医学部の学生で、起業家の卵でもある。神戸大学の部活動「起業部」に所属する医学部4年の福田純礼さんは、AI (人工知能) を利用した血管内手術の支援システム開発を進めている。今秋、医療・健康分野の起業アイデアを競うオーストラリアの国際大会で、福田さんが代表を務めるチーム「FairMed」(フェアメド) は日本予選を突破、25組が競った本選で準決勝進出の14組に食い込んだ。
2016年に大阪府立大学 (現・大阪公立大学) 大学院の理学系研究科を修了後、総合化学メーカーに入社した。4年間、医療機器の研究・開発に携わった。医学部で学び直そうと考えたきっかけは、学会への参加時に見学した脳血管内手術だった。医師が器具を操作する中で頭蓋内出血が起きる場面を目にし、「こういう合併症の発生を減らす方法はないだろうか」と考え始めた。
手術で器具を使う際、手技の微妙な感覚は医師にしか分からない。器具を開発する側は、医師が説明する言葉で理解するしかない。「車を開発する研究者なら、自分で運転して試すことができますよね。でも、医療の場合はそれができない。メーカー時代、自分自身で直接製品を扱って情報を得たいと感じていました」と振り返る。
そんな思いから2020年、退社して神戸大学医学部を受験。翌年、2年次に編入学した。
大学の起業部で専門家からサポート
神戸大学を選んだのは、「研究」を志す自分に合っていると感じたからだ。神戸大学医学部が開発にかかわった国産初の手術支援ロボット「hinotori (ヒノトリ)」が話題になり始めた時期でもあった。
「入学して感じたのは、意志があれば何でも挑戦できる場所ということです」
自身が開発を目指す血管内手術の支援システムについて、脳神経外科医の甲田将章助教に説明したところ、研究室への受け入れを快諾してくれた。
さらに、アイデアの実現に向けて大きな後押しとなったのが、2022年に大学に発足した「起業部」だった。部活動とはいえ、専門知識を持つ教員が顧問を務め、大学として起業を後押ししている。第一線で活躍する起業家から実務や資金調達の方法などを学ぶこともできる。「FairMed」は専門が異なる学部生、大学院生の部員4人で結成。福田さんのアイデアを事業化するため、計画の改善、外部との交渉などを協力して進める。
開発中の手術支援システムは、脳の血管内手術をする際、医師が見ている画像上で機器の動きをリアルタイムで追跡し、出血などの合併症を防ぐための警告を発することができる。さらに、使用機器や手術プランを推薦する機能を持つことも大きな特徴だ。医療でのAI活用は、診断補助の領域で進んでいるが、「FairMed」が取り組むような治療の補助ではまだ少ない。今夏、起業部内の10チームが事業プランを競うイベントでは優勝を果たし、学外の審査員からも高い評価を受けた。
「このシステムは出血などの合併症を減らすだけでなく、経験の浅い医師の支援にもつながります。患者さんにとっては再手術、手術後の介護などの負担が減り、治療の質を上げることができます」
2024年には国内外で薬事申請し、その後、保険適用に必要な治験などを進める計画。資金の調達は、起業部をサポートする専門家らに相談しながら計画を練る。29年ごろの製品化を目指しており、「今後10年の間に利益を出せるようにしたい」と抱負を語る。
メーカー勤務時代、開発のプロセスや市場展開、社外人材との連携など、さまざまな知識を得たことも大いに役立っている。
医師と起業家の二刀流で歩む
医学部を卒業後はまず、臨床経験を積むことを考えている。そのうえで、医師としての現場感覚を医療機器の開発などに生かしたいという。
「医学部で学んで感じたのは、臨床現場には多様な課題があり、自分が考えていた以上に機器開発のニーズもあるということ。現場で知識を深めながら、さらにニーズを探っていきたいと思います」
目標は、「Fair (公平な)」と「Medical (医療)」を組み合わせたチーム名「FairMed」が示すとおり、誰もが良質な医療を受けられるようにすることだ。医師を補助する機器の開発は、その目標に向けた一つの道筋といえる。
将来は、大学院での研究も視野に入れる。神戸大学大学院の医学研究科は今年、医学と工学を融合した「医療創成工学専攻」を設置しており、自身が取り組む分野とも重なる。
好きな言葉は“If you can dream it, you can do it” (夢があれば実現できる)。その舞台に選んだ神戸大学で、医師と起業家の二刀流を目指し、夢の実現に向けて歩む。
略歴
ふくだ・すみれ 1991年、愛知県豊橋市出身。2014年、大阪府立大学 (現・大阪公立大学) 理学部卒。2016年、同大学大学院理学系研究科修了。2016-20年、株式会社カネカの研究開発部門に勤務。21年、神戸大学医学部医学科入学。神戸市在住。