『徹底検証 韓国論の通説・俗説 -日韓対立の感情vs.論理-』

『徹底検証 韓国論の通説・俗説 -日韓対立の感情vs.論理-』

「多くの日本人が韓国との親近感を感じていただけに、今回の訪問に大きなショックを受けている。今後の日韓関係は相当険悪なものになるだろう」

この文章は、とある日本の著名な韓国研究者が、2012年8月10日に突如行われた李明博大統領の竹島訪問の直後に述べた言葉である。確かに、この時の李明博大統領の竹島訪問とそれに引き続く所謂「天皇謝罪要求発言」により、日本人の韓国に対する感情は大きく損なわれた。日韓関係は一挙に緊迫の度を増し、その原因について様々な分析が行われた。

この年の日韓間における領土・歴史認識問題の悪化が大きな衝撃をもって受け止められたのには理由があった。それは2005年から2006年における竹島問題や小泉首相の靖国神社参拝問題を巡る深刻な対立の後、日韓関係が比較的安定した状況にあったからである。そしてそこには大きく次のような「理解」が存在した。即ち、2005年から2006年における紛争は、主として時の両国政権担当者、即ち、日本の小泉純一郎首相と韓国の盧武鉉大統領と言う二人の得意な個人がもたらした問題だ、とする理解である。即ち、当時の日韓関係が悪化したのは、日本における小泉と韓国における盧武鉉と言う、民族主義的でポピュリスティックなリーダーが不用意に、両国の民族感情を悪化させた結果であり、政治家の個人的な資質や信念に由来する一過性の問題に過ぎない、というのである。だからこそ、この時の紛争の責任を巡る議論は、両国の指導者に対する批判と直結し、進んで日韓両国の国民感情そのものは、寧ろ和解へと向かっているのだと、一部の人々は議論した。

そして、そのような理解は、その後小泉・盧武鉉の両者が政権の座を去り、日韓関係が暫くの間安定を保つ事により、恰も裏付けられたかのように理解されていく事となった。そしてこのような理解は両国における与野党の政権交代が行われた事により更に強化された。即ち、韓国においては2008年に野党ハンナラ党から立候補した李明博が大統領に就任し、日本でも2009年の国会議員選挙の後、民主党による政権が成立した。日本においては、保守政党であるハンナラ党を与党とする李明博の大統領就任は、李明博自身が、今日の大阪市平野区生まれであることとも相まって、「反日的」な進歩政党の政権に代わる「親日的な」政権が樹立だとして歓迎された。実際、以後、李明博政権は2011年10月頃まで、日韓間に横たわる領土問題や歴史認識問題を、極力争点化させないように管理する、という明確な政策を取り、その政策は日韓関係の安定に大きく寄与する事となった。見解はまたもや裏付けられたかに思われた。

他方、日本においても、2009年8月の総選挙で自民党が大敗して政権の座を降りる事となり、代わって民主党政権が成立した。このような日本における政権交代は、今日、韓国の人々の間で自民党の内部において「極右」勢力が台頭しつつあると看做されていた事、そして民主党、とりわけ、総選挙直後において首相の座に就任した鳩山由紀夫が、従軍慰安婦問題を始めとする日韓間の歴史認識問題の解決に対して、最も積極的な政治家の一人である、と看做されていた事とも相まって、領土問題や歴史認識問題の解決において、日本が大きく変わりつつある事の証左である、と期待された。

言い換えるなら、2005年から2006年の段階では、両国は互いに相手国内部に、問題の解決や沈静化に尽力するであろうと自らが期待する勢力が存在し、だからこそ相手国内部における政権交代や勢力の変化により、日韓関係は改善に向かい得る、と期待した。そして、このような期待は、互いが期待する勢力が奇しくもほぼ同じ時期に政権の座に着く事により一時期大きく膨らんだ。そしてその事は、日韓両国にとって大きな歴史的な節目であった韓国併合100周年の年、2010年を無事乗り越える事により、確信にさえ変わった。領土問題や歴史認識問題にも拘らず、日韓は共存し、協力し合うことが出来る。人々はそう考え、またそう考える事ができる状況が存在した。

だからこそ、2012年における領土問題や歴史認識問題の深刻化は、人々に大きな衝撃と挫折感をもたらした。これまで日韓関係に対して慎重な姿勢を取ってきたかに見えた李明博の突然の民族主義的な言動は、日本人にとって余りに唐突、そして感情的なものと認識され、やはり韓国とは領土問題や歴史認識問題において冷静な議論を行う事は不可能なのだ、と実感させる事になった。他方、このような日本の国民感情を背景とする民主党政権の、領土問題や歴史認識問題に対するかたくなな姿勢は、韓国人をして、日本社会における「右傾化」は、単なる自民党を始めとする一部政治勢力や活動家だけのものではなく、日本人全般に及ぶ深刻なものなのだ、という理解を強化させた。

大きな期待は、大きな失望に変わり、だからこそ日韓関係は大きな転機を迎えているように見える。我々は何故にこのような状況を迎えているのだろうか。実はそこには我々が見落としがちな、構造的な変化が存在する。それではそれはいったいどのようなものなのだろうか。本書ではこの問題を韓国の置かれた立場を中心に考察する。

 

(国際協力研究科・教授 木村幹)

2013年6月3日