを実現するために必要な資金を確保できなければ前には進めない。資金の提供者も、創業時の事業のリスクの高さを考えれば、銀行 (融資) ではなく、VCに代表されるプロの投資家である。ベンチャー企業側にファイナンスのプロと渡り合えるプロ (優秀なCFO (Chief Financial Officer)) がいなければ、創業者の持分を維持し、リスクをマネジメントしながら急成長を達成することは困難である。外部投資家との投資契約にあたってはさまざまな条項が織り込まれる。CFOでありながら、バリュエーションやディールストラクチャーに関するファイナンスの知識が欠如していては、投資のプロにいいようにされてしまうのは言うまでもない。

しかし、重要なのは、外部投資家を社内に入れることはリスクが高いので、自己資金や銀行借入を利用しながら地道に成長しようとリスク回避的になることではない。短期間で急成長を実現するには、成長の初期段階で外部投資家から多額のリスク資金を導入することがどうしても必要となる。地道な成長では、グローバルなレベルでの新興産業の成長スピードについて行くことはできない。

グーグルの場合、1998年8月に、サンマイクロシステムズの共創創業者の1人であるアンディ・ベクトルシャイムから10万ドルの出資を受けて、家族や友達からの資金と合わせて100万ドル (100円換算で約1億円) の資本で創業している。創業後すぐの1999年6月には、2500万ドル (約25億円) の出資をクライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズ ( (Kleiner Perkins Caufield & Byers、以下KPCB) とセコイア・キャピタルというアメリカを代表するVC2社から受けている。KPCBのジョン・ドーアとセコイア・キャピタルのマイケル・モーリッツは伝説的なベンチャーキャピタリストとして業界に広く名前が知られている。例えば、ジョン・ドーアは、コンパック、マイクロソフト、デル、ネットスケープ、アマゾン・ドットコムに投資し、これら企業の成長初期段階の成長を支えたことで知られている。また、彼ら2人はグーグルの取締役会のメンバーに入り、ハンズオン支援 (資金提供だけではなく経営面の支援) を行うことでグーグルの急成長を支えてきた。

フェイスブックの場合も、創業後すぐの2005年に有力VCのアクセル・パートナーズから1270万ドル (約13億円)、2006年にはプレミア・ベンチャーズ、グレイロック・パートナーズ他から2750万ドル (約28億円) を調達している。その後も、2007年にマイクロソフトから2億4000万ドル (約240億円)、2010年には金融大手のゴールドマン・サックスから4億5000万ドル (約450億円) の出資を受けるなど、外部投資家から多額の資金を調達している。短期間での急成長を実現するために、両社がVC等の外部投資家からいかに多額の調達を実施しているかが理解できよう。

それでは、わが国のVCの何が問題なのだろうか。こうした問題意識を基礎にして、公益財団法人日本証券経済研究所では、既存の研究会に加えて、新たにベンチャーキャピタル研究会を設立することとなった。編者は、同研究会の主査を務めることとなり、実務家、政策担当者、研究者を交えて、VCが抱える問題を包括的に考察することとなった。2009年1月から2010年12月までの2年間に18回の研究会を開催してきた。研究会組織後の最初の段階では、新産業創造におけるVCの役割を考えるとき、わが国の現状の何が問題なのかの論点整理に時間を使った。研究会メンバーで分担を決め、分析した結果を研究会で報告しながら、分析を深めるべき点についての議論を行ってきた。1次原稿が完成してから再度議論し、2年間にわたってかなり踏み込んだ議論ができたことにある程度満足している。

ただ、重要でありながら未検討の課題もいくつか残っている。2009年7月に設立された、出資金1000億円と政府保証枠8000億円を併せれば9000億円を超える投資枠を持つ「巨大官製VC」である産業革新機構の役割や投資の成果については、設立後2年程度しか経過していないこともあり考察の対象とはしていない。また、わが国民間VCの海外投資 (例えば中国企業向け投資) の活発化についても、それが国内企業向け投資にどのような影響を与えているのかは考察していない。こうした残されたテーマについては、今後の検討課題としたい。

(経営学研究科教授・忽那憲治)