神戸大学大学院理学研究科の板倉光研究員 (兼 メリーランド大学・海外学振特別研究員)、東京大学大気海洋研究所の脇谷量子郎特任研究員、ロンドン動物学会のMatthew Gollock博士、中央大学法学部の海部健三准教授からなる国際研究チームは、日本に生息するウナギ属魚類2種 (ニホンウナギとオオウナギ) と周辺の淡水生物を対象として野外調査を実施し、ウナギ属魚類が淡水生態系の生物多様性保全の包括的なシンボル種として機能する可能性を世界で初めて示しました。ウナギを守り、回復させる活動を通じて、生物多様性の消失が著しい淡水生態系の修復・保全に大きく貢献できるものと期待されます。

この研究成果は、5月29日 (現地時間) に、英国科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

ポイント

  • ウナギ属魚類が淡水生態系の生物多様性保全の包括的なシンボル種として働く可能性を世界で初めて示した。
  • 河川環境の保全と回復を通じてウナギ属魚類の個体群を回復させる活動は、ウナギのみならず、淡水生態系全体の保全と回復へも貢献すると推測される。
  • ニホンウナギとオオウナギ (図1) がアンブレラ種・指標種・フラグシップ種 (※1) の全ての概念に当てはまることを示した。
  • ニホンウナギとオオウナギは河川河口から源流域付近までほぼ流域全体に生息すること、両者の河川内分布域は淡水生物の中で最も広いことを明らかにした。また、両種が淡水生態系の高次捕食者であることを窒素安定同位体分析 (※2) から明らかにした。
  • ウナギ属魚類と他の通し回遊生物 (生物多様性の指標) の量的関係を検討し、ウナギ属魚類は海と川の接続性の良い指標種となり、これを介して淡水生態系の生物多様性の指標となることを明らかにした。
図1 ニホンウナギ (Anguilla japonica; 左) とオオウナギ (A. marmorata; 右)

研究の背景

淡水域の面積は地球表面のたった2.3%しかカバーしていませんが、単位面積当たりの生物種数は陸や海域よりも極めて多く、生物多様性に富むことで知られています。しかし同時に、淡水域は人間の生活圏と近いために劣化の著しい生態系であり、生物多様性の減少が激しいことでも知られています。その結果、絶滅の危機に瀕する生物種数も他の生態系よりも格段に多く、そこに生息する種の1/3が国際自然保護連合 (IUCN) のレッドリストに絶滅危惧種として指定されています。

生物多様性を保全する上で、ある生態系を構成する全ての生物群集をモニタリング・管理することは困難です。そこで、単一種から数種に絞って、保全努力を集中させることで、より複雑な生物群集の構成、資源状態、機能を理解し、生態系全体の生物多様性保全や管理に役立てようという考え方があります。このような生態系を代表する種 (サロゲート種) は、目的に応じてアンブレラ種、指標種、フラグシップ種などに分けられます。これまでに大型哺乳類や鳥類などがいずれかのサロゲート種として提案されてきました。

本研究の主役となるウナギ属魚類 (以下、ウナギ) は外洋で産卵し、沿岸や河川で成長する降河回遊魚です。彼らは極域を除くほぼ全世界、150か国の内湾、河川河口から源流域まであらゆる水域で見られます。今回、私たちは、ウナギのユニークな生態に着目し、彼らがアンブレラ種・指標種・フラグシップ種の全ての概念に当てはまることを確認し、淡水生態系の生物多様性保全の包括的なシンボル種となる可能性を提案しました。

研究の内容

私たちは、国内の6河川 (本州・九州本土:3河川、奄美大島:3河川) の下流から上流にわたる全78地点において、ウナギとその他の淡水生物 (魚類とエビやカニ等の大型甲殻類) を電気ショッカーを用いて採集しました (図2) 。本州・九州本土には主にニホンウナギが、奄美大島には主にオオウナギがそれぞれ生息しています。そして、彼らが生物多様性保全のアンブレラ種・指標種になる可能性について、採集したウナギと淡水生物の河川内での分布範囲、両者の食物網における栄養段階について調べました。また、ウナギの個体数と他生物の種数 (生物多様性) との量的な関係性と、それらに影響を与える環境要因についても調べました。国土の大部分を山が占める日本には規模が小さく急流の河川が多いため、こういった河川の淡水生態系は生活史の中で海と川を行き来する通し回遊生物 (以下、回遊生物) が優占することが予想されます。そのため、回遊生物の種数を生物多様性の指標としました。

図2 調査風景

電気ショッカーによる採集調査 (左)、採集した生物の同定・計数作業 (右)

その結果、ニホンウナギとオオウナギはそれぞれの調査地域において、河川内で最も広く分布する淡水生物であり、その分布範囲は河川全域に設置された調査範囲のそれぞれ87%、94%に及びました (図3)。また、ウナギと他生物の筋肉の窒素安定同位体比を分析して栄養段階を推定したところ、ウナギの栄養段階は高次捕食者を示す3以上と見積もられ、他の淡水生物の栄養段階よりも有意に高いことが分かりました (図4)。これらの結果は、ウナギの生息には、多様な下位栄養段階の餌生物が広範囲に分布する必要があることを示しており、アンブレラ種の概念とよく一致しています。

図3 淡水生物の河川内での分布範囲

上位の生物のみ記載

図4 食物網における淡水生物の栄養段階

本研究では48種の魚類や甲殻類などの淡水生物が確認されました。予想した通り、このうち80% (本州・九州本土:78%、奄美大島:91%) が回遊生物でした。そこで、ニホンウナギとオオウナギの個体数とこれら他回遊生物の種数との関係を検討したところ、両者には正の相関がありました。一方で、両者に影響を与える可能性のあるさまざまな物理環境要因について統計モデルにより検討したところ、ウナギ個体数と他回遊生物の種数は、「海から調査地点までの距離」と「海から調査地点までに生物が超える必要のあるダムや堰 (せき) などの河川横断構造物の積算高」の2つの要因と強い負の相関がありました。これらの要因はどちらも海と川の接続性に影響します。つまり、上で検出されたウナギ個体数と他回遊生物の種数の正の相関は、おそらく海と川の接続性を介した間接的な相関であり、海と川の接続性が高い (遡上しやすい) 調査地点ではウナギ個体数と他の回遊生物の種数が共に高く、逆に接続性が低い (遡上しにくい) 調査地点ではどちらも低いことが分かりました。この結果から、ウナギは海と川の接続性の良い指標であり、これを介して生物多様性の指標種となることが分かりました。

今回の研究では、ダムや堰などの河川横断構造物 (図5) がウナギや他回遊生物の分布に負の影響を与えていることが示唆されました。ウナギは構造物が濡れていれば垂直に登ることができるとの指摘もありますが、河川横断構造物がウナギの移動を阻害することで、それより上に生息する個体数を減少させていることが、さまざまなウナギ属魚類で指摘されています。事実、本研究では、たとえ1m以下の低い構造物であってもウナギの分布に負の影響を与えている可能性も見出されました。このような河川横断構造物による生息域の消失はウナギ資源衰退の主要因であるとの認識もあります。ウナギと同様に、他の回遊生物の分布も横断構造物の影響で制限されていることが多くの研究によって報告されています。そのため、ウナギを海と川の接続性の指標とし、ウナギのために接続性を改善、維持することは、淡水生態系の生物多様性保全にとっても大きなメリットをもたらすと期待できます。

図5 調査河川に存在する河川横断構造物の例

(左:高さ25mのダム、右:高さ1m以下の落差工)

2016年には「ウナギを水圏生態系保全のフラグシップ種に位置付ける」との決議がIUCNにおいてなされました。これは、ウナギ属魚類の世界規模での資源状態の悪化、降河回遊というユニークな生態、全球的な分布、生息環境の劣化や消失などの影響に世界規模で晒されている、などの理由に基づくものです。本研究で示したように、流域全体で身近に見られることや、高次捕食者であるウナギは一般に他の淡水生物と比べて大型であり、形態も特徴的であることもまた、フラグシップ種として重要な側面だと言えます。

私たちは、さらにウナギの生態的、商業的、文化的重要性をまとめ、彼らが古来より世界中で多様な生態系サービスを提供してきたことをレビューしました。全球的に分布し、さまざまな地域・時代で食資源として利用され、多様な食文化が見られ、絵画や文学、時には伝説や信仰の世界にも登場するウナギは、世界規模での環境問題に対する世間の関心を大いにかき立てる可能性を持ち、フラグシップ種としての価値があると結論づけました。以上より、ウナギ属魚類は、指標種・アンブレラ種・フラグシップ種全ての概念に当てはまり、淡水生態系の生物多様性保全の包括的なシンボル種として機能すると考えられます。

今後の展開

本研究では、ウナギがサロゲート種として機能する可能性について日本の河川をモデルとして検証しました。地質学的に比較的新しい島々など、日本と同様に淡水生態系で回遊生物が優占する地域では、本研究結果が応用できると考えられます。一方で、ウナギは現在までに16種が知られ、広く世界中に分布しています。例えば大陸などの淡水生態系は、一生を淡水域で過ごす一次淡水生物の多様性が日本と比べて高いため、海と川の接続性が生物多様性に与える影響は本研究結果よりも低いことが予想されます。しかし、河川横断構造物はこのような一次淡水生物の河川内での産卵回遊等の移動も制限します。加えて、ウナギの広域分布性や高次捕食者としての生態系内での重要性、商業的、文化的な重要性は地域を問わず共通しているため、彼らは世界中の淡水生態系の生物多様性保全のシンボル種として有用であるかもしれません。今後はこの可能性について、大陸などの河川で検証することが求められます。

用語解説

※1 アンブレラ種、指標種、フラグシップ種
アンブレラ種: その種を保全することで生物群集を構成する他の多くの種の保全が実現するような種。主に広域分布種や高次捕食者が対象となる。
指標種: 人為影響、生息環境の変化、生物多様性、他種の資源動態を評価できるような種。
フラグシップ種: 地域や国、あるいはもっとグローバルな環境問題に対して多くの主体の保全への参画・協力を促進させる効果が期待される種。認知度が高くカリスマ的な人気がある種が対象となり通常は絶滅の危機に瀕した大型哺乳類や鳥類など高次捕食者が対象となる。
※2 窒素安定同位体
元素の陽子は同じだが、質量数が異なる原子を同位体と言い、安定して存在するものを安定同位体という。生物を構成する元素のうち、窒素と炭素の安定同位体は食物網構造の研究でよく利用される。窒素安定同位体は食う食われるの関係によって変化するため、対象とする生物の食物網の中での栄養段階を表す。

謝辞

本研究は、環境省のニホンウナギ保全方策検討委託事業および環境研究総合推進費、水産庁の鰻供給安定化事業の助成を受けて実施しました。

論文情報

タイトル
Anguillid eels as a surrogate species for conservation of freshwater biodiversity in Japan
DOI
10.1038/s41598-020-65883-4
著者
板倉光 (神戸大学大学院理学研究科・研究員/メリーランド大学環境科学センター・日本学術振興会海外特別研究員)
脇谷量子郎 (東京大学大気海洋研究所・特任研究員)
Matthew Gollock (ロンドン動物学会・Marine and Freshwater Programme Manager)
海部健三 (中央大学法学部・准教授)
掲載誌
Scientific Reports

研究者

SDGs

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