[農学研究科] 石井尊生教授のチームが、栽培イネ誕生のきっかけとなった遺伝子を特定しました

2013年2月25日

神戸大学農学研究科の石井尊生教授のチームは名古屋大学、岩手生物工学研究所のグループと共同で栽培イネ誕生のきっかけとなったと思われる遺伝子を特定。研究内容は24日18時 (グリニッジ標準時、日本時間25日午前3時) にNature Geneticsにオンラインで公表されました。Nature Geneticsは論文が受理されるのが非常に難しい雑誌です。Journal Citation ReportsによるNature Genetics誌の2011年度のインパクトファクターは35.532で、世界の科学雑誌8336中第12位に相当します。

研究概要

作物の栽培化が始まろうとする頃、生計のほとんどを狩猟採集に頼っていた人々にとって、野生植物の成熟種子が落ちにくくなることは、その種子の採集効率が格段に上がることにつながるため、非常に都合の良い形質です。本研究では、栽培イネの祖先である野生イネに焦点を当て、まず、野生イネの開いている穂が閉じる形態に変化すると、成熟種子が落ちにくくなることを示しました。さらに、この穂の形態変化に伴い、開花時に外からの花粉を受け取ることが妨げられ、受精のほとんどが自分の花粉による繁殖方法 (自殖) に導かれた可能性を示しました。この穂の開閉に関与する原因遺伝子については、DNAマーカーを用いた解析により、OsLG1であることを明らかにしました。また、原因遺伝子周辺の塩基配列の解析から、この領域が栽培化の過程で選抜を受けていたことを示唆しました。

つまり、イネの穂の開閉を制御する遺伝子であるOsLG1は、野生イネにおいて穂を閉ざす形態変化を引き起こし、それに伴って、成熟種子が落ちにくくなること、繁殖方法が自殖しやすくなることをもたらしました。特に、これらの性質はイネの栽培化の初期に大きな影響を及ぼすため、OsLG1はイネの栽培化の引き金となった遺伝子だと考えられました。

研究の背景

栽培化とは、野生植物が人間の選抜を受けて、人間の都合の良い性質を備えあわせた栽培植物になる過程のことをいいます。世界の多くの人々の主食となっている栽培イネ (Oryza sativa L.) は、その祖先となるアジアの野生イネ (Oryza rufipogon Griff.) から約1万年前に栽培化が始まったと考えられています (図1)。この両者には、様々な形態や性質の違いが観察されます (図2、3)。これらは、栽培化の過程で人類が淘汰・選抜を行った結果生じたものです。では、これらの中で一番初めに野生イネに変化が起こった形質、つまり栽培イネ誕生のきっかけとなった形質とは何だろう、またそれをコントロールしている遺伝子は何だろう、というのが本研究の動機です。

図1
図1: イネの栽培化は
約1万年前に始まった
図2
図2: 野生イネとはどんな植物か
図3
図3: 野生イネとはどんな植物か

研究内容

農耕が始まる前、人々は生計を狩猟採集に頼っていました。野生イネの種子についても、人々は長い間食用に集め続けてきたと思われます。しかし、野生イネの種子は熟するとすぐに穂から脱落してしまいます。そのため、栽培化初期の人々は成熟種子が落ちにくい系統を積極的に選んだと考えられます。これまでに成熟種子を落ちにくくする遺伝子として、種子が穂に接続している部分の離層形成に関与するものが報告されています。しかし、野生イネには多くの遺伝子がこの離層形成に関与するため、簡単に離層形成が抑えられて種子が落ちにくくなる変異体は発生しにくいと考えられます。そこで、本研究で注目したのは、穂自体の形態です。

野生イネは栽培イネとは異なり、開いた形をした穂を持っています。また、種子の先端には、芒と呼ばれる細長い器官があります (図4)。野生イネにとっては、自然状態で種子を飛散させるのに必要な器官です。つまり、種子の登熟期に、風雨をはじめ様々なものが芒に触れると、種子の脱落が促されます。本研究ではまず、この穂の開閉は1つの遺伝子にコントロールされていることを遺伝分析で明らかにしました。そのため、当該遺伝子1つのみに変化が起これば、比較的簡単に閉じた穂を持つ野生イネの植物体が生じると考えられました。

次に、閉じた穂を持つ野生イネ系統を、栽培イネO. sativa cv. Nipponbareと野生イネO. rufipogon W630との交配により作出し、どの様な現象が見られるのか圃場調査を行いました。その結果、この系統の成熟種子が落ちにくくなること、またそれにより種子が採集しやすくなることがわかりました。これは、穂が閉じている状態では、芒どうしが重なりあうことが影響するからです (図5)。1つの穂の中の種子の成熟時期には1週間ほどのばらつきがありますが、下位の未成熟の種子の芒は上位の成熟した種子を支えるため、種子の脱落が一時的に抑えられます。さらに、穂が閉じることは、開花時にも大きな影響を及ぼします。下位の長い芒が開花している花器官 (小穂) を覆うことにより、外からの花粉がかかりにくい構造を引き起こします。そこで、圃場で受精様式を調べたところ、閉じた穂を持つ野生系統の受精様式のほとんどは自分の花粉による繁殖方法によることがわかりました。ちなみに、野生イネは多様な環境に対応するため、たえず他から遺伝子を取り込む必要があり、他殖 (他の植物から花粉を受け取る繁殖様式) の性質を残しています。しかし栽培イネは、昔の人々によって、形質や性質のばらつきをなくし、取り扱いやすくする淘汰を受けたため、繁殖様式はほぼ自殖になっています。そして、それにより、農業形質が安定して遺伝するというメリットが生まれました。

穂の開閉に関与する原因遺伝子については、イネのゲノムをカバーするDNAマーカーを用いた詳細な解析により、第4染色体上に座乗するOsLG1であることを明らかにしました (図6)。また、野生イネ14系統および栽培イネ31系統を用いて原因遺伝子周辺の塩基配列を解析したところ、栽培イネ系統間では塩基配列にほとんど変異が見られませんでした。この結果は、穂が閉じるという性質が栽培化の過程で強い選抜を受けていたことを示唆するものでした (図7)。

以上のように、野生イネにおける開いた穂から閉じた穂への形態変化は、成熟種子が落ちにくくなること、自分の花粉による繁殖方法をとりやすくすることを促しました。そして、これらの性質はイネの栽培化の初期に大きな影響を及ぼすため、穂の開閉をコントロールするOsLG1は栽培イネ誕生のきっかけとなった遺伝子だと考えられました。

論文情報

論文タイトル
OsLG1 regulates a closed panicle trait in domesticated rice
OsLG1遺伝子は栽培化されたイネの閉じた穂形態を制御する
著者
Takashige Ishii1, Koji Numaguchi1, Kotaro Miura2, Kentaro Yoshida3, Pham Thien Thanh1, Than Myint Htun1, Masanori Yamasaki1, Norio Komeda2, Takashi Matsumoto4, Ryohei Terauchi3, Ryo Ishikawa1 & Motoyuki Ashikari2
石井尊生1, 沼口孝司1, 三浦孝太郎2, 吉田健太郎3, Pham Thien Thanh1, Than Myint Htun1, 山崎将紀1, 米田典央2, 松本隆4, 寺内良平3, 石川亮1, 芦苅基行2

1: 神戸大学農学研究科, 2: 名古屋大学生物機能開発利用研究センター, 3: 岩手生物工学研究所, 4: 農業生物資源研究所
学会誌等
Nature Genetics 45: (in press)
関連リンク