現在私たちが利用するエネルギーの多くは石油などに由来しており、近い将来枯渇することが危惧されています。光触媒をもちいた人工光合成は、太陽光と水から化学エネルギー (水素燃料) をつくり出す手段として注目され、さまざまな研究が行われています。
今回、神戸大学大学院理学研究科の大西洋教授らは金沢大学・信州大学・東京大学の研究者たちと協働して、人工光合成を行う光触媒が水を分解してつくる酸素 (O2) を従来比1000倍の速度で検出する計測評価法を開発しました。今後、本研究で開発した方法を駆使して人工光合成の反応メカニズムを解明し、社会実装されうる光触媒の開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は迅速に公開すべき重要性を認められ、アメリカ化学会が発行する「ACS Catalysis」の速報論文として令和2年10月29日 (現地時間) にオンライン版で公開されました。
研究の背景
太陽光と水から化学エネルギー (水素燃料) をつくり出す人工光合成は、CO2を排出しないエネルギー源として注目されています。人工光合成の鍵をにぎる光触媒は、1970年代に日本の研究者が発見発明してから今日まで50年にわたって世界中で開発改良が続けられています。今回の研究で取り上げたチタン酸ストロンチウム (SrTiO3) はこの過程で堂免一成 信州大学特任特別教授 (本研究の共同研究者) らが見出し、久富隆史 信州大学准教授 (同) らがさまざまな改良を加えて、反応収率 (紫外光を照射して水から水素をとりだす効率) で世界最高レベルをマークした光触媒材料です。人工光である紫外光ではなく、太陽光をもちいて水から水素をとりだす効率を上げることが最後の課題で、この課題をクリアすればCO2フリーの水素燃料を社会へ供給しうる技術が誕生します。
効率向上をはばんでいる要因は、意外なことに、水から水素をとりだす際に水から酸素 (O2) をつくる効率が低いことにあります。人工光合成によって水 (H2O) から水素 (H2) をつくるためには2H2O → 2H2 + O2という化学反応を起こさなければなりません。社会が求める燃料は水素であって、酸素は要らないのですが、水から水素を作りたければ酸素も同時に作らなければならない、というのが化学のルールです。さらに酸素を作るプロセスは水素を作るプロセスよりも複雑である (2個のH2O分子からそれぞれ取り出した酸素原子をくっつけなければならない) ために効率をあげることが難しく、太陽光をもちいて水から水素をとりだす効率を制限するボトルネックとなっています。
そこで、水を酸素に変換する効率を上げたいわけですが、これは簡単ではありません。どのようにして水から酸素ができるのか (これを反応のメカニズムといいます) が、そもそもよくわかっていないため、暗闇を手探りで進んでいるような状況です。この状況を打開するために、人工光合成によって発生する酸素を高速検出する手法を開発し、水から酸素をつくる反応のメカニズムの解明につなげることが今回の研究の目標です。
研究の内容
今回の研究では、高橋康史 金沢大学教授 (共同研究者) らが培ってきた微小電極による水中の化学分析を要素技術として活用し、人工光合成光触媒から発生した酸素を水に溶けたままの状態で検出しました。図1に示すように、チタン酸ストロンチウム光触媒のパネルを水に沈め、直径20マイクロメートル (髪の毛の1/4くらい) の白金線の側面をガラス被覆した検出電極を、光触媒パネルの表面から100マイクロメートル沖合に置きました。発光ダイオードからの紫外光 (波長280 nm) を光触媒パネルに照射すると、水とパネルが接する界面で水が分解して酸素 (O2) と水素 (H2) が水中に放出されます。放出された酸素は水中を拡散して検出電極に到達します。電極に到達した酸素 (O2) は、電極から4個の電子 (e -) を受け取ってO2 + 2H2O + 4e - → 4OH-のような変化を起こします。電極が酸素に渡した電子の数は、電極に流れる電流を測れば決定できます。電極に流れる電流を0.1秒毎に測ることで、電極に到達する酸素 (O2) の数を0.1秒毎に数えることができました。これまで行われてきたガスクロマトグラフという分析装置を使った酸素検出では、どんなに急いでも3分毎の測定しかできなかったため、本成果により1000倍以上の高速化を達成したことになります。
100マイクロメートル下方の光触媒パネルから検出電極まで酸素 (O2) が水中を拡散するために必要な時間を計算することは難しくありません。フィックの拡散法則をもとにしてデスクトップPCで数値シミュレーションすれば求めることができます。水中に電極をおろして測定した実験結果を、シミュレーション結果と比較することで、光触媒パネルに紫外光を照射してから酸素が水中に放出されるまでに1-2秒のおくれがあることがわかりました。これは、ガスクロマトグラフによる酸素検出では決して観測することのできなかった新しい現象です。
この「おくれ」は、光をあてられた光触媒が水を分解する態勢を整えるために必要な時間であると考えられます。この仮説の検証と、態勢を整えるあいだ光触媒は何をしているのかの検討はこれからですが、従来より1000倍高速な酸素検出によって、さらに人工光合成の新しい姿が見えてくることが期待されます。
研究者コメント (神戸大学大学院理学研究科 大西 洋 教授)
物理化学を専門とする私が、人工光合成で作られる酸素を微小電極で検出するアイデアを思いついたのは2015年でした。微小電極を利用した化学分析のエキスパートである高橋教授らが試作した測定装置 (走査型電気化学顕微鏡) を神戸大学に設置して、光触媒の計測をスタートさせました。装置を改良しつつ使いこなすノウハウを習得し、光触媒研究の権威である堂免教授・久富准教授らから提供された光触媒パネルから発生する酸素を検出できることを確かめました。さらに、数値シミュレーションに必要なプログラムを作成して「酸素放出のおくれ」を結論するまで5年の間、研究の最前線で活躍したのは神戸大学大学院理学研究科博士前期課程の学生3名です。
物理化学・分析化学・触媒化学の分野でそれぞれ特色ある研究を展開してきた3チームが協働することで、今回、人工光合成のサイエンスに新しい視野を提供することができました。
研究助成
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究 (A)」(課題番号:JP16H02250およびJP19H00915)、科学技術振興機構「さきがけ」(課題番号: JPMJPR18T8) の支援を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
“Transient Kinetics of O2 Evolution in Photocatalytic Water-Splitting Reaction”
(光触媒反応による酸素生成速度の時間分解計測)DOI
10.1021/acscatal.0c04115
著者
Takumu Kosaka1, Yuya Teduka1, Takuya Ogura1, Yuanshu Zhou2, Takashi Hisatomi3, Hiroshi Nishiyama4, Kazunari Domen3, 4, Yasufumi Takahashi2, 5, Hiroshi Onishi1, *
1 神戸大学大学院理学研究科
2 金沢大学ナノ生命科学研究所
3 信州大学先鋭領域融合研究群
4 東京大学特別教授室
5 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
* 責任著者掲載誌