神戸大学

海岸線10km隣りどうしは家族同然: エゾアカヤマアリ、スーパーコロニーの経営には血縁ではなく体臭による「敵・味方」識別の寛容さが関係していた

2012年10月25日

神戸大学大学院理学研究科、尾崎まみこ教授の研究室の小林碧研究員は、同、佐倉緑講師、北海道大学大学院環境科学研究科、東正剛教授の研究グループ、京都工芸繊維大学ベンチャーラボラトリーの辻井直研究員、イスラエル共和国テルアビブ大学のA. Hefetz教授らと共同で、近隣の巣を融合してコロニーを巨大化するアリ種について、スーパーコロニー形成・維持の要因を明らかにしました。

社会性をもつ生物はコロニーと呼ばれる集団をつくり協力して生活をしています。普通、コロニーは巣ごとに独立に営まれ融和することはありませんが、アリの中には近隣の巣を融合して時として数カ国にまたがるスーパーコロニーをつくる種があります。これまでに尾崎教授らは、巣を単位とするアリ集団が、働きアリ同士の巣仲間識別ルールに支えられていて、「敵・味方」を識別する特別な化学感覚が重要な役割を担っていることを明らかにしていましたが (Science, 2005)、スーパーコロニーをつくる種においては、どのような仲間識別の仕組みに則った変則ルールが用いられているのか分かっていませんでした。今回、石狩海岸に10kmを越える日本最大のスーパーコロニーを作っているエゾアカヤマアリを例にとりあげて、スーパーコロニーの中では働きアリが似通った匂いを身につけているために化学感覚による「敵・味方」識別が鈍ること、また、この感覚が同種に対しては寛容にはたらいて団結をうながし、異種に対しては厳しくはたらいて排撃性をあらわにすること見出しました。この研究成果は10月24日午後2時アメリカ合衆国西部時 (午後5時アメリカ合衆国東部時) にオープンアクセスジャーナルPLOS ONEで発表される予定です。

研究の背景

アリ社会においては同種異巣の働きアリどうしは、巣仲間識別のための化学感覚に基づいて巣毎におよその活動範囲の境界を引いています。しかし中には、互いに喧嘩もせずに活動域を共有し、近隣の巣を事実上融合してスーパーコロニーと呼ばれる巨大社会を形成し勢力を拡大している種があります。けれども、どうして違った巣の仲間どうしがこのような巨大な集団をつくって生活することができるかは不明でした。この様な種が国境を越えて急速に繁殖拡大する場合、自然環境における生態系の破壊や種の多様性の損壊を引き起こしたり人の生活環境を脅かす深刻な不快・衛生害虫となったりすることから、侵害的外来種と呼ばれて世界的に問題視されています。

スーパーコロニー形成種の「変則的な仲間識別ルール」を明らかにすることは、生物種の生存戦略における社会形態の発展を考える上で重要であるだけでなく、私たち人間が多様な生物と共存して自然環境と生活環境をともに守っていく上でも大切な知見となるはずです。

研究の内容

図1: エゾアカヤマアリのスーパーコロニー (濃い灰色部分)
H、S、T、Iは同一スーパーコロニー内の4つの巣、O、Ha はスーパーコロニー外の独立した2つの巣の地理的位置。

今回、小林研究員らはスーパーコロニー形成種、エゾアカヤマアリを例に、巣の融合を可能にしている仲間識別ルールを明らかにしました。

巣の融合は、他の巣に属する働きアリを互いに受け容れあうことによって生じます。受容されない個体に対する排他的な振る舞いは、噛み付き攻撃や逃避行動として現れます。これらの行動の動機付けになる要因はアリの体表についている巣特有の匂いだと考えられています。

図2:
巣Hのアリが、噛みつき攻撃を示す割合は、スーパーコロニー内、スーパーコロニー外、異種のアリ (あるいは、その体臭) の順 (地理的距離に従って) に大きくなった。このとき、「敵・味方」識別センサーは、同種のアリに対しては、応答が半分以下に抑えられていたが、異種のアリに対しては100%応答して攻撃行動を促した。
※本資料中の図はPLOS ONE発表のものを一部改編しています。

石狩海岸に全長10 kmを越える日本最大のスーパーコロニー (図1) を作っているエゾアカヤマアリのいくつかの巣で、働きアリの体臭を比べると、地理的に離れた巣どうしでは匂いの違いが多少大きくなるが概してよく似ており、スーパーコロニーの外に営巣する同種のアリと比べると匂いの変化が少ないことがわかりました。巣やコロニーに特有な体臭で相手を感知して「敵・味方」を区別するセンサーの役割を果たす嗅覚感覚器が触角に見出されました。このセンサーは、敵の情報を、神経を通して効率的に脳へ伝えて攻撃行動を引き起こす引き金として働きますが、このスーパーコロニー形成種の場合は、巣の違いではなく種の違いに敏感に反応するように「敵・味方」センサーがセットされていて、同種に優しく異種に厳しい振る舞いをとらせる変則ルールが出来上がっていることがわかりました (図2)。つまり、この様な種では、似通った体臭をもつこと、また、種内の体臭変化に寛容なセンサーをもつことで、働きアリどうしが攻撃し合うことなく近隣の巣間を往来するうちに巣の融合がおき、スーパーコロニーが生まれて次第に拡大していく要因になったと考えられます。

1匹の女王を戴く多くのアリ種においては、巣内の働きアリは姉妹どうしの血縁で結ばれ互いが攻撃対象となることはありません。ところが、エゾアカヤマアリの融合巣には多くの女王がいて働きアリどうしの血縁関係が薄いにもかかわらず、互いに攻撃をしかけることはありません。これは、この研究から説明される仲間識別の変則ルールが働いているからに他ならないと考えられます。

この研究成果は社会性動物の利他的行動の進化に関する基礎研究に寄与するとともに、スーパーコロニーを形成する侵害性外来アリ種の駆除に関する応用研究にも貢献するものと期待されています。

論文情報

論文タイトル
" Chemical discrimination and aggressiveness via cuticular hydrocarbons in a supercolony-forming ant, Formica yessensis "
著者
Midori Kidokoro-Kobayashi1, Misako Iwakura2, Nao Fujiwara-Tsujii3, Shingo Fujiwara2, Midori Sakura1, Hironori Sakamoto2, Seigo Higashi2, Abraham Hefetz4, Mamiko Ozaki1
  • 1 神戸大学大学院理学研究科生物学専攻
  • 2 北海道大学環境科学研究科動物生態学コース
  • 3 京都工芸繊維大学ベンチャーラボラトリー
  • 4 イスラエル共和国 テルアビブ大学生命科学部動物学科
掲載誌
PLOS ONE

研究助成

文部科学省科学研究費、学術振興会特別研究員研究費、財団法人ひょうご科学技術協会