『物語としての発達/文化を介した教育』

『物語としての発達/文化を介した教育』

本書は、発達や教育をテーマとする本である。教育が次の世代を育て、社会の礎をつくる営みであるとすれば、教育の概念から根本的に考え直す必要があるのではないかという問題提起をする。競争によって自分だけが上をめざすために知的能力を磨かせるように仕組まれた教育システムでは、システムによって人間が操作される文化を再生産してしまう。地に足が着いていない高度な知識がシステムを動かすことを正当化し、競争に勝った人に強いリーダーとなる資格を付与するシステムとして教育が機能するからである。

従来の教育のイメージは、個人の能力、しかも知的能力を向上させることが教育の至上目的であり、そのために学校システムが形成されているというものであった。しかし、本書では発達を関係の物語として捉え、人間と文化との相互作用を教育と理解する観点の導入を主張する。文化を介した教育 は、学校を含めたさまざまな人の集まりにおいて可能である。そうした場を都市型中間施設と名づけた。

そもそも大学生にとって学力とは何か。これまで大学に入るまでに身につけるべき学力が論じられることはあっても、大学に入ってから身につけるべき学力についてはあまり論じられてこなかった。大学は新たに学力を身につける場ではなく学問をする場というわけである。しかしここ数年、リメディアル教育、初年次教育、導入教育など、大学入学後に身につけるべき学力やスキルの内容を明示し展開される試みが多くの大学で見られる。この新たな、大学生の学力をめぐる状況は、今全体としてどのようになっているのか、そしてどのような教育の試みが展開されているのか、今後どうなっていくのかについて考えてみようというのが科学研究費補助金課題のねらいであった。

私たちの社会には、たくさんの問題が溢れている。それらの問題を解決しようとすると、私たちの生活や生き方の変化が要求される。そうした変化は 私たちの多くにとって葛藤を生じさせる。問題と私たちとの間の葛藤でもあるし、私たちの内的な葛藤でもある。しかし、その葛藤と向き合わなければ、私たちは問題を私たちの生と切り離すか、強いリーダーに問題解決を委ねるしかない。私たち個々人が葛藤と向き合うことこそが、今の時代に求め られているのではないか。教育は、葛藤と向き合うことを促すところに大きな役割があるといえるのではないか。

 

(人間発達環境学研究科 准教授・津田英二)

2012年11月6日