『アメーバ経営学 ―理論と実証―』

『アメーバ経営学 ―理論と実証―』

はじめに、東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に対しまして、この場をお借りして、心よりのお見舞いを申し上げます。

近年、京セラ名誉会長稲盛和夫氏の著書や、JAL再建のための経営手法として関心を集めているアメーバ経営は、1959年の京セラ創業の後ほどなく開発された小集団部門別採算制度である。およそ50年ほどの歴史があるが、その内容は長らく社外秘とされてきた。同社が1989年にアメーバ経営のコンサルテーション事業を開始し、手法は公開された。加護野忠男前神戸大学教授の働きかけもあり、1990年代の半ばにアメーバ経営は学会にも門戸開放された。当初は神戸大学のグループが研究の中心であったが、近年では一橋大学や京都大学のグループでも異なるアングルから素晴らしい研究が行われるようになった。そして、2006年、産と学、また各大学の研究グループ間のコラボレーションをさらに活発化すべく創設されたのが、アメーバ経営学術研究会である (初代の委員長は廣本敏郎前一橋大学教授、現委員長は谷武幸神戸大学名誉教授)。

学術研究会メンバーのこれまでの研究をまとめた論文集が本書である。各論文の内容は以下のタイトル一覧から判断していただくとして、この本の重要な特徴はアメーバ経営について、 (十分条件ではなく、必要条件として) 次の通り、学術的定義を定めたことにある。「アメーバ経営とは機能ごとに小集団部門別採算制度を活用して、すべての組織構成員が経営に参画するプロセスである」。すなわち、上意下達やトップからのモニタリングのためだけの小集団の部門別採算が行われるのであれば、それはアメーバ経営とは呼ばれない。必ず小集団の長には会計上の責任、十分な情報フィードバック、経営判断を行う権限が移譲されねばならないということを意味している。定義は今後、アメーバ経営の手法自体が進化すると修正が必要になるかもしれないが、この時点で明確に定義を示したことで、これからこの手法あるいは近似した手法の研究が促進される際のガイドとしてほしいという願いがこめられている。

なお、神戸大学所属および神戸大学出身の研究者は、第6、7、8論文を執筆していることもお知らせしたい。これらの論文はすべて本家の京セラ以外の企業へのアメーバ経営導入の事例を扱っている。われわれが導入の問題に焦点を当てている理由は次のとおりである。現在、日本国内だけで300社以上の企業がアメーバ経営を導入しており、もはや京セラだけの経営手法とは言えなくなっている。そして、導入企業は、アメーバ経営が既に定着した京セラでは考慮する必要のない、組織変革という難題に取り組まねばならない。簡単に言えば、京セラ社員は同社でアメーバ経営が行われていることを入社前から知っており、それに取り組む覚悟をし、納得した上でアメーバ経営に取り組んでいると仮定ができる。一方、導入企業では青天の霹靂のごとく、管理システムが一変する。一般に、変化には苦痛が伴うし、それが癒されるまでに時間がかかると言われている。しかし、そこで働く人々はある日突然に天から降ってきた新しいシステムを学習するとともに、それに素早く適応することが求められる。また、仮にトップがアメーバ経営が自社に有益と思っていても、中には前のシステムの下で十分に力を発揮できていた人もいるはずである。そういう人には、会社の問題はシステムではなく、個人の能力、やる気にあったと映っている。そうであれば、システム変更は処方箋にはならないと思うし、無駄な学習をしなければならないことにフラストレーションを感じるであろう。実際、アメーバ経営を入れた企業では幹部クラス、現場を問わず、離職率があがることがわかってきている。つまり、導入を決めた経営陣にとっては、すべてバラ色ではなく、そのような組織内のさまざまな不平、不満、軋轢を解決するという新たな苦難の始まりを意味している。われわれ、神戸大学のグループは、この導入現象の解明と実務への何らかのソリューションを提供することが喫緊の課題ではないかと考え、研究を続けている。また、アメーバ経営の導入現象から何らかの知見が得られれば、おそらくそれはアメーバ経営に限らず、他の仕組を組織に導入し、そこでの変革プロセスをマネジメントしなければならない人々にも共有してもらえるのではないかとも考えている。

末筆ながら、この日本で生まれた優れた経営システムは、日本の資産である。単なる計算構造のインストールだけでなく、これを稼働するには大家族主義的な経営理念や、他利を重んずる組織文化が必要である。また、今回の大災害の現場でも見られるように、最前線でトラブルの真っただ中にあっても、勇気を出し、なんとか知恵を集めて問題を解決しようとする「普通」の人たちのリーダーシップが不可欠である。日本人、日本の企業だからこそ、アメーバ経営という無形の資産の価値を最大限に生かせるはずである。当研究会の研究成果が、大きく傷ついたこの国の人々の物心両面の幸福を回復し、産業の復興への一助となれば、これ以上の喜びはない。是非、ご一読いただきたい。

(経営学研究科教授・三矢 裕、経営学研究科准教授・鈴木竜太)