神⼾⼤学⼤学院⼯学研究科 竹内俊文教授、医学部附属病院 谷野裕一特命教授、佐々木良平教授、システム・インスツルメンツ (株) 濱⽥和幸⽒らの研究グループは、涙液中の細胞外小胞エクソソーム※1をバイオマーカーとした新しい乳がん検出技術: TearExo🄬の開発を⾏いました。今後、がんの早期発⾒など国⺠の健康に⼤きく貢献することが期待されます。
本研究は、神⼾⼤学未来医⼯学研究開発センター (センター⻑: 向井敏司教授) の教員が中⼼となって⾏い、研究成果は、2020年3⽉10⽇にアメリカ化学会国際誌 Journal of the American Chemical Society 電⼦版に掲載され、研究イメージが表紙に採択されました。
ポイント
- TearExo🄬は、世界初の化学ナノ加⼯技術を⽤いることで、検出試薬なしの⾼い操作性と極めて⾼い測定感度を実現し、微量な体液から細胞外小胞エクソソームを超⾼感度で検出可能とした。
- TearExo🄬を⽤いて、個人で容易に採取可能な涙液による乳がんの検出が可能なことを実証した。
- エクソソームの⾼感度測定を⾃動化した「エクソソーム⾃動分析計」により、迅速、簡単に体液検査を⾏うことで、エクソソームをバイオマーカーにした涙液を⽤いたがんの早期発⾒のための新しいリキッドバイオプシー※2の⽅法論を実証した。
研究の背景
乳がんの検診は、マンモグラフィなどの画像読影により⾏われますが、⼤型装置を⽤いることが多く、医師の読影が必要で結果が出るまで時間もかかるため、受診者に⼤きな負担を強いてしまいます。そこで最近、患者の体液中の細胞外小胞エクソソームをバイオマーカーとしてがんを検出するリキッドバイオプシーが注目されています。リキッドバイオプシーの活⽤で、受診者の負担は軽減され、がんの早期発⾒率や、がん検診受診率の向上が期待されます。
エクソソームは、がんの転移や悪性化に関わることが報告され、がんを診断する極めて重要なマーカーと⾔われ、リキッドバイオプシーへの応⽤が盛んに⾏われています。通常エクソソーム分析法は、煩雑な前処理が必要であり、迅速に分析をするのは難しいです。しかし、新しく、簡便で⾼感度に体液中のがん細胞由来エクソソームを検出する⽅法が確⽴されれば、極めて有⼒ながんの検出法となります。
研究の内容
原理
TearExo🄬は、ガラスチップ上に形成した100nm程度の空孔内に、細胞外小胞エクソソームの表⾯タンパク質を認識する抗体、およびその結合を蛍光変化で読み出すことのできる蛍光レポーター分⼦を配置した蛍光エクソソームセンシングチップ(図1)と、すべての分析作業を⾃動化したエクソソーム⾃動分析計により構成されます。従来必要であった数時間の前処理なしに、10分以内で、100µL中に約50個程度のエクソソームが検出できる超⾼感度 (従来の免疫測定法の1000倍) での⾼速測定を達成しました。
涙液で乳がん検出
シルマー試験紙という小さいろ紙⽚で、乳がん患者と健常⼈の涙液を採取しました。その涙液試料中のエクソソームをTearExo®を⽤いて測定して、その表⾯タンパク質の組成をパターン解析(主成分分析)したところ、明らかに両者は異なり、涙液で乳がんの検出が可能であることが⽰されました(図2)。また、乳がん全摘出⼿術の前後でエクソソームの組成は変化し、術後は健常⼈と同様の組成となりました。これは、TearExo®により、がんの検出のみならず、患者の治癒経過のモニタリングや予後のチェックもできることを⽰しています。このように、涙液を⽤いたがん診断の可能性が、世界で初めて⽰されました。
今後の展開
今後、⼤規模に臨床試料を収集してエクソソーム分析を⾏い、乳がん診断の特異度・感度を⾒極めた後、来年度中に実⽤化してベンチャーを起業するとともに、体外診断⽤医薬品として、PMDA(医薬品医療機器総合機構)へ承認審査請求を⾏う予定です。
用語解説
※1 エクソソーム
細胞外小胞エクソソームは、さまざまな細胞から放出される脂質⼆重膜を有する100ナノメートル程度の小胞で、放出元細胞のタンパク質や核酸などのさまざまな物質を含有します。したがって、エクソソームを調べることで、放出元細胞の情報が得られると考えられています。
※2 リキッドバイオプシー
体への負担が少ない試料採取が可能な⾎液、涙液、尿などの体液中のバイオマーカーを測定することで、従来と同等の診断を可能にする⽅法のことです。
論文情報
タイトル
DOI
10.1021/jacs.9b13874
著者
Toshifumi Takeuchi, Kisho Mori, Hirobumi Sunayama, Eri Takano, Yukiya Kitayama, Taku Shimizu, Yuzuki Hirose, Sachiko Inubushi, Ryohei Sasaki, and Hirokazu Tanino
掲載誌