神戸大学大学院医学研究科の高橋裕准教授、坂東弘教医学研究員、井口元三講師らの研究グループは、胸腺腫による新たな自己免疫性下垂体疾患を発見し「抗PIT-1抗体症候群」として報告しました。今後、その発症メカニズムの解明とともに治療法の開発が期待されます。

この研究成果は、2月20日 (日本時間) に、「Scientific Reports誌」にオンライン掲載されました。

研究の背景

自己免疫疾患とは、体内に入った異物を排除するための役割を持つ「免疫系」が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃を加えてしまうことで引き起こされる病気の総称です。自己免疫疾患には人口約1%に発症する慢性関節リウマチをはじめ多くの種類がありますが、原因が明確でないものも多く、重症筋無力症や全身性エリトマトーデス等、難病に指定されている疾患が多くあります。

一方、「下垂体」とは、脳の直下に存在する、様々なホルモンの働きをコントロールしている部位です。下垂体には腫瘍、炎症、自己免疫など様々な病気が起こりますが、これらを「下垂体疾患」と総称します。

これまで私たちは、後天性に成長ホルモン (GH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、プロラクチン (PRL) の分泌が低下する症例において、これらのホルモンの産生に必要な転写因子「PIT-1※1」に対する自己抗体が存在する新たな疾患を見出し、日本初の新規疾患概念「抗PIT-1抗体症候群」と名付けて報告してきました (J Clin Invest 2011, 121, 113)。この発見は日本で発見され報告された新しい疾患として高く評価されています。

また、その発症のメカニズムとして、PIT-1に対する自己免疫が原因となって、PIT-1を特異的に攻撃する細胞障害性T細胞※2が産生され、下垂体におけるGH, TSH, PRL産生細胞を特異的に障害することを見出していました (J Clin Endocrinol Metab 2014, 99, E1744)。

しかしながら、なぜこのようなPIT-1に対する免疫寛容の破綻が生じ、自己免疫が起こったのかについては不明な状況でした (Pediat Endocrinol Rev 2015, 12, 290, Handb Clin Neurol 2014, 124, 417)。

研究の内容

今回の研究で、「抗PIT-1抗体症候群」全例に胸腺腫※3が存在し、その胸腺腫瘍細胞において本来存在していないPIT-1が異所性に発現することにより、免疫寛容破綻が生じていることが明らかになりました (図)。

胸腺では、T細胞の育成と、ポジティブ選択・ネガティブ選択が行われます。この過程で、まず胸腺の皮質では様々な抗原に反応できるよう教育された後に (ポジティブ選択)、胸腺の髄質において自己の細胞を攻撃するようになったT細胞は排除され (ネガティブ選択)、正しく非自己の細胞を攻撃できるようになったT細胞のみが産生されます。ところが、「抗PIT-1抗体症候群」では、胸腺腫により、PIT-1が本来あるべきでない腫瘍細胞に発現することにより、PIT-1に反応する異常なT細胞が教育され、ネガティブ選択を行う髄質が存在しないために、自己免疫を引き起こしていることが明らかになりました。

この結果から、「抗PIT-1抗体症候群」は、よく知られている胸腺腫に伴う重症筋無力症などと同様に、胸腺腫によって引き起こされる、新たな自己免疫疾患であることが明らかになりました。また下垂体機能低下症の約20%が原因不明とされていますが、今回の発見によってこの原因の一部を世界で初めて解明しました。

今後の展開

「抗PIT-1抗体症候群」が発見されたことにより、今まで原因不明とされていた下垂体疾患・下垂体機能低下症の患者さんの一部に対し、適切な診断・治療を行うことが可能となります。胸腺腫の患者さんの中にも、この症状を持つ方が潜んでいる可能性があり、診断、治療も可能となります。

また、胸腺腫によって重症筋無力症が発症することはよく知られていますが、その発症のメカニズムは十分明らかになっていません。今回の発見はこの「抗PIT-1抗体症候群」のメカニズムだけではなく、重症筋無力症を始めとする、胸腺腫によって引き起こされる他の自己免疫のメカニズムの解明につながります。

さらに、「抗PIT-1抗体症候群」は、悪性腫瘍に伴って様々な自己抗体と自己免疫が生じる「傍腫瘍症候群※4」にも位置付けられることから、難病である傍腫瘍症候群や、一般の自己免疫疾患のメカニズムの解明、治療法開発に結びつく可能性があります。

用語解説

※1 PIT-1
下垂体に発現する転写因子でGH, TSH, PRLの産生に必須である。遺伝子の異常によって先天性のGH, TSH, PRL欠損を引き起こす。本症候群では後天性に自己免疫によって障害されホルモン欠損を引き起こした。
※2 細胞障害性T細胞
細胞性免疫を担い、HLAとともに抗原エピトープを提示している細胞をT細胞受容体で認識して障害する。悪性腫瘍の腫瘍免疫で重要な役割を果たしている。
※3 胸腺腫
胸腺に生じる腫瘍。25%に自己免疫性神経疾患である重症筋無力症を合併し摘出によって改善する。胸腺ではT細胞のポジティブ選択とネガティブ選択が行われており、免疫の調節に非常に重要な働きをしている。
※4 傍腫瘍症候群
卵巣癌や悪性リンパ腫などの悪性腫瘍によって主に神経障害が引き起こされる症候群。悪性腫瘍が発現した蛋白に対する免疫反応よって自己抗体が産生され、神経組織を障害する。

論文情報

タイトル
A novel thymoma-associated autoimmune disease: Anti-PIT-1 antibody syndrome
DOI
10.1038/srep43060
著者
Hironori Bando, Genzo Iguchi, Yasuhiko Okimura, Yukiko Odake, Kenichi Yoshida, Ryusaku Matsumoto, Kentaro Suda, Hitoshi Nishizawa, Hidenori Fukuoka, Atsuko Mokubo, Katsuyoshi Tojo, Yoshimasa Maniwa, Wataru Ogawa, and Yutaka Takahashi
掲載誌
Scientific Reports

研究者