共に重要な政治の構造改革に直面している日本とEUは、このかつてない時代において、その地理的距離にも拘らず、 共通のゴールを見出すことができる。2010年は両国間の関係を見直し、より良い協力関係の構築を図る年となるだろう。
1998年初来日した時の私の日本の印象は、現代的な建造物や技術と、それとは対比的な文化や伝統が共存する国というものだった。 田舎暮らしを愛する私は、自然の営みと関わりの深い俳句に見せられ、実はこの度俳句集を出版するに至った。 俳句と自然は切っても切り離せない関係であり、自然の移り変わりは「繰り返し」であり、「必然」である。 対照的に政治の動向には繰り返しなどなく、明日は何が起こるか分からないが、そこには「自由」がある。 だからこそ私達は政治家として、市民として、この政治の変革に影響しようと努力する責任があるのである。
では、日本・EUにおける政治家・市民として、この変化する世界でどの様な責任があるのだろうか? 日本とEUは歴史的に、 また現在の世界貿易における位置、米国との関係性など、多様な局面において共通点を見出すことができる。 その日本とEUが共同声明を発するだけでなく、共同行動においても緊密に連携を取り実行する事が政治家の責任であると考える。
変化する世界を具体的に言うならば、経済中心のグローバリゼーションが政治的問題も多分に含むようになってきたという事だろう。 政治というのは力の関係性であり、力は相対的に決まる。 国家間の協力体制もこの変化に沿ってより緊密な方向で調整されるべきではないか。 EU域内では、この経済から政治にシフトされたグローバリゼーションへの変化の流れより、 また加盟国の増加に対応するため、リスボン条約が締結・発効された。同条約は欧州理事会議長とEU外務 ・安全保障政策上級代表という二つの新しい役職を生み出し、また外交を取り仕切る機関European External Action Serviceも設立した。2月11日のSWIFTの一件にも見られるように、新体制化では欧州議会が更なる発言権を持ち、 民主主義の性質が高められた。
昨年のEUの変化がリスボン条約だとすれば、日本の変化は政権交代であった。私は3つの点で鳩山政権の政策に注目している。 官僚主義の改革、米国との安全同盟の見直し、東アジア共同体構想である。
前述のように、日本とEUは共通の価値観・社会を保持しており、 共に経済から政治にシフトしつつあるグローバリゼーションの渦中におかれている。これに伴い、 日EU関係も貿易パートナーとしてではなく、更に多くの政治的側面でも緊密な協力体制を構築しなければならない。 貿易を我々の協力体制の背骨とし、外交・気候変動・ネットワークセキュリティーなどの分野での連携が期待される。
The harvest is reaped,
trees are shaking off the leaves.
Evening is near.
















