神戸大学大学院理学研究科の大林奈園 (大学院生)・佐倉緑准教授・佐藤拓哉准教授と弘前大学大学院理工学研究科の岩谷靖准教授・奈良女子大学共生科学研究センターの保智己教授・National Changhua University of Education のChiu博士からなる国際研究グループは、ハリガネムシ類に感染したカマキリが、水面からの反射光に多く含まれる水平偏光に誘引され、入水行動に至っていることを発見しました。

本研究の結果は、寄生生物が、宿主の有する特定の光受容システムを巧みに操作し、通常では考えられない宿主の行動を引き起していることを示唆する世界でも初めての研究成果です。

この研究成果は、6月21日 (現地時間) に、米科学誌「Current Biology」に掲載されました。

ポイント

  • ハリガネムシは、森や草原の終宿主 (カマキリやカマドウマ等) の体内で成虫になると、宿主を操作して入水させることで、川や池に移動し、繁殖して一生を終える。
  • ハリガネムシが宿主を入水させる仕組みについては、100年以上も前から謎のままであった。
  • 室内での光選択実験において、ハリガネムシの一種に感染したハラビロカマキリは、非感染のカマキリと比較して、水平偏光※1 に誘引される確率が高かった。
  • 野外での池選択実験において、感染カマキリは、水平偏光を強く反射する池に高い頻度で入水していた。
  • ハリガネムシは、水平偏光に対する感受性を操作することで、宿主に入水させている可能性が高いことが分かった。

研究の背景

通常、動物の形態や行動は、その個体の生存や繁殖に有利になるように制御されていると考えられています。しかし、今日地球上に生息する生物種の約40%は寄生生物であり、すべての野生動物は少なくとも一種の寄生生物に寄生されていると言われています。すなわち、野生動物にみられる多様な形態や行動は、実は寄生生物の影響を強く受けて制御されている可能性があります。この顕著な例として、寄生生物の中には、自らの利益 (感染率向上) のために、宿主である野生動物の形態や行動を改変 (宿主操作) する種が多くいます。これは、延長された表現型※2 の好例として、多くの生物学者を魅了してきました。

図1. ハリガネムシの生活史

水中で孵化したハリガネムシは、水生昆虫に寄生してシストになる。水生昆虫の羽化とともに水域から陸域に移動する。水生昆虫がカマキリに捕食されると、その体内で成長する。カマキリの体内で成虫になると、操作して入水させる。カマキリが入水すると、脱出して水域に戻り、繁殖して一生を終える。

この宿主操作の代表例として、「寄生生物のハリガネムシが、繁殖場所である川や池に移動するために、寄生相手であるカマキリやカマドウマ等 (以下、宿主) を自ら川や池に入水させる」という現象が知られています (図1)。先行研究では、宿主は水面からの反射光の明るさ (光強度) に引き寄せられて入水すると指摘されていました。しかし、川や池以外にも、河原の礫帯や光沢のある葉など、光を反射する環境は多くあります。宿主がそうした明るい場所にいちいち誘引されていては、ハリガネムシの宿主操作は失敗に終わります。そのため、単純な明るさへの誘引だけでは、入水行動がなぜ生じるのかをうまく説明できませんでした。

光の性質の一つに、電磁波の振動方向に偏りのある「偏光※3」があります。中でも、水面の反射光は、水平偏光を多く含んでいます。近年、多くの節足動物が、水平偏光を手掛かりに水辺を探索・忌避していることが明らかになってきています。本研究では、ハリガネムシに操作されている宿主は、水平偏光に誘引されて入水しているのではないかという仮説を立てました。

研究の内容

図2. 偏光選択実験の装置

偏光板の方向を変えることで、水平偏光と垂直偏光それぞれに対する選択性を検証した。

仮説を検証するために、まず室内実験によって、ハリガネムシ (Chordodes sp.) に寄生されたハラビロカマキリ (Hierodula patellifera) (以下感染カマキリ) と非感染カマキリがそれぞれ、水平偏光に誘引されるかを調べました。この室内実験では、筒の一方から偏光を、他方から非偏光を照射する装置を作成し (図2)、筒の中央から入ったカマキリが10分後に定位している場所を記録しました。この光選択実験を4つの光強度 (薄明薄暮:~150 lux、曇天:2000と6000 lux、晴天:15000 lux) で行い、水平偏光に誘引される確率が明るさによって異なるかを調べました。

図3. 水平偏光に対する選択実験の結果

その結果、感染カマキリは、非感染カマキリに比べて、水平偏光側を選択する確率が高まっていました (図3) 。この水平偏光への選択性は、光強度が2000ルクス以上で特に高い傾向がみられました。一方、偏光の角度を垂直に変えた場合には、光強度や感染の有無に関わらず、偏光側を選択する傾向は認められませんでした。これらの結果から、ハリガネムシに感染したカマキリは、水平偏光に誘引されると結論しました。

次に、実際の野外環境下で、感染カマキリが水平偏光を強く反射する池に入水するのかを調べました。神戸大学大学院農学研究科附属 食資源教育研究センターの圃場に、ビニールハウスを設置して、明るくない (光強度が弱い) が、水平偏光を強く反射する池Aと、明るいが水平偏光をほとんど反射しない池Bを造成しました (図4)。2つの池の間に配置した樹木に感染カマキリを放逐し、入水した池を定点カメラ・ビデオで観測しました。

図4. 入水行動実験の結果

14個体が左の池に入水した (A) ;左の池の水面からの反射光は、右の池に比べて、水平偏光が強く (B)、光の強度は弱い (C) ;光の分光スペクトルは2つの池で大きな差はなかった (D)。パネルBは水面の偏光画像である。赤みが強いことは偏光の角度が水平に近いことを示す。彩度が高いことは反射光に偏光が多く含まれることを示す。

図5. 入水行動 (A) と歩行量 (B) の日内変動

図中の曲線と網掛けはそれぞれ、統計モデルによる推定値と95%信頼範囲を示す。

その結果、入水行動が確認された16個体の感染カマキリのうち、14個体が水平偏光を強く反射する池Aに入水していました (図4)。室内実験と野外実験の結果に基づき、感染カマキリは、水平偏光に誘引されて、自ら入水していると結論しました。

本研究から得たもう一つの興味深い発見は、多くの感染カマキリが正午付近に入水することでした (図5A)。正午付近というのは、歩行量を計測する室内実験において、感染カマキリがよく歩く時間帯でもありました (図5B)。これらのことは、カマキリやハリガネムシの概日リズムの下で、水平偏光への誘引や活動量の上昇が引き起こされる結果、特定の時間に入水行動が集中するのではないか、という新たな問いにつながります。

本研究の意義と今後の展開

自然界に生きる動物は、光の強度や色、明暗、そして偏光など、多様な光を視る能力を進化させています。本研究は、動物たちのそうした能力を、寄生生物が巧みに操作し、自らの利益になる宿主の行動を引き出していることを示唆する世界でも初めての研究です。

本研究チームでは、現在、そもそも非感染カマキリは水平偏光を視るどういった仕組みをもっているのか?ハリガネムシはその仕組みをどのように操作しているのか?を調べ始めています。それらを明らかにすることは、寄生生物による行動操作の解明はもちろん、動物行動を制御する新たな仕組みの発見に繋がる可能性があります。

用語解説

※1 水平偏光
電磁波の振動方向が水平方向に一定になっている偏光であり、水面からの反射光に多く含まれる。水辺の水深が深く、底面が暗いほど、反射光に含まれる水平偏光は多くなる。
※2 延長された表現型
ある生物個体の遺伝子が、その個体の形態や行動の表現に留まらず、他個体や周囲の環境の表現に寄与すること。寄生生物による宿主操作では、寄生生物のもつ遺伝子が、宿主の形態・行動発現に寄与することと定義される。
※3 偏光
自然界において、太陽から放射される光は非偏光である。しかし、非偏光が空気上の粒子や物体、水面等に反射すると、電磁波の振動方向に偏りのある偏光が含まれるようになる。

日本語版解説動画

謝辞

本研究は、科学研究費補助金 (19K22457, 19H04925, and 19H04934) と神戸大学国際共同研究加速基金の助成を得て実施しました。

論文情報

タイトル
Enhanced polarotaxis can explain water-entry behaviour of mantids infected with nematomorph parasites
DOI
10.1016/j.cub.2021.05.001
著者
Obayashi N., Iwatani Y., Sakura M., Tamotsu S., Chiu M.C. & Sato T.
掲載誌
Current Biology

研究者