国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 (理事長 平野俊夫。以下「量研」) 量子ビーム科学部門関西光科学研究所 (以下「関西研」) の福田祐仁上席研究員と東京大学の神野智史助教 (現日本原子力研究開発機構) を中心とする、神戸大学、京都大学、名古屋大学との共同研究グループは、水素クラスター1)と呼ばれる大きさがマイクロメートル (1ミリメートルの1000分の1) 程度の球状の固体水素に超高強度のレーザーを照射することによって、メガ電子ボルト2)という高いエネルギー領域でエネルギーが揃った、純度100%の陽子ビーム (以下、レーザー駆動陽子ビームと呼ぶ) を繰り返し発生させることに成功しました。

これまでの金属やプラスチックの薄膜ターゲットを用いたレーザー駆動陽子ビーム発生研究では、ターゲット表面に付着している不純物に由来する炭素イオンや酸素イオンもレーザー照射によって同時に発生するため、陽子のみを選択的に繰り返して発生させることが大きな課題でした。今回、陽子ビームの元となる水素そのもので作られた水素クラスターをターゲットとして用いることにより、純度100%のメガ電子ボルトの陽子ビームを繰り返して発生させることに成功しました。また、水素クラスターの大きさを直径約0.3マイクロメートル程度にそろえることで、エネルギー変動を約11%に抑えた陽子ビームを発生させることができるようになりました。

本研究成果は、レーザー駆動陽子ビーム加速器の実現に向けて不可欠な要素となる、高純度で高いエネルギー安定性を持つ陽子ビームの発生を可能にする基盤技術となります。今後、従来の加速器で発生する陽子ビームのパルス幅 (バンチ長)3)に比べて1000分の1以上短いという特長を活かして、これまで未知だった放射線による材料損傷の瞬間を捉えて分析することにより、材料劣化のメカニズムを解明し、放射線の影響が強い宇宙や原子力環境に耐えうる新材料開発などに貢献することが期待されます。

本研究成果は、2022年10月12日 (現地時間) に発行されたSpringer Nature社のオープンアクセス電子ジャーナルScientific Reportsに掲載されました。

ポイント

  • 超高強度のレーザーを水素クラスターに照射し、エネルギーがそろった純度100%の高エネルギー陽子ビームを繰り返し発生させることに成功。
  • レーザー駆動陽子ビーム加速器の実現に向けて不可欠な要素である高純度、極短パルス、及び高いエネルギー安定性を持つ陽子ビームを実現。
  • 従来加速器では不可能な高エネルギー極短パルス陽子ビームにより、これまで未知だった放射線による材料損傷を解明し、宇宙・原子力分野での新材料開発に資することが期待。

研究の背景

図1.CPA法をベースにして量研関西研で開発されたペタワット級超高強度レーザー装置J-KAREN

世界トップクラスの強度を誇るレーザーとして、レーザープラズマ加速実験、エックス線発生実験などの高強度場科学研究に利用されています。

1985年に、ジェラール・ムル博士とドナ・ストリックランド博士はチャープパルス増幅 (CPA) 法4)という、超高強度かつ超短パルスのレーザー光 (以後、超高強度レーザーと呼ぶ) を生成させる方法を発明し、この研究成果に対して、2018年のノーベル物理学賞が両博士に授与されました。超高強度レーザーを用いることで、人類がこれまでに経験したことのない超高温・超高圧の状態にあるプラズマ5)を作り出すことが可能となり、このプラズマを利用した「レーザープラズマ加速6)」という、新たな概念の粒子加速手法が生み出されました。

超高強度レーザーを用いたレーザープラズマ加速のうち、陽子を加速する実験は、1990年代後半から始まりました。しかし、これまでの金属やプラスチックの薄膜ターゲットを用いたレーザー駆動陽子ビーム発生研究では、ターゲット表面に付着している不純物に由来する炭素イオンや酸素イオンもレーザー照射によって同時に発生するため、陽子のみを選択的に繰り返して発生させることは困難でした。これは、レーザーで加速された陽子ビームを応用する上で、解決しなければならない大きな課題でした。この課題を克服するための1つの試みとして、近年、陽子ビームの元となる水素そのもので作られた固体水素や液体水素、水素ガスをレーザー照射するターゲットとして用いることにより、100%水素のみの高純度陽子ビーム加速の研究が世界的に急速に進んでいます。我々は、早い時期からその重要性を認識し、レーザーを照射するターゲットとして水素クラスターに注目し、2017年に世界に先駆けて、水素クラスターを1秒間に100回 (100ヘルツ) 以上繰り返し発生させることの出来る装置の開発に成功しました。

今回、この水素クラスター発生装置を、量研関西研の超高強度レーザー装置J-KAREN (図1) の繰り返し周波数 (10秒間に1回) と同期させて動作させ、純度100%のメガ電子ボルト領域の陽子ビームの発生を実現しました。また、直径約0.3マイクロメール程度の大きさに揃えた水素クラスターを用いることで、エネルギー変動を約11%に抑えた陽子ビームを発生させることができるようになりました。

研究成果

実験は、量研関西研の超高強度レーザー装置J-KAREN (図1) を用いて図2 (a) に示す実験セットアップで実施しました。J-KARENは、ピーク出力1ペタワット (PW=1015ワット) の世界最高出力のレーザー装置の1つです。水素クラスター発生装置では、クライオスタットで冷却したパルスバイブ内の極低温・超高圧の水素ガスを、円錐形ノズルを介して真空中にパルス状に噴射することで、マイクロメートルスケールの水素クラスターを繰り返し発生させます。この水素クラスターへのレーザー照射により水素から電子が剥ぎ取られた多数の陽子が加速されます (図2(a))。パルスバルブには、ヒーターと温度計が取り付けられており、パルスバルブと円錐形ノズル全体の温度制御が可能となっています。温度制御により、生成する水素クラスターのサイズ分布が変化するため、陽子ビーム加速の状態をコントロールすることが出来ます。今回の実験では、温度25ケルビン (摂氏:マイナス248度) と50ケルビン (摂氏:マイナス223度) に設定しました。これらの温度に設定した際の水素クラスターのサイズ分布は、我々が独自開発したサイズ計測装置を用いて評価しており、50ケルビンでは、直径約0.3マイクロメートルの水素クラスターが主に発生します。50ケルビンより温度を下げて行くと、数マイクロメートルの大きなサイズのクラスターが発生するようになります。25ケルビンでは、直径約0.3マイクロメートルの水素クラスターに加え、直径2.3マイクロメートル程度までの水素クラスターが発生します。

図2.

(a) 水素クラスターを用いたレーザー陽子ビーム加速実験の概略図。
(b) 固体飛跡検出器 (レーザー進行方向に設置) で検出されたイオンのエッチピット (腐食孔) の顕微鏡画像。エッチピットの大きさから、観測されたシグナルが純度100%の陽子ビームであることが確認されました。
(c) トムソンパラボラ検出器 (レーザー進行方向に対して57度の方向に設置) で検出された陽子ビームのエネルギー分布のシグナル。質量と電荷数の比が1となる唯一のイオンである陽子のみが検出されていることから、観測されたシグナルが純度100%の陽子ビームであることが確認されました。

図3.固体飛跡検出器 (レーザー進行方向に設置) を用いたイオン計測から得られた陽子ビームのエネルギースペクトル

レーザー進行方向にレーザー1ショットあたり10億 (10の9乗) 個を超える数のメガ電子ボルト領域の陽子が発生していることが分かります。また、レーザー進行方向では陽子ビームの最大エネルギーは、温度25ケルビンの時に観測され、12.4メガ電子ボルトであることが分かりました。

加速された陽子ビームのエネルギー分布は、レーザー進行方向に設置した積分型の固体飛跡検出器 (CR-39、原子核乾板)7)とレーザー進行方向に対して57度の方向に設置したリアルタイム型のトムソンパラボラ検出器8)を用いて計測しました。観測されたエッチピット (腐食孔)9)の大きさやエネルギー分布のデータの解析結果から、純度100%の陽子ビーム加速が実現されていることが証明されました (図2(b)-2(c))。また、固体飛跡検出器を用いたイオン計測の結果から、レーザー進行方向にレーザー1ショットあたり10億 (10の9乗) 個を超える数のメガ電子ボルト領域の陽子ビームが発生していることが分かりました (図3)。

今回の実験では、10秒に1回というJ-KARENレーザーの繰り返し周波数と同期した陽子ビーム加速が実現されました。このため、リアルタイム型のトムソンパラボラ検出器では、同じ実験条件で多数個のデータ取得が可能となり、これらのデータを統計的な手法10)を用いて解析することが出来るようになりました。図5に示した箱ひげ図11)を用いて、温度25ケルビン (図4(a1)) と50ケルビン (図4(b1)) の条件で加速された陽子ビームの最大エネルギーのデータのばらつき度合いを評価しました。その結果、温度25ケルビンの327個のデータの中央値12)と四分位偏差13)は、それぞれ、1.54と0.58メガ電子ボルトであり、約38%のエネルギ−変動があることが分りました。また、多数の外れ値14)が存在し、極めて歪んだデータ分布をしていることが分かりました。この外れ値は、マイクロメートルサイズの水素クラスターにレーザーが照射された際に生成されたデータであると考えられます (図4(a2)-4(b2))。一方、温度50ケルビンの76個のデータは、中央値と四分位偏差が、それぞれ、1.40と0.15メガ電子ボルトであり、約11%のエネルギー変動があることが分りました。また、外れ値と分類されたデータの外れ具合も小さいことが分りました。これらのことから、直径約0.3マイクロメール程度の大きさに揃えた水素クラスターを用いることで、エネルギー変動を約11%に抑えた陽子ビームを発生させることができるようになったと言えます。水素ベースのターゲットに限らず、これまでの全てのレーザー駆動陽子ビーム発生の実験でこのような高い安定化の実現は、これまで報告されていませんでした。本研究は、レーザー駆動陽子ビーム発生の安定化の評価に統計的手法を導入して説明することを試みた先駆的研究と言えます。

図4.

(a1) 温度25ケルビン、(b1) 温度50ケルビンの条件で、トムソンパラボラ検出器 (レーザー進行方向に対して57度の方向に設置) を用いた計測から得られた陽子ビームのエネルギースペクトル。連続する20ショットのデータを示しています。レーザー進行方向に対して57度の方向では、陽子の最大エネルギーは、温度25ケルビンの時に観測され、7.4メガ電子ボルトであることが分かりました。
(a2) 温度25ケルビン、(b2) 温度50ケルビンの条件で、高強度レーザーと水素クラスターとの相互作用の様子を観測したシャドウグラフ画像。図中の破線で囲んだ領域がレーザーとクラスターとが強く相互作用する領域を示しています。温度25ケルビンの時には、マイクロメートルスケールの大きなサイズのクラスターとレーザーとが相互作用し、大きく丸く光る領域が存在していることがわかります。

図5.陽子ビームの最大エネルギーのデータのばらつき度合いを示す箱ひげ図

温度25ケルビンのデータの中央値と四分位偏差は、それぞれ、1.5と0.6メガ電子ボルトであり、多数の外れ値が存在し、極めて歪んだデータ分布をしています。この外れ値は、マイクロメートルサイズの水素クラスターにレーザーが照射された際に生成されたデータです。一方、温度50ケルビンのデータは、中央値と四分位偏差が、それぞれ、1.4と0.15メガ電子ボルトであり、四分位偏差の値で比較すると4倍のイオン加速の安定化が実現されていると言えます。

さらに、温度25ケルビンの時に観測された陽子の最大エネルギーの空間分布について興味深い観測結果が得られました。すなわち、陽子の最大エネルギーは、レーザー進行方向では12.4メガ電子ボルト (図3)、レーザー進行方向に対して57度の方向では7.4メガ電子ボルト (図4(a1)) と観測され、このことから、レーザー進行方向に高いエネルギーを生み出す加速メカニズムが存在することが示唆されました。

レーザー進行方向に高いエネルギーを生み出す加速メカニズムを解明するため、大型計算機を使った3次元プラズマ粒子シミュレーションを行いました。その結果、超高強度レーザーと水素クラスターとの相互作用で起こる相対性理論の効果15)によって、電子がレーザー進行方向に押し出されることで (図6(a))、レーザー進行方向の電場が逆方向の電場よりも早い時刻で大きくなり (図6(c))、陽子をレーザー進行方向に強く加速している (図6(b))、ということが明らかになりました。本研究では、加速されたイオンのエネルギースペクトル形状と最大エネルギー値は、シミュレーション (図6(d)) と実験 (図3) とでよく一致することが分かりました。このことから、レーザー駆動陽子ビーム加速器の実現へ向けて、シミュレーションによる予測を元に今後の実験をデザインして行くことができることが分かりました。

図6.大型計算機を使った3次元プラズマ粒子シミュレーションの結果

y方向がレーザー進行方向に対応しており、図の下から上へレーザーが入射します。x=y=0µmの位置がレーザーとクラスターの相互作用した場所になります。
(a) 電子密度の空間分布 (水素クラスターの直径が1.2マイクロメートルの場合)。レーザー電磁場の強力な磁場のローレンツ力により、電子がレーザー進行方向に押し出されている様子がわかります。
(b) 加速された陽子線エネルギーの空間分布 (水素クラスターの直径が1.2マイクロメートルの場合)。レーザー進行方向に高いエネルギーの陽子 (紫色で表示) が加速されている様子が分かります。
(c) レーザー進行方向に発生する加速電場の時間変化 (水素クラスターの直径が1.2マイクロメートルの場合) 。レーザー進行方向の加速電場が急激に立ち上がるため、レーザー進行方向に高いエネルギーの陽子ビームが発生します。
(d) 水素クラスターの直径が0.3、1.2、および、2.0マイクロメートルの場合の陽子ビームのエネルギースペクトル。

結果のインパクト

超高強度レーザーは、従来の陽子加速器の半分以下の電力で稼働し、教室程度のスペースに装置の設置が可能です。そのため、将来実現が見込まれる100ヘルツで動作するレーザーと組み合わせることで、これまでは実現が困難と思われていた高い繰り返しで長時間安定に動作する省電力でコンパクトな陽子ビーム加速器 (レーザー駆動陽子ビーム加速器) の実現につながることが期待されます。特に、本研究でターゲットとして用いた水素クラスターは、レーザー照射時にターゲットから生じるデブリ16)が少ないと言う特長があるため、長時間運転で問題となるデブリによる加速性能の劣化を抑制できる、という利点も兼ね備えています。

レーザー駆動陽子ビームのパルス幅 (バンチ長) は、従来の陽子加速器で発生する陽子ビームのそれに比べて1000分の1以上短い、という特長を持ちます。この特長を生かし、本研究で発生させた陽子ビームを用いて、これまで解明が困難であった金属材料が劣化する瞬間を捉えて分析し、これを未然に防ぐ技術の開発に利用されることが期待されます。例えば、宇宙や原子炉・核融合炉に使われる材料は、放射線が強い過酷な環境で使用され、カスケード損傷17)と呼ばれる特異な欠陥が内部で瞬間的に生成され、材料の劣化につながるとされています。しかし、このような放射線による劣化の全貌は、カスケード損傷があまりにも早い現象であること等から、従来のツールでは観測できず、未だ詳細に解明されていません。

このような未解明の問題の解決に、我々の構築したレーザー駆動陽子ビームが貢献できると期待されます。例えば、金属材料に短パルスの陽子ビームを照射して人為的にカスケード損傷を引き起こし、その現象が起こる瞬間を極短パルスの高強度エックス線を照射して、材料内部の原子配列や化学種が変化する様子を観察して分析することが可能になります (図7)。この手法により、カスケード損傷に伴う材料劣化のメカニズムを明らかにし、さらにその劣化を防止・抑止する技術の開発に役立てることが期待されます。

図7.

レーザー駆動陽子ビームとエックス線を用いた劣化プロセスを摸擬する実験の概略図 (左)。金属材料に陽子ビームを照射する前と後で、エックス線回折18)の手法を用いて金属材料中の原子配列の様子を観測します。時間幅が短いレーザー駆動陽子ビームとエックス線を用いることで、材料内部の原子配列が変化する瞬間の様子を観察し、劣化が起こる原因を明らかにします (右)。

本研究において、固体飛跡検出器CR-39によるイオン検出は、神戸大学の金崎真聡准教授、山内知也教授との共同研究により実施されました。原子核乾板によるイオン検出は、名古屋大学の北川暢子特任助教、森島邦博准教授、神戸大学の浅井孝文大学院生、量研放医研の小平 聡グループリーダ—との共同研究により実施されました。トムソンパラボラ検出器を用いたイオン検出は、東京大学の神野智史助教 (現日本原子力研究開発機構)、上坂 充教授 (現内閣府原子力委員会委員長) との共同研究により実施されました。大型計算機によるシミュレーション研究は、京都大学の松井隆太郎助教、岸本泰明教授 (現京都大学名誉教授) との共同研究により、実施されました。

用語解説

1) クラスター

原子・分子の有限個の集合体のことで、固体密度でありながら、ナノメートルからマイクロメートルの有限の大きさを持つ物質のこと。気相 (孤立した原子・分子) とも凝集相 (固体・液体) とも違う状態であり、気相と凝集相とをつなぐ中間の物質相として考えられています。

2) メガ電子ボルト

電子ボルトは、放射線のエネルギーの単位として使われます。1ボルトの電池を2枚の金属板に接続して、マイナスの板の上に電子を置くと、電子はプラスの板に向かって動き出します。そして、プラスの板に到着したときに電子が獲得するエネルギーが、1電子ボルトになります。メガ電子ボルトは、1電子ボルトの百万 (106) 倍の大きさで、放射線は、メガ電子ボルト領域のエネルギーを持っています。

3) パルス幅 (バンチ長)

陽子ビームのパルス幅 (バンチ長) とは、先頭の陽子が来てから最後の陽子が通過するまでの時間の長さのことです。従来の加速器で発生する陽子ビームのパルス幅 (バンチ長) は100ナノ秒 (ns=10-9秒) 程度ですが、レーザー駆動陽子ビームは、1ピコ秒 (ps=10-12秒) 程度となります。そのため、レーザー駆動陽子ビームは、ピコ秒程度の時間スケールで起こる高速現象を分析することができます。

4) チャープパルス増幅 (CPA) 法

レーザーエネルギーの増幅方法の一種。増幅する前のレーザーパルスの時間幅を1000倍程度に引き延ばし、尖頭出力を十分抑えた状態で増幅し、その後、再びパルスの時間幅を押し縮めて元に戻し、超高強度かつ極短パルスのレーザーを得る手法のことです。

5) プラズマ

物質を構成する原子や分子が、より小さな構成物質であるイオンと電子に分離した状態。地球の大気の上部は、電離圏とよばれるプラズマ状態を形成しています。また、宇宙空間は、一般に真空と言われますが、ごく薄いプラズマに満ちておりプラズマが支配する空間となっています。地上では、放電や強いレーザーを物質に照射することで、物質をプラズマ状態にすることができます。

6) レーザープラズマ加速

電子やイオンなどの荷電粒子をプラズマの中に作り出した急峻な電場を用いて荷電粒子を加速する手法のこと。次世代の小型・省電力の粒子加速器の加速技術として注目されています。この技術で加速した荷電粒子のパルス幅は、従来加速器のものよりも短い、と言う特長があります。

7) 固体飛跡検出器 (CR-39、原子核乾板)

CR-39 (ポリアリルジグリコールカーボネイト) は、薄いプラスチックに記録される高エネルギー粒子線の飛跡を、その後の化学エッチング処理によって拡大してエッチピット (腐食孔) とし、その大きさや形状を光学顕微鏡で観察します。CR-39は、代表的なエッチング型の高感度固体飛跡検出器で、計測されるエッチピットの形状と大きさが入射粒子の種類やエネルギーの情報を有していることに加え、かなりの線量までエックス線や電子線に不感であり、電磁ノイズに影響されないことなどの特長があります。そのため、レーザー駆動陽子ビームの計測においては、最も信頼性の高いイオン検出器だと考えられています。原子核乾板は、薄いプラスチックベースの両面に塗布された写真乳剤により荷電粒子の軌跡をサブミクロンの空間分解能で三次元的に記録する検出器です。写真現像により記録された飛跡の像を定着させ、自動飛跡読み取り装置で分析を行います。放射線検出器の中では、最も分解能が高い検出器です。

8) リアルタイム型のトムソンパラボラ検出器

荷電粒子を静電場と静磁場の中を通過させ、質量と電荷数の比とエネルギーによって進行方向を偏向させ、荷電粒子の質量と電荷数の比ごとのエネルギーを計測するする手法。エネルギースペクトルの形状は、放物線となります。イオンを検出する装置として蛍光板付きマイクロチャネルプレート (荷電粒子を増幅し蛍光板に映し出す装置) を用いて、蛍光板に映し出される放物線形状のエネルギースペクトルをCCDカメラで撮影することにより、高い繰り返しで発生する陽子ビームのエネルギースペクトルを、レーザー1ショットごとにリアルタイムで計測することができます。化学エッチングによる後処理が必要な固体飛跡検出器に比べて速報性がありますが、質量と電荷数の比が同じ値となる荷電粒子同士は区別できません。

9) エッチピット (腐食孔)

固体飛跡検出器にエッチング処理を施すことにより、イオンの通過によって生じた微小な損傷が拡大されます。その結果、固体飛跡検出器表面に現れる円錐形のくぼみのこと。

10) 統計解析

大量のデータを分析して、データに含まれるパターンや傾向について、統計学に基づいた科学的な根拠をもとに明らかにする方法のこと。これまでのレーザーイオン加速実験では、一定の条件の下で計測されるデータ量が足りず、統計解析を用いたデータ解析を実施することは困難でした。

11) 箱ひげ図

データのばらつきには、データが測定された環境に関する重要なヒントが隠されています。そのデータのばらつきを視覚的にわかりやすく表現するための統計図が、箱ひげ図です。箱ひげ図は、異なる環境で測定された複数のデータのばらつきを比較するために用いられます。「箱」と、その両側に出た「ひげ」で表現されることからこのように呼ばれます。

12) 中央値

データを小さい順に並べて、小さいものから順位を付けた時に、ちょうど真ん中 (50 %) に位置する値。第2四分位数とも呼ばれます。平均値は外れ値の影響を受けやすいが、中央値は外れ値の影響を受けにくい、という特長があります。従って、外れ値が存在するようなデータでは、中央値と四分位偏差を用いてデータの散らばり具合を表します。

13) 四分位偏差

箱ひげ図において、データの散らばり具合を表す指標。第1四分位数から第3四分位数までの範囲 (データの中央50%部分の範囲) を四分位範囲といい、四分位偏差とは、この四分位範囲を二等分した値のこと。四分位偏差が小さいほど、データが中央値周辺に密集して存在することを示しています。

14) 外れ値

統計学において、他の値から大きく外れた値のこと。箱ひげ図を描いた場合、ひげの範囲から外れた値は外れ値とみなされます。極端に小さい値や大きい値であるからといって、それがノイズや測定ミスであるとは限りません。なにか意味があって、極端な値が出ている可能性があり、発生原因をよく考察する必要があります。

15) 相対性理論の効果

レーザー光の強度が増加すると、電磁波であるレーザー光の電場成分で加速されるプラズマ中の電子の速度が光速に近づきます。このような状況では、電子に作用するレーザー光の磁場成分の力の効果が現れ始め、電子はレーザー光の進行方向に加速されるようになります。このような指向性を有する電子流によって引き起こされるプラズマの性質の変化を相対性理論の効果と呼びます。

16) デブリ

強いレーザーを照射して物質をプラズマ状態にする際、完全にプラズマ化されなかった物質は、微小粒子となって飛散し、装置を構成する部品に付着します。この微小粒子をデブリと呼びます。特に、デブリがミラーなどの光学素子に付着するとその光学素子の性能が劣化するため、陽子ビームの発生効率が下がります。レーザー駆動陽子加速では、精密な光学素子が用いられるため、デブリの発生を抑える必要があります。

17) カスケード損傷

中性子などの放射線が金属材料に照射された場合、衝突によって材料内の原子が次々に弾き飛ばされ、ある領域に多くの欠陥が生じます。これをカスケード損傷と呼びます。原子炉や核融合炉に使われる材料の劣化は、核反応によって生成したメガ電子ボルト領域の放射線によるカスケード損傷が原因となって進行するとされていますが、放射線による劣化の全貌は未だ解明されていません。中性子を利用できる施設は限られるため、中性子を摸擬するものとして、従来の陽子加速器で発生するメガ電子ボルト領域陽子ビームが用いられています。

18) エックス線回折

エックス線を使って、物質の内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法。エックス線が、物質内部の結晶格子で回折する現象を利用しています。

論文情報

タイトル

Laser-driven multi-MeV high-purity proton acceleration via anisotropic ambipolar expansion of micron-scale hydrogen clusters

DOI

10.1038/s41598-022-18710-x

著者

Satoshi Jinno, Masato Kanasaki, Takafumi Asai, Ryutaro Matsui, Alexander S. Pirozhkov, Koichi Ogura, Akito Sagisaka, Yasuhiro Miyasaka, Nobuhiko Nakanii, Masaki Kando, Nobuko Kitagawa, Kunihiro Morishima, Satoshi Kodaira, Yasuaki Kishimoto, Tomoya Yamauchi, Mitsuru Uesaka, Hiromitsu Kiriyama & Yuji Fukuda

掲載誌

Scientific Reports

研究者