同和対策審議会答申 (抄)
第三部 国民的課題としての同和問題
同和対策審議会答申 (昭和40年8月11日) (抄) |
同和対策審議会 |
昭和40年8月11日 |
内閣総理大臣 佐藤栄作 殿 |
同和対策審議会 会長 木村 忠二郎 |
昭和36年12月7日総審第194号をもって、 諮問のあった「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について審議した結果、 別紙のとおり答申する。 |
- 前文
- 第1部同和問題の認識
- 同和問題の本質
- 同和問題の概観 (略)
- (1) 実態調査と同和問題
- (2) 基礎調査による概況
- (3) 精密調査による地区の概況
- 第2部同和対策の経過 (略)
- 部落改善と同和対策
- 解放運動と融和対策
- 現在の同和村策とその評価
- 第3部同和対策の具体案
- 環境改善に関する対策 (略)
(1) 基本的方針 (2) 具体的方策 - 社会福祉に関する対策 (略)
(1) 基本的方針 (2) 具体的方策 - 産業、職業に関する対策 (略)
(1) 基本的方針 (2) 具体的方策 -
教育問題に関する対策
(1) 基本的方針 (2) 具体的方策 -
人権問題に関する対策
(1) 基本的方針 (2) 具体的方策
- 環境改善に関する対策 (略)
- 結語 —同和行政の方向—
前文
昭和36年12月7日内閣総理大臣は本審議会に対して「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」 について諮問された。いうまでもなく同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、 日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。したがって、 審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり、その早急な解決こそ国の責務であり、 同時に国民的課題であるとの認識に立って対策の探究に努力した。その間、 審議会は問題の重要性にかんがみ存置期限を二度にわたって延長し、 同和地区の実情把握のために全国および特定の地区の実態の調査も行なった。その結果は、 附属報告書のとおりきわめて憂慮すべき状態にあり、関係地区住民の経済状態、 生活環境等がすみやかに改善され平等なる日本国民としての生活が確保されることの重要性を改めて認識したのである。
したがって、審議もきわめて慎重であり、総会を開くこと42回、部会121回、小委員会21回におよんだ。
しかしながら、現在の段階で対策のすべてにわたって具体的に答申することは困難である。しかし、 問題の解決は焦眉の急を要するものであり、いたずらに日を重ねることは許されない状態にあるので、 以下の結論をもってその諮問に答えることとした。
時あたかも、政府は社会開発の基本方針をうち出し、高度経済成長に伴う社会経済の大きな変動がみられようとしている。 これと同時に人間尊重の精神が強調されて、政治、行政の面で新らしく施策が推進されようとする状態にある。 まさに同和問題を解決すべき絶好の機会というべきである。
政府においては、本答申の報告を尊重し、有効適切な施策を実施して、問題を抜本的に解決し、恥ずべき社会悪を払拭して、 あるべからざる差別の長き歴史の終止符が一日もすみやかに実現されるよう万全の処置をとられることを要望し期待するものである。
第1部 同和問題の認識
1 同和問題の本質
いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、 日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、 なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、 もっとも深刻にして重大な社会問題である。
その特徴は、多数の国民が社会的現実としての差別があるために一定地域に共同体的集落を形成していることにある。 最近この集団的居住地域から離脱して一般地区に混在するものも多くなってきているが、 それらの人々もまたその伝統的集落の出身なるがゆえに陰に陽に身分的差別のあつかいをうけている。集落をつくっている住民は、 かつて「特殊部落」「後進部落」「細民部落」など蔑称でよばれ、現在でも「未解放部落」または「部落」などとよばれ、 明らかな差別の村象となっているのである。
この「未解放部落」または「同和関係地区」(以下単に「同和地区」という。) の起源や沿革については、人種的起源説、 宗教的起源説、職業的起源説、政治的起源説などの諸説がある。しかし、本審議会は、 これら同和地区の起源を学問的に究明することを任務とするものではない。ただ、 世人の偏見を打破するためにはっきり断言しておかなければならないのは、同和地区の住民は異人種でも異民族でもなく、 疑いもなく日本民族、日本国民である、ということである。
すなわち、同和問題は、日本民族、日本国民のなかの身分的差別をうける少数集団の問題である。同和地区は、 中世末期ないしは近世初期において、封建社会の政治的、経済的、社会的諸条件に規制せられ、 一定地域に定着して居住することにより形成された集落である。
封建社会の身分制度のもとにおいては、同和地区住民は最下級の賤しい身分として規定され、職業、住居、婚姻、交際、 服装等にいたるまで社会生活のあらゆる面できびしい差別扱いをうけ、人間外のものとして、人格をふみにじられていたのである。 しかし、明治維新の変革は、同和地区住民にとって大きな歴史的転換の契機となった。すなわち、 明治4年8月28日公布された太政官布告第61号により、同和地区住民は、いちおう制度上の身分差別から解放されたのである。 この意味において、歴史的な段階としては、同和問題は明治維新以後の近代から解消への過程をたどっているということができる。 しかしながら、太政官布告は形式的な解放令にすぎなかった。それは単に蔑称を廃止し、 身分と職業が平民なみにあつかわれることを宣明したにとどまり、現実の社会関係における実質的な解放を保障するものではなかった。 いいかえれば、封建社会の身分階層構造の最底辺に圧迫され、非人間的な権利と極端な貧困に陥れられた同和地区住民を、 実質的にその差別と貧困から解放するための政策は行なわれなかった。したがって、明治維新後の社会においても、 差別の実態はほとんど変化がなく、同和地区住民は、封建時代とあまり変らない悲惨な状態のもとに絶望的な生活をつづけてきたのである。
その後、大正時代になって、米騒動が勃発した際、各地で多数の同和地区住民がそれに参加した。その後、 全国水平社の自主的解放運動がおこり、それを契機にようやく同和問題の重要性が認識されるにいたった。すなわち、 政府は国の予算に新らしく地方改善費の名目による事業費を計上し地区の環境改善を行なうようになった。しかし、 それらの部分的な改善によって同和問題の根本的解決が実現するはずがなく、同和地区住民はいぜんとして、 差別の中の貧困の状態におかれてきた。
わが国の産業経済は「二重構造」といわれる構造的特質をもっている。すなわち、 一方は先進国なみの発展した近代的大企業があり、他方には後進国なみの遅れた中小企業や零細経営の農業がある。 この二つの領域のあいだには質的な断層があり、頂点の大企業と底辺の零細企業とには大きな格差がある。
なかでも、同和地区の産業経済は、その最底辺を形成し、わが国経済の発展からとり残された非近代的部門を形成している。
このような経済構造の特質は、そっくりそのまま社会構造に反映している。すなわち、わが国の社会は、 一面では近代的な市民社会の性格をもっているが、他面では、前近代的な身分社会の性格をもっている。 今日なお古い伝統的な共同体関係が生き残っており、人々は個人として完全に独立しておらず、伝統や慣習に束縛されて、 自由な意志で行動することを妨げられている。
また、封建的な身分階層秩序が残存しており、家父長制的な家族関係、家柄や格式が尊重される村落の風習、 各種団体の派閥における親分子分の結合など、社会のいたるところに身分の上下と支配服従の関係がみられる。
さらに、また、精神、文化の分野でも昔ながらの迷信、非合理的な偏見、前時代的な意識などが根づよく生き残っており、 特異の精神風土と民族的性格を形成している。
このようなわが国の社会、経済、文化体制こそ、同和問題を存続させ、部落差別を支えている歴史的社会的根拠である。
したがって、戦後のわが国の社会状況はめざましい変化を遂げ、政治制度の民主化が前進したのみでなく、 経済の高度成長を基底とする社会、経済、文化の近代化が進展したにもかかわらず、同和問題は、 いぜんとして未解決のままでとり残されているのである。
しかるに、世間の一部の人々は、同和問題は過去の問題であって、今日の民主化、近代化が進んだわが国においては、 もはや問題は存在しないと考えている。けれども、この問題の存在は、主観をこえた客観的事実に基づくものである。
同和問題もまた、すべての社会事象がそうであるように、人間社会の歴史的発展の一定の段階において発生し、成長し、 消滅する歴史的現象にほかならない。
したがって、いかなる時代がこようと、どのように社会が変化しようと、同和問題が解決することは、 永久にありえないと考えるのは妥当でない。また、「寝た子をおこすな」式の考えで、同和問題は、 このまま放置しておけば社会進化にともないいつとはなく解消すると主張することにも同意できない。
実に部落差別は、半封建的な身分的差別であり、わが国の社会に潜在的または顕在的に厳存し、多種多様の形態で発現する。 それを分類すれば、心理的差別と実態的差別とにこれを分けることができる。
心理的差別とは、人々の観念や意識のうちに潜在する差別であるが、それは言語や文字や行為を媒介として顕在化する。 たとえば、言葉や文字で封建的身分の賤称をあらわして侮蔑する差別、非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、 婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別である。実態的差別とは、同和地区住民の生活実態に具現されている差別のことである。 たとえば、就職・教育の機会均等が実質的に保障されず、政治に参与する権利が選挙などの機会に阻害され、 一般行政諸施策がその対象から疎外されるなどの差別であり、このような劣悪な生活環境、特殊で低位の職業構成、 平均値の数倍にのぼる高率の生活保護率、きわだって低い教育文化水準など同和地区の特徴として指摘される諸現象は、 すべて差別の具象化であるとする見方である。
このような心理的差別と実態的差別とは、相互に因果関係を保ち相互に作用しあっている。すなわち、 心理的差別が原因となって実態的差別をつくり、反面では実態的差別が原因となって心理的差別を助長するという具合である。そして、 この相関関係が差別を再生産する悪循環をくりかえすわけである。
すなわち、近代社会における部落差別とは、ひとくちにいえば、市民的権利、自由の侵害にほかならない。市民的権利、自由とは、 職業選択の自由、教育の機会均等を保障される権利、居住および移転の自由、結婚の自由などであり、 これらの権利と自由が同和地区住民にたいしては完全に保障されていないことが差別なのである。これらの市民的権利と自由のうち、 職業選択の自由、すなわち就職の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である。なぜなら、歴史をかえりみても、 同和地区住民がその時代における主要産業の生産過程から疎外され、 賤業とされる雑業に従事していたことが社会的地位の上昇と解放への道を阻む要因となったのであり、 このことは現代社会においても変らないからである。したがって、同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し、 同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位の向上をはかることが、 同和問題解決の中心的課題である。
以上の解明によって、部落差別は単なる観念の亡霊ではなく現実の社会に実在することが理解されるであろう。いかなる同和対策も、 以上のような問題の認識に立脚しないかぎり、同和問題の根本的解決を実現することはもちろん、 個々の行政施策の部分的効果を十分にあげることをも期待しがたいであろう。
第3部 同和対策の具体案
4 教育問題に関する対策
- (1) 基本的方針
同和問題の解決に当って教育対策は、人間形成に主要な役割を果すものとしてとくに重要視されなければならない。すなわち、 基本的には民主主義の確立の基礎的な課題である。したがって、同和教育の中心的課題は法のもとの平等の原則に基づき、 社会の中に根づよく残っている不合理な部落差別をなくし、人権尊重の精神を貫ぬくことである。この教育では、 教育を受ける権利 (憲法第26条) および、教育の機会均等 (教育基本法第3条) に照らして、 同和地区の教育を高める施策を強力に推進するとともに個人の尊厳を重んじ、合理的精神を尊重する教育活動が積極的に、 全国的に展開されねばならない。特に直接関係のない地方においても啓蒙的教育が積極的に行なわれなければならない。
1 同和教育についての基本的指導方針の確立の必要
同和対策としての同和教育に関しては、遺憾ながら国として基本的指導方針の明確さに欠けるところがある。
人権尊重の民主主義教育の推進が、地域格差の解消に役立つことを否定するものではない。しかし、 戦後の民主教育がその方面に効果をあげつつも、戦後20年の今日、依然として恥ずべき差別が日本の社会に厳として存在していることは反省されなければならない。
すなわち、憲法と教育基本法の精神にのっとり基本的人権尊重の教育が全国的に正しく行なわれるべきであり、 その具体的展開の過程においては地域の実情に即し、特別の配慮に基づいた教育が推進される必要がある。しかも、それは、 同和地区に限定された特別の教育ではなく、全国民の正しい認識と理解を求めるという普遍的、教育の場において、 考慮しなければならない。このような認識の上に同和教育の基本的指導方針が、国として確立される必要がある。
なお、同和教育を進めるに当っては、「教育の中立性」が守られるべきことはいうまでもない。 同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、 それらの運動そのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない。
2 教育行政機能の積極性
国の指導方針の不明確の現状は、都道府県教育委員会などの対策においていちじるしい格差を生じ、 民間教育団体の動きにもまた、さまざまな相違が生じ、その影響は義務教育段階においてとくに著しい。 このような格差のある教育行政の存在は、同和地区解放に大きな影響を与えるものである。 全国的に均衡のとれた行政体制の確立が要望される。
3 同和教育指導者の不足と充実
同和教育は、学校教育、社会教育、さらに家庭教育をふくめたすべての教育の場で進められる。 そのさいとくに必要となるのは地区と一般地区の別を問わず、同和問題に関して深い認識と理解をもつ指導者の不足していることである。
同和教育が効果的に進められている地方は、この方面の教育に関心をもつ教育や指導者数に比例するともいえる。すなわち、 地方の実情からすると、学校教育にせよ、社会教育にせよ、熱意のある指導者の存在するところが、同和教育は行届いているといえる。
地区住民の生活向上、社会の差別意識の撤廃等は、その根本は深く、かつ広いので、その打開は必ずしも容易でない。 とくに解放の基礎となる生活と文化を高めるために、指導者の必要性が痛感される。
4 政府機関相互の連絡の調整
あえて、同和教育ばかりをいうのではない。しかし、とくに同和対策関係諸官庁の横の連絡には、欠陥が多い。
学校教育における長欠、不就学の処置は、厚生省所管の生活保護ならびに社会保障との関連を必要とし、中学卒、 高校卒の就職は、進路指導にともなって、労働省関係の職業訓練、就職斡旋と関係する。社会教育については、 社会教育関係団体である青年団体、婦人団体との連繋を密にし、厚生省所管の隣保館などの福祉施設と、 文部省所管の公民館ならびに集会所との関係など、調整を要する部面も少なくない。
- (2) 具体的方策
1 学校教育
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同和教育の目標、方法の明示
同和教育の具体的な指導の目標、および具体的な方法を明確にし、その徹底をはかること。
とくに、差別事象等の発生した場合には教育の場においてそれの正しい認識を与えるように努力すること。
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学力の向上措置
同和地区子弟の学力の向上をはかることは将来の進学、就業ひいては地区の生活や文化の水準の向上に深い関係があるので、 他の施策とあいまって、児童生徒の学力の向上のため、以下に述べるような教育条件を整備するとともに、 いっそう学習指導の徹底をはかること。
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進路指導に関する措置
同和地区生徒に対する進路指導をいっそう積極的に行なうこと。
特に就職を希望する生徒に対しては、職業安定機関等の密接な協力を得て、 生徒の希望する産業や事業所への就職が容易にできるようにするとともに、将来それらの職業に定着するよう指導すること。
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保健、衛生に関する措置
同和地区児童生徒について、集団検診を励行するなど、保健管理および保健指導について特別の配慮をすること。
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同和地区児童生徒に対する就学、進学援助措置
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経済的事由により、就学が困難な児童生徒にかかる就学奨励費の配分にあたっては特別の配慮をすること。
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高等学校以上への進学を容易にするため特別の援助措置をすること。
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同和地区をもつ学校に対しては、教員配分について関係府県の教育委員会は特別の配慮をすること。
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教職員の資質向上、優遇に関する措置
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教員養成学部を置く大学においては、教員となるものに対し、同和問題に関し理解を深めるよう特別の措置を講ずること。
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教職員 (教員、校長、教育委員会職員) に対し、同和教育に必要な資料を作成配布すること。
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同和地区を持つ学校の教職員については、特別昇給等の優遇措置を講ずること。
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学校の施設、 設備の整備に関する措置
貧困家庭の多い同和地区をもつ小中学校および幼椎園の施設設備をいっそう促進するため、特別の配慮を行なうこと。
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同和教育研究指定校に関する措置
国および府県は同和教育研究指定校の増設および研究費について増額すること。
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同和教育研究団体等に対する助成措置
同和教育に関し、教育研究団体等の行なう研究に対し、補助を行なうこと。
2 社会教育
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同和地区における青年、成人、婦人等を対象とした学級、講座、講演会、講習会等の開設、開催を奨励援助し、 住民がその教育水準を向上して家庭および地域社会における人間関係の改善をはかるとともに生活を合理化するための機会を提供すること。
- 一般地区における青年、成人、婦人等を対象とした青年学級、成人学級、婦人学級、家庭教育学級、講演会、講習会等において、 人権の尊重、合理的な生活の態度、科学的な精神、社会的連帯意識等の課題を積極的に学習内容にとりあげるとともに、 地域の実情に即して同和問題について理解を深めるよう社会教育活動を推進すること。
- 同和地区における住民の自主的、組織的な教育活動を促進し、住民みずからの教育水準の向上を助けるために、子供会、青年団、 婦人会等、少年、青年、婦人等を対象とした社会教育関係団体の結成を援助し、その積極的な活動を奨励すること。なお、 地区の実情等に即して同和問題の理解を深めるよう、同和地区における学校、社会、家庭の有機的な連携をとるよう奨励すること。
- 差別事象がおきた際には、社会教育においてもその事象に即して適切な教育を行なうよう配慮すること。
- 同和地区の社会教育施設の効果的な運営をはかるため、当該施設に専任の有能な職員を配置すること。
- 社会教育における同和教育の指導者の資質の向上と、指導力の強化をはかること。
- 指導者の資質の向上のために教育委員会その他の社会教育に関係のある機関においては、 地方の実情等に応じて社会教育における同和教育の参考資料を作成し、同和教育に関する指導者研修会等において相互に事例発表、 情報交換等を積極的に行なうこと。
- 同和地区における教育水準の向上をはかるために同和地区集会所の整備、充実をはかること。なおその際、 隣保館との有機的な連繋に配慮すること。
- 同和地区集会所の設置費国庫補助については、坪単価、補助対象面積、補助対象設備品等の改善をはかること。 なお市町村が設置する同和地区集会所の事業費についても国の助成措置を拡充するよう配慮すること。
- 同和地区集会所の運営にあたっては、これを単に住民の公共的利用に供するばかりでなく、集会所みずから学級、講座等、 社会教育活動を積極的に展開し、社会教育施設としての機能を十分発揮するよう考慮すること。
5 人権問題に関する対策
- (1) 基本的方針
日本国憲法は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、 又は社会的関係において差別されないことを基本的人権の一つとして保障し、 立法その他の国政の上でこれを最大に尊重すべき旨を宣言している。
しかし、審議会による調査の結果は、地区住民の多くが、「就職に際して」「職業上のつきあい、待遇に関して」「結婚に際して」あるいは「近所づきあい、または、学校を通じてのつきあいに関して」差別をうけた経験をもっていることが明らかにされた。しかも、このような差別をうけた場合に、司法的もしくは行政的擁護をうけようとしても、その道は十分に保障されていない。
もし国家や公共団体が差別的な法令を制定し、或は差別的な行政措置をとった場合には、憲法第14条違反として直ちに無効とされるであろう。しかし、私人については差別的行為があっても、労働基準法や、その他の労働関係法のように特別の規定のある場合を除いては、「差別」それ自体を直接規制することができない。
「差別事象」に対する法的規制が不十分であるため、「差別」の実態およびそれが被差別者に与える影響についての一般の認識も稀薄となり、「差別」それ自体が重大な社会悪であることを看過する結果となっている。
1 人権擁護制度組織の確立
基本的人権の擁護を法務省の一内局である人権擁護局の所管事務とし、しかも民事行政を主掌する法務局および地方法務局に現場事務を取扱わせている現在の機構は再検討する必要がある。戸籍や登記事務を扱っていた者が、人権擁護の職務に配置されるという組織にも不適当なものがある。
また、基本的人権の擁護という、この広汎で重要な職務に、直接たずさわる職員が全国で200名にも達せず、その予算もきわめて貧弱なことが指摘される。
2 人権擁護委員の推薦手続や配置されている現状や人権擁護の活動状況等からみて、その選任にはさらに適任者が適正に配置されるよういっそうの配慮が要望される。
実費弁償金制度等についても職能を十分にはたせるだけの費用が必要である。
3 同和問題に対する理解と認識
現状における担当者および委員の同和問題についての理解と認識は必ずしも十分とはいえない。研修、講習等の強化によって、その重要性の把握に努力する必要が認められる。
4 人権擁護活動の積極性
人権擁護機関による擁護活動は、人権を侵害したものに対し、人権尊重について啓発して、侵害者自身の自発的な意思によって、侵害行為の停止、排除、被害の回復等の措置をとらせることであって、人権擁護機関が直接その権限によって、侵害行為を停止させる措置がとられるのではない。したがって、このような方法によらざるをえない現状ではとくに担当者および委員に差別意識を根絶するための啓蒙活動について自覚と熱意が必要である。
- (2) 具体的方策
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差別事件の実態をまず把握し、差別をゆるしがたい社会悪であることを明らかにすること。
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差別に対する法的規制、差別から保護するための必要な立法措置を講じ、司法的に救済する道を拡大すること。
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人権擁護機関の活動を促進するため、根本的には人権擁護機関の位置、組織、構成、 人権擁護委員に関する事項等、国家として研究考慮し、新たに機構の再編成をなすこと。しかし、 現在の機関としても、次の対策を急がねばならない。
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担当職員の大幅な増加をはかり、重点的な配置を行なうこと。
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委員委嘱制度を改正し、真にその職務にふさわしい者が選出されるようにし、またその配置を重点的に行なうこと。
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人権相談を活発にし、かつ実態調査につとめ、 これらを通じて地区との接触をはかりその結果を担当職員および委員に周知せしめる措置をとること。
その他、つねに同和問題についての認識と差別事件の正しい解決についての熱意を養成するため研修、 講習の強化に努力すること。
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事件の調査にあたっては、地区周辺の住民に対する啓発啓蒙をあわせて行ない、不断にこれをつづけること。
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以上の諸施策を行なうための十分な予算を確保、保障すること。
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結語 —同和行政の方向—
同和問題の根本的解決にあたっては、以上に述べた認識に立脚し、その具体策を強力かつすみやかに実施に移すことが国の責務である。 したがって国の政治的課題としての同和対策を政策のなかに明確に位置づけるとともに、 同和対策としての行政施策の目標を正しく方向づけることが必要である。 そのためには国および地方公共団体が実施する同和問題解決のための諸施策に対し制度的保障が与えられなければならないが、 とくに次の各項目についてすみやかに検討を行ない、その実現をはかることが、今後の同和対策の要諦である。
1 現行法規のうち同和対策に直接関連する法律は多数にのぼるが、 これらの法律に基づいて実施される行政施策はいずれも多分に一般行政施策として運用され、 事実上同和地区に関する対策は枠外におかれている状態である。これを改善し、 明確な同和対策の目標の下に関係制度の運用上の配慮と特別の措置を規定する内容を有する「特別措置法」を制定すること。
2 同和対策は、今後の政府の施策の強化により、新しい姿勢をもって推進されるべきであるが、 このためにはそれに応ずる新たな行政組織を考慮する必要がある。政府の施策の統一性を保持し、より積極的にその進展をはかるため、 従前の同和問題閣僚懇談会をさらに充実するとともに施策の計画の策定およびその円滑な実施などにつき協議する 「同和対策推進協議会」の如き組織を国に設置すること。
3 地方公共団体における各種同和対策の水準の統一をはかり、 またその積極的推進を確保するためには、国は、地方公共団体に対し同和対策事業の実施を義務づけるとともに、 それに対する国の財政的助成措置を強化すること。この場合、その補助対象を拡大し、補助率を高率にし、 補助額の実質的単価を定めることなどについて、他の一般事業補助に比し、実情を配慮した特段の措置を講ずること。
4 政府による施策の推進に対応し、これを補完し、かつ可及的すみやかにその実効を確保するため、 政府資金の投下による事業団形式の組織が設立される等の措置を講ずること。
5 同和地区内における各種企業の育成をはかるため、 それらに対する特別の融資等の措置について配慮を加えること。
6 同和問題の根本的解決と同和対策の効率的な実施のためには、長期的展望の下に、 総合計画を策定し、環境改善、産業、職業、教育などの各面にわたる具体的年次計画を樹立すること。