神戸大学計算社会科学研究センターの 西村和雄 特命教授と、同志社大学経済学部の 八木 匡 教授は、子ども時代に親から受けた「褒め方」と「叱り方」のあり方が、成人後の自己決定度や安心感、さらに、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動に与える影響について、アンケート調査による分析を行った。その結果、褒め方では、「頑張ったね」と努力を評価する言葉が、「えらいね」と能力を評価する言葉や、結果に対し「褒美」をもらうことより、ポジティブな影響を残していることがわかった。また、叱り方では、「次は頑張ろうね」と励ます言葉が、「どうしてできないの」と叱責したり、「罰」を課すことに比べてより良い影響を与えていることがわかった。
この研究成果は、独立行政法人経済産業研究所のディスカッションペーパー「褒め方、叱り方が子どもの将来に与える影響−日本における実証研究−」として発表予定です。
ポイント
- 子ども時代に親から受けた褒め方、叱り方と、成人後の「自己決定度」「安心感」「計画実行能力」「法令順守」の関係を調査。
- 褒め方は「頑張ったね」「えらいね」「褒美をもらった」の3グループに、叱り方は「次は頑張ろうね」「どうしてできないの」「罰を課された」の3グループに分類。
- 褒め方では、「頑張ったね」がすべての指標で最高となり、「えらいね」「褒美をもらった」の順で低下していた。
- 叱り方では、「次は頑張ろうね」がすべての指標で最高となり「どうしてできないの」「罰を課された」の順で低下していた。
- 長期的な視点で物事を考える習慣は、行動経済学における双曲割引 (今日と明日の違いは1年後とその翌日の違いより大きいという、将来の利得を割り引いて考える傾向) の度合いと関連があり、賞罰が、双曲割引の度合いを高め、遠い将来よりも直近の利得を強く意識するような影響を与えるとするなら、それは倫理的行動にも影響を与えていると考えられる。
今回の調査
本研究で用いるデータは、2021年3月8日から2021年3月11日にかけて、調査会社NTTコムオンラインを通じて実施したインターネット調査で得られたものである。調査対象者は、全国20歳以上70歳未満の男女個人であり、性別・年代で人口構成比に合わせて割付回収を行っている。配信数は27,391件で、有効回答者2052人、回収率は7.5%であった。
補足解説
- 自己決定度
- 進学先、就職先を「自分の希望」「周囲のすすめ」などの回答から指標化。
- 安心感
- Hills and Michael (2002) で提示された質問リストを用い主因子法による因子分析によって因子を抽出した。
- 計画実行能力
- 「計画をたててやりとおす力」と「目標を設定して確実に行動する力」を持っていると思うか、についての質問への回答から数値化。
- 法令順守
- 「法令順守はいかなる場合でも最優先される」との質問への回答を数値化。
得られた知見
親に叱られた時に「次は頑張ろうね」と励まされたことを記憶している人は、「どうしてできないの」と叱られた人よりも、自己決定度と安心感が高かった。「罰を与える」ことは不安感を増すという意味で、良い結果を生まなかった。
親に褒められた場合、「頑張ったね」と努力の過程を認められた人の自己決定度と安心感がともに最も高く、「褒美をもらった」人の自己決定度が最も低かった。また「えらいね」というほめ方は、「頑張ったね」と比べると、自己決定度が低かった。
さらに、「罰を与えること」と「褒美を与えること」は、「次は頑張ろうね」や「頑張ったね」と言われるのと比較して、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動を低下させるという結果が得られた。これは、行動経済学における双曲割引の度合いを高めることと整合的な結果である。
論文概要
親は子供に対して、日常的な表情やボディランゲージによるものを別にすれば、声かけと応え方でコミュニケーションをとる。それをどのようなものにするかによって子どもの成長は強い影響を受けると考えられる。特に、子供が問題行動をとったときの注意の仕方、好ましい行動をとった時の励まし方は、子育てに関する多くの著作や論文が重要視していることであり、どのようにすることが良いのか多くの親が悩む点でもある。
声かけと応え方で多くの議論の的となるのは賞罰の是非である。子どもに罰を与えることが良くないというのは理解できる。しかし、著名な心理学の著作には、子どもに罰を与えることだけでなく、子供に褒美を与えることも良くなく、褒美は、子どもが欲しているものを使って行動を支配する手段となり、長期的には罰と同じ意味をもつことになるという主張も少なからずある。更に、褒めることは報酬と同じく、生徒をコントロールしようとすることであり、叱ることは「これをしなさい、さもないとこうしますよ」という意味で、やはり罰と同じであるとすら言われることもある。(Alfie Kohn (1993)、Ryan and Deci (2000)、Dreikurs (1958), McKay and Dinkmeyer (1989))。
しかし、叱ることが良くないというのはともかく、褒めることも良くないというのは本当であろうか。そして、良くないとすれば子供にどういう影響を与えるからなのか。
このような問題意識から、我々は、叱ること、罰を与えることとともに、褒めること、褒美を与えることが、成人後の子供にどのような影響を与えるかを実証的に検証した。本論文では、理想的な注意の仕方や励まし方がどのようなものかという議論には深入りせずに、実際に多くの親が行うと思われるしかり方、褒め方を質問し、日本人2,052人からの回答を分析して、子どもの時に受けた、叱られ方、褒められ方と成人後の自己決定度や安心感との関係を調べた。
本稿では、さらに、叱ること、罰を与えること、褒めること、褒美を与えることが、成人後の長期的な判断と倫理的行動に与える影響を分析する。長期的な判断は行動経済学における双曲割引 (Hyperbolic discounting) と関連すると考えることもできる。双曲割引とは、今日と明日の違いは1年後とその翌日の違いより大きいというものである。
図1および図2で示されているように、親に叱られた時に、「次は頑張ろうね」と励まされたことを記憶している人は、「どうしてできないの」と叱られた人よりも、自己決定度と安心感が最も高かった。「罰を与える」ことは不安感を増すという意味で、良い結果を生まなかった。親に褒められた場合、「頑張ったね」と努力の過程を認められた人の自己決定度と安心感がともに最も高く、「褒美をもらった」人の自己決定度が最も低かった。また「えらいね」というほめ方は、「頑張ったね」と比べると、自己決定度が低かった。
また、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動に与える影響を見ると、「罰を与えること」と「褒美を与えること」は、「次は頑張ろうね」や「頑張ったね」と言われるのと比較して、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動を低下させるという結果が得られた。これは、行動経済学における双曲割引の度合いを高めることと整合的な結果である。賞罰が、双曲割引の度合いを高め、遠い将来よりも直近の利得を強く意識するような影響を与えるとも解釈できる。
これらの結果は、自立心を身につけながら、高い倫理感と計画実行力を持つ人材の育成方法を示唆しており、教育、特に、初等・中等教育におけるあり方にも役立つと思われる。
論文情報
- タイトル
- 「褒め方、叱り方が子どもの将来に与える影響−日本における実証研究−」
- 著者
- 西村和雄、八木匡
- 掲載
- RIETI DP 22-J-037, 独立行政法人経済産業研究所, 2022年10月