生物は様々なストレスを受けながら生存していますが、ストレスの中でも特に放射線や紫外線、化学物質などは、直接DNAに対して損傷を与え、がんを引き起こす原因となります。生物は、DNAに損傷が起きると速やかに修復する機構を持っていますが、損傷の程度が著しい時には、二つの異なる細胞応答を示します。一方は、計画的細胞死の一つであるアポトーシスであり、他方は永続的に増殖を停止する細胞老化です。いずれもDNAに損傷を受けた細胞が増殖してがん化することを防いでいます。
 放射線や抗がん剤によるがん治療は、がん細胞にアポトーシスを起こすことによってがん組織を消滅させることを目的としています。しかしながら、がん治療自体がストレス因子や変異誘導因子となってがん細胞に変化を引き起こし、治療に対して抵抗性を獲得した細胞クローンを出現させ、再発に至ることも多いと考えられています。この、治療によるがん細胞の変化の一つに、老化細胞の出現があります。老化細胞は様々なタンパク質を分泌することにより、周辺がん細胞の増殖や悪性化を促進する可能性が示唆されています。

 本学の研究グループは、これまでの研究で、がん細胞に抗がん剤を低濃度処理することによって、効率的に細胞老化が誘導されることを見出してきました。抗がん剤治療においては、血流によってがん組織まで薬剤が運ばれるため、血管からの距離によって抗がん剤の濃度に差が生じることが予想され、通常のがん治療過程においても老化細胞が出現することが予想されます。そこで、従来の抗がん剤治療の際に、細胞老化を阻害する薬剤を同時投与することができれば、飛躍的な治療効果の上昇が期待できます。

<図:細胞老化制御遺伝子の同定方法>
肝がん細胞を濃度の異なる抗がん剤(エトポシド)で処理することにより老化細胞とアポトーシス細胞を誘導し、網羅的に遺伝子発現レベルを比較し、老化細胞特異的に上昇する遺伝子を同定した。

 当研究グループではこれまで、肝がん細胞を、抗がん剤である「エトポシド」で低濃度(10 μM)処理すると細胞老化が誘導され、高濃度(100 μM)処理するとアポトーシスが誘導されることを見出してきました。
 そこで今回、肝がん細胞をA: エトポシドなし、B:低濃度エトポシド(10 μM)、C:高濃度エトポシド(100 μM)のそれぞれ3つの条件で処理した後、DNAマイクロアレイ法(※1)によって、転写量の上昇がみられる遺伝子の同定を行いました。
 Bで発現上昇している遺伝子は主に細胞老化で、Cで発現上昇している遺伝子は主にアポトーシス実行で働く可能性があり、また、Cに比べBで特異的に発現上昇している遺伝子の中には、細胞老化実行に重要な役割を果たす遺伝子があると予想しました。
 条件Aと比較してBで3倍以上の発現上昇が見られた遺伝子が126種類、更に、Cと比較しBで2倍以上の発現を示したものが25種類ありました。この25遺伝子はDNA損傷による副次的な影響が除かれた、細胞老化で特異的に発現上昇する遺伝子であり、この中のいくつかの遺伝子が細胞老化実行に働くことを確認しました。

 今回同定した細胞老化制御遺伝子を標的とし、その活性を制御する薬剤を開発することができれば、従来の抗がん剤治療と併用することによって老化細胞の出現を阻止することができ、がん治療効果の飛躍的な上昇を期待することができます。また、個体老化の原因の一つが老化細胞の蓄積であるという実験結果が報告されているため、細胞老化を抑制する薬剤はアンチエイジング製品として美容・健康に関わる製品開発などにも大きく貢献できる可能性があります。

用語解説

※1:DNAマイクロアレイ法
多数のDNA断片をプラスチックやガラス等の基板上に高密度に配置した分析器具による遺伝子発現量の測定方法。

掲載雑誌

Scientific Reports

掲載論文

“Identification of cellular senescence-specific genes by comparative transcriptomics”

Taiki Nagano, Masayuki Nakano, Akio Nakashima, Kengo Onishi, Shunsuke Yamao, Masato Enari, Ushio Kikkawa, Shinji Kamada

関連リンク

(バイオシグナル総合研究センター、広報課)