江戸文学を選び直す-現代語訳付き名文案内

日本古典文学全集は一定の周期で編纂され、刊行されている。戦後だけでも、岩波書店『日本古典文学大系』『新日本古典文学大系』、小学館『日本古典文学全集』『新編日本古典文学全集』、新潮社『新潮日本古典集成』などがある。そういった中で、われわれははたして「古典」という名に値する文学作品を選び得ているだろうか。

古典とは、むろん大昔に書かれた物全般をいうのではない。同時代に受け入れられただけのものをいうのでもない。時代を越えて読み継がれ、それぞれの時代の価値観の中で読み替えられ、常に新たな外套をまとって我々の前に姿を現すものを「古典」というのである。古典には、時代や読者が変わっても、変わらず共感を与え続ける普遍性がある。

江戸文学といえば、庶民の文学であるというレッテルは、いまだに高校の教科書レベルでは固定化している。そして、小説・俳諧・演劇という三分類から、代表作者と作品を選び、これを特権化してきた。しかし、それは近代の眼から見てすくい上げやすいものを焦点化してきたのではなかったか?
以上のような問題意識から、従来の文学史や文学全集に飽き足りないものを感じる、中堅・若手研究者に呼びかけて、新たな観点から文学全集を編集するとすれば、いかなる作品を選ぶことが可能かという難題に答えてもらったのが本書である。以下、目次をもって紹介に代えさせていただく。

目次

序:我々は江戸文学の魅力を本当に汲み取れているのだろうか? 井上泰至
Ⅰ サムライの文学の再評価
1 戦国武将伝のベストセラー 熊沢淡庵『武将感状記』 井上泰至
2 近世〜戦前における「知」のスタンダード 室鳩巣『駿台雑話』 川平敏文
Ⅱ 江戸版「日本の古典」への扉
3 和漢という対―近世国学史の隘路― 荷田春満『創学校啓』 一戸 渉
4 擬古文再考―「文集の部」を読み直す 村田春海『琴後集』 田中康二
Ⅲ 漢文という日本文学の多様性
5 古文辞派の道標 荻生徂徠『絶句解』 高山大毅
6 歴史人物のキャラクター辞典 安積澹泊『大日本史賛藪』 勢田道生
7 美術批評漢文瞥見 薄井龍之「晴湖奥原君之碑」と『小蓮論画』 池澤一郎
Ⅳ リニューアルされる俗文芸の読み
8 西鶴武家物・解法のこころみ 井原西鶴『武道伝来記』『武家義理物語』 木越俊介
9 二人の男の「復讐」と「奇談」 山東京伝『安積沼』 佐藤至子
10 「選び直され」続ける歌舞伎 河竹黙阿弥『吾孺下五十三駅』『三人吉三廓初買』 日置貴之
跋:かくして江戸文学の「古典」は選び直された 田中康二

(人文学研究科・教授 田中康二)