天野経営協議会委員との対談 (2015年9月28日)

◇文理融合で閉塞感打破を――神戸大学の挑戦

国立大学は2004(平成16)年、国立大学法人に衣替えしました。教育・研究の環境はどう変化したのか、地球的諸課題を解決する研究や地域への貢献、次代を担う人材の育成を強化するために何が求められるのか。11年余が経過した国立大学法人制度と神戸大学が抱える課題を、武田廣学長と本学経営協議会学外委員の天野郁夫・東京大名誉教授が話し合いました。

 

[約18分]

 

◆減り続ける運営費交付金


武田学長:

国立大学法人化の光と影を見たとき、影の部分がクローズアップされていると思います。神戸大学の場合、国から交付される運営費交付金が年1.3%、10年間下がり続け、25億~26億円の資金がなくなりました。一方で、声高に「機能強化」が叫ばれ、厳しい財政状況、人的資源の下で頑張らなければなりません。科研費など外部資金は、運営費交付金の削減分をカバーするほど増えてはいません。

大学はある程度ゆとりがないと新しい展開ができないのではないでしょうか。競争を強いられ、3年程度で成果が出せる研究テーマに集中してしまいがちな点は、法人化の影の部分だと思います。

◆強まる文科省のコントロール


天野委員:

法人化は国立大学にとって明治以来の課題だったと言えますが、あれよあれよという間に実現しました。国会の付帯決議で運営費交付金の算定、配分が公正、透明性の高い基準で決定されるべきだとされましたが、その基本が守られていません。外部資金は、研究については産業界、国というスポンサーがありますが、教育については誰も金を出す人がいません。どうしても教育の面(の資金)が薄くなってきます。

各国立大学法人が文科省とある種の契約を結ぶ、それが中期目標・中期計画であるとされましたが、ふたを開けてみると「契約」ではなく、毎年実績評価があり厳しくコントロールされていると大学側が感じています。また、競争的資金は全体としてみれば一種の補助金です。そこに国が戦略的色彩を込め、短期的視野で次々に出てくるから、国立大学法人は振り回され、文科省のコントロールがむしろ強化されました。

◆学長のガバナンスは強化


武田学長:

学長のガバナンス強化で、学部自治が学長に集約され、法人の体制は整いました。昔のように1人の教授が反対したら何も出来ない、ということはなくなりましたね。また、外部資金のうち企業との共同研究費については、私が学生の頃は「産学協同」と言うと石が飛んできましたが、そういう時代ではなくなりました。そこは法人化の光の部分かもしれません。


天野委員:

法人化によって自分たちが何のために存立しているのか考えざるを得なくなりました。地方大学は地域との結びつきを深く自覚し、社会貢献の形で地域との結びつきを強めています。地域と国立大学の関係が変わったと思います。

◆減った学生と教員のふれあい


武田学長:

法人化前と比べて学生と教員の接触が減ったという実感があります。かつては研究室単位で旅行などの催しをやっていましたが、今はそういう時間がほとんどない。教員は研究してお金を取ってきてと、自転車操業状態になっています。いろんな人とのふれあいの中で人格形成ができる部分もあります。何か考えなければならないと思います。


天野委員: 

ほとんど(教職員の)定員は増やせず、次々に研究・教育のプロジェクトが入ってきて、各教員の時間がきびしくなっている状態です。しわ寄せが行くのは、教員自身の主体的研究と学生との接触を含めた教育の時間です。大学は人と時間のマネジメント、新しい組織やプロジェクトのためにどこから(人と時間を)捻出するのか意識しないといけない。「我々は教育に力を入れるから、この研究プロジェクトは遠慮する」といった、主体的な判断が重要ですが、大学に立ち止まって考える時間を与える仕組みになっていません。国立大学法人化して3期目を迎えます。この12年間は何だったのか、初発の理念は貫かれているのか、行政の側もレビューを是非やってもらいたいと思います。

◆低下する日本の大学の地位


武田学長:

世界の大学ランキングで、日本の大学の地位が下がっているのが法人化後の顕著な傾向です。論文数が明らかに減っていて、研究にさける時間が減っていることと相関があると思います。教育・研究力が法人化によって上がったのかどうか、どこかで検証しないと、(6年間の中期目標・中期計画が)あと1~2ラウンドで倒れる大学が出てくると思いますね。


天野委員:

かつては一定額の研究費が各教員に文科省によって保証されていました。昔、ある工学系の有名教授が「アメリカの大学では研究費を取ってこないと試験管1本買えなくなる。日本の大学は科研費が取れなくても基盤的部分が保証されているのが、ありがたい」と言っていましたが、その基盤的部分が削られ、教員1人あたりの研究費がどんどん減っています。「大学ランキング世界100位以内に10大学」という目標は、今の状態ではとても無理だと思います。

収入を示す経常収益は東京大学が2200億円ぐらい、京都大学がその半分で、以下旧帝大は100億円ずつ減り、次が筑波、広島、神戸もさらに100億円ずつ違います。基盤的部分があまりにも上の方に偏っており、このままでは頭でっかちな日本の大学は倒れるのではないか、という感じを持っています。

◆「遊び」の大切さ


武田学長:

「ミッションの再定義」で、何のために大学はあるのかを議論されるのかと思っていたら、そういう話は出ずに終わってしまいました。ノーベル賞を受賞した小柴昌俊先生は、私の専門でもある素粒子物理学について「世の中の役には立ちません」と言われました。ニュートリノが見つかり、暗黒物質など宇宙の全体像がわかっても、アベノミクスには貢献しないですよね。しかし、人類の知的財産に貢献しているはずなんです。文系の場合も、例えば哲学などを競争的環境に置くことはどういう意味なのか、もう一度考え直さないといけないと思います。ある程度ゆとりがあると「ちょっとやってみようか」という気が出ます。そんなところから面白い研究が出てくる可能性があるし、ノーベル賞も狙って取ったものは少ないでしょう。「遊び」の部分が日本の大学から削り取られ、20~30年後にノーベル物理学賞や化学賞の受賞者が出るのか、非常に危機感を持っています。


天野委員:

日本はギリシャ哲学やインド哲学などいわゆる役に立たない学問をきちんとやってきた、アジア諸国では唯一の国だと思います。明治維新以来150年間、欧米文化を研究対象とする努力を続け、その蓄積は(欧米と)肩を並べる業績を出すところまで来ています。そういう部分を維持できたのは、今では諸悪の根源のように言われている「講座制」なんですね。いつ大きな貢献をするかわからない学問分野は、自然科学系にも人社系にもあるのですから、守る努力をしなければなりません。「種の保存」のようなものです。
「すぐ役立つものは、すぐ役に立たなくなる」ことは企業人も知っているはずです。神戸大学は文理融合型を特色に掲げて努力していますね。

◆文理協同で突破口を


武田学長:

これはひとつの賭だと思うんですよ。「文理融合」は昔からある言葉ですが、「何だそれは?」という受け止め方が普通でした。僕自身、素粒子物理学の研究者時代には、ぴんとこなかったと思います。文系と理系では社会とのつながりようが少し違います。理系だけで閉じこもっていると、良いものを作っても〝死の谷〟(資金不足のために実用化目前で失敗すること)があり、世の中に出ていかない。理系のアイデアに対し、文系から「こういう社会的意味がある。こうすればうまく行くのではないか」と、(社会実装の)道筋をつけてくれる、文理協同のようなイメージです。

私はCERN(欧州原子核研究機構)に約5年いましたが、ものごとが決まるのはお茶の時間でした。わいわい喋りながら、物理の話もするし、研究所内の組織の問題も出るんですよ。研究に行き詰まったとき、他分野の人の意見を聞くと「あ、こういうことか」と気づくことがあります。毎日お茶を飲み、ご飯を食べ、喋りながら考える、そういう環境を神戸大学の中に作りたいと思っています。


天野委員:

旧帝大系は学部学科・講座の壁が厳しく、戦後もあまり変わっていません。さまざまな分野の人が集まって、日常的に話ができる米国の大学の「ファカルティクラブ」のような場が日本にはないことが問題です。神戸大学はだんだん膨らんできた大学で、学科間の壁が旧帝大より低いし、旧帝大にはない学部もあります。しかも、スタートが社会系学部で、大きなシナジー効果を持つ可能性があります。  法人化のメリットの一つは、理事・副学長制度でいろいろな専門領域の人が部局の壁をこえて日常的に話し合わなければならなくなったことです。経営の問題だけでなく、教育・研究面についても、各部局をこえた課題をスムーズに議論する場にとして利用したら良いと思います。

◆プロジェクトが大学予算を圧迫


武田学長:

学長の立場から言うと、やはり「お金と人」なんですよ。何をやるにもお金と人が必要で、運営費交付金が右肩下がりに減らされ、非常に閉塞感が強いのです。一方で文科省から新規のプロジェクトがどんどん出て、通ってしまうと逆にお金がかかる。プロジェクト終了後、維持する資金が懐から出て行き、見通しが立ちにくい状況になっています。


天野委員:

研究プロジェクトなど今の予算の出し方は、人をパーマネントに雇うことが出来ない仕組みです。これがどれだけ大学を疲弊させているか。米国をまねて「オーバーヘッド30%をつけた」と文科省は言っていますが、まったく本質が違います。米国は、(研究に)大学の施設を使うからその分は研究資金を出す側が負担すべきだという考え方です。プロジェクトにかかわる教員の給与も研究費から払ってよく、教育のためには代わりの教員を雇います。日本は研究予算が増えれば大学が損します。1人の先生がすべて背負い込み、結局は研究・教育そのものを疲弊させる仕組みです。

国は自分たちが出したお金からどういう成果があったのか検証すべきです。COE予算など、どういう効果があったのか一度も見直したことはないでしょう。

◆減る若手教員ポスト


武田学長:

あれは結局、ポスドクを増やし、(その後)ちゃんと職に就けた人もいるでしょうが、ポスドクを繰り返している人もいるわけですよね。人件費抑制のしばりがかかって、若手のポストが減っています。神戸大学だけで法人化後70~80人減り、しかも減った部分のほとんどが40歳以下です。研究力も教育力も明らかに落ちています。ポスドク、特命などの形で何とか職をつないでいますが、ここを何とかしないと大学自体の存立にかかわると思っています。


天野委員:

かつては文科省が定員管理し、教授、助(准)教授、助手(助教)などがピラミッド型を維持できるようにしていましたが、法人化後、各大学が助手ポストを教授や助教授に振り替えました。文科省は「大学が自主的に選択したのでしょう」と言うかもしれませんが、教育・研究がどんどん肥大化する中で、運営費交付金が減り、新しく人を雇えないためにやりくりした結果でしょう。もう限界です。若い研究者の居場所、キャリアパスが見えないから、大学院ドクターコースに来なくなっています。このままではどうなるのか不安感があります。

◆安定的な財政基盤が必要


武田学長:

大学自体も変わらなければならない部分がかなりあったのは事実です。何もしなくても大学の先生でいられた、そういう人が一定程度いた状況が長く続いた、などの反省はあるはずです。今、学長のガバナンスが強化され、学部に対して「変なことは是正しなさい」と言えるようになり、その点は良くなっています。ただ、5~10年先を見通せる財政基盤、環境を作ってもらわないと、ビジョンなど描けるはずがありません。来年の機能強化係数が何%になるかもわからず、収入が数億円も上下し、やれることがまったく変わってきます。安定的に資金が確保されるシステムがないと、これから持たないと思います。


天野委員:

大学も次々に出てくるプロジェクト予算に振り回されないように、長期的な教育・研究戦略を持たなければなりません。セグメント会計を導入するのはすぐには無理でも、どこに金と人をかけて何をやっているのか、パフォーマンスはどうなのかを把握する必要もあります。職員も含めて、人と時間についてのデータベースを作っていくべきです。


武田学長:

神戸大学は4月に戦略企画本部を作りました。いわゆるIR(Institutional Research)機能とは、巨大なデータベースを作ることだと考えており、執行部が必要とする情報をすぐに把握できるデータベースを作るよう指示しました。これをやらないと右肩下がりの財政状況には対応できないと思います。

◆職員のキャリアパス確立を


天野委員:

職員の質を上げることも重要です。職員の専門性を高めないと教員の負荷は減りません。かつては文科省が職員人事に責任を持っていましたが、法人化して責任体制があいまいになっています。職員も、誰が長期的に自分たちのキャリアを管理してくれるのか不明確だと不安になるでしょう。


武田学長:

これは難しい。教員に事務組織の人事をやれと言われても難しいし、学長が全部判断するわけにも行きません。文科省の異動官職が各大学をまわっていて、幹部人事は結局文科省が握っていますが、ここはどうすべきだと思われますか。


天野委員:

かつては文科省から来る異動官職、ブロック単位で異動する課長クラス、各大学の職員の3層構造でした。法人化後、各大学が人事権を持っているはずですが、その自覚がどれだけ大学の側にあるのか。大学として自前の職員を育てるためのポリシーを持たなければなりません。それも採用からトレーニング、昇進、キャリアパスまで1大学だけで完結するのは無理ですが、「本省にお願いします」では戦力にならず、骨を埋めてくれる職員がいなければ困ります。法人化後、自大学出身者を職員に採用するようになりましたが、将来その中から理事が出るのか、彼らのキャリアパスを保証しなければ、職員の元気は出ませんよ。

(総務部広報課)