現代ドイツの労働協約

ドイツにおいて、労働協約は、労働条件決定の最も重要な仕組みである。労働協約には、産業部門ごとに企業を横断して組織される労働組合と使用者団体の合意によって、賃金、労働時間などの労働条件が詳細に規定されている。労働条件規制における労働協約の役割の大きさが、これまでドイツの特徴であった。

しかし今日、ドイツの労働協約システムは様々な面で、大きく変容を被っている。本書はその特徴的な動向を分析したものである。

まず、労働協約が規制する範囲が徐々に縮小している。今日、協約拘束率は従業員ベースで6割程度でしかない。このことは、たんに労働協約の雇用社会全体に対する影響力の低下を意味するだけでなく、協約に拘束されない企業との競争が増大することによって、労働協約の内容そのものを 労働者側に不利にさせる圧力を生み出している(第1章)。

その一つの現れとして、金属・電機部門では、「協約規制の個別事業所化」が進行している。これまでであれば個別企業・事業所にとっては変更不可能な与件であった労働協約上の労働条件は、徐々にそうしたルールとしての「硬さ」を失い、一定の条件のもと個別企業・事業所ごとの事情に応じた労働条件の引き下げを許容するような、融通可能なより「柔らかい」ものへと変わっている(第2章)。

また、小売業などのサービス産業においては、これまでにない規模のストライキが発生している。もともとドイツは、日本を除けば、先進国中ストライキ頻度が低い国であった。しかし、使用者団体の要求がより強硬化してゆくなかで、 協約交渉における対立は先鋭化することを余儀なくされている(第3章)。

さらに今日、旅館飲食業や食肉産業など、産業部門によっては、低賃金労働の広がりが著しい。そこで、賃金の最低基準をもっぱら労働協約によって規制することはもはや限界であるとの判断にもとづき、低賃金部門を管轄する労働組合から、法定最低賃金の導入要求が登場している。この法定最低賃金導入要求はやがて他の労働組合、そして各政党に浸透し、2013年には最低賃金法が成立した(第4章)。

以上の具体的な分析を通じて、本書が描き出そうと試みたのは、「労働組合の力」とは何か、ということである。そのことを明らかにすることは、労働環境の悪化に対抗する道筋が見えにくくなっているこの日本において、とりわけ重要であると思われる。

                                            

目次

第1章
協約拘束範囲の縮小—変化の起点(労働協約システムの概要;協約拘束範囲の縮小とそれをめぐる紛争;労働協約システムの構造変化)
第2章
協約規制の個別事業所化—2004年プフォルツハイム協定とIGメル(ブフォルツハイム協定の成立;プフォルツハイム協定からジーメンス社補完協約まで;「コントロールされた分権化」の困難;転轍の可能性)
第3章
協約交渉の対立先鋭化—2007/2008年小売業争議(小売業の変容;2007/2008年小売業争議の開始;小売業争議の展開と妥協)
第4章
協約賃金の低水準化—NGGと法定最低賃金(旅館・飲食業における低賃金と協約政策;食肉産業における低賃金と協約政策;NGGの法定最低賃金導入論—「協約自治」の壁;運動の展開と政治の変化)
補論
派遣労働と労働協約

(人間発達環境学研究科・准教授 岩佐卓也)