神戸大学大学院人間発達環境学研究科の坂本美紀教授、山口悦司准教授らの研究グループは、科学技術の社会問題※1 をめぐる多様な利害関係者のコンセンサス構築に求められる科学リテラシー※2 を教育するプログラムを開発し、文系の大学生を対象として実証研究を行いました。教育プログラムの効果として、大学生の多くが、意見の対立構造を解明し、対立の解消・緩和に向けた解決策を提案する意思決定の力を獲得できたことが明らかになりました。

この研究成果は、7月6日に「International Journal of Science Education」のオンライン版で先行公開されました。

ポイント

  • 科学リテラシーを持ち、社会の問題に取り組める市民が求められている。
  • 市民の科学参加を促す教育の一形態として、科学技術の社会問題を導入した教育が注目されているものの、日本での実践や実証研究は少ない。
  • 本研究では、科学技術の社会問題に対する提案型の意思決定を育成する文系大学生向けの教育プログラムを開発し、成果評価の具体的な方法とともに提供した。

研究の背景

市民の科学参加が求められる現在、科学技術の社会問題を導入した教育が、科学リテラシー育成の観点から注目されています。また、多様な立場が関与する社会問題では、様々な賛否の意見を俯瞰的に捉え、合意を目指した解決策の提案を行うことが求められるため、科学技術の社会問題を扱う学習は、現実の諸問題を解決する複眼的な思考力の訓練にもなります。日本での実践が求められていました。

研究の内容

参加者

文系大学生49名 (男性13名、女性36名) が教育プログラムに参加しました。この本試行に先立ち、別の文系大学生12名を対象にパイロットスタディを行い、プログラム内容の確認を行いました。

教育プログラム

科学技術の社会問題のひとつである遺伝子組換えによる機能性米の開発の是非をテーマに、賛否両論を踏まえ、対立の解消に向けた解決策を協同で考案してもらいました (詳細は図1)。

図1 科学技術の社会問題に対する提案型意思決定を目指した教育プログラムの概要 (全6回)

成果評価

教育プログラムの効果は、多様な指標を用いて評価しました。一例として、意思決定の意見文による評価を紹介します。プログラムの前半と終了後に、当該のテーマに関する意見文を、社会的な意思決定として自由記述してもらいました。意見文において、参加者が自身の主張をどのように正当化したかを調べるとともに、論証構造および提案の有無と質を基準に、意思決定のレベルを評定しました。

結果と考察

各意見文で記述された主張支持意見と対立意見の数を集計しました (図2)。プログラム終了後の意見文では、プログラム前半にはわずかだった対立意見の記述数が増加しました。意思決定の評定結果 (図3) からは、前半には、賛否の意見で持論を補強するタイプの意思決定が大半を占めたのに対し、終了後には、対立解消に向けた解決策を述べるタイプの意思決定が増加したことが示されました。以上より、本プログラムを通して、参加者は、当該テーマに対してより多角的な視点から思考するとともに、意見対立を踏まえ、コンセンサス構築に向けた提言を行う、提案型の意思決定を行えるようになったことが明らかになりました。

図2 主張を正当化する際に用いられた賛否の意見の平均数
図3 教育プログラムによる意思決定レベルの変化

今後の展開

現在は、より低年齢の教育段階において、提案型意思決定を育成する実証研究を行っています。多様な年齢層に教育プログラムを展開することで、現実社会の問題の解決に寄与できる、科学リテラシーを持った市民を育てることを目指しています。

用語解説

※1 科学技術の社会問題
科学技術が関係するものの、道徳や倫理を含む多様な価値が関わり、論争やジレンマを含み、構造化されていない問題
※2 科学的リテラシー
科学と科学についての知識、科学的な証拠を利用するなどの科学的能力、科学への興味関心など、科学に対する態度の総称

謝辞

JSPS科研費 (JP20H01744、JP18K18646) の助成を受けました。

論文情報

タイトル
An intervention study on students’ decision-making towards consensus building on socio-scientific issues
(科学技術の社会問題に関するコンセンサス構築を志向した意思決定を目指した介入研究)
DOI
10.1080/09500693.2021.1947541
著者
Miki Sakamoto, Etsuji Yamaguchi, Tomokazu Yamamoto, & Kazuya Wakabayashi
掲載誌
International Journal of Science Education

研究者

SDGs

  • SDGs4