理化学研究所 (理研) 生命機能科学研究センター分子配列比較解析チームの工樂樹洋チームリーダー (国立遺伝学研究所分子生命史研究室教授) 、大石雄太大学院生リサーチ・アソシエイト (研究当時、現形態進化研究チーム大学院生リサーチ・アソシエイト、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻大学院生)、東京大学大気海洋研究所の兵藤晋教授、東海大学海洋学部海洋生物学科の堀江琢准教授、同海洋科学博物館の山田一幸学芸員、ふくしま海洋科学館の山内信弥上席技師の共同研究グループは、ヒトを含む哺乳類が胎生[1]を獲得する進化の過程で失った「卵黄タンパク質を作る遺伝子」が、胎生のサメ類で保持されており、母体内の胚への栄養供給に寄与している可能性を明らかにしました。
本研究成果は、卵生から胎生まで見られる脊椎動物の繁殖様式の多様性を、分子レベルから理解する上で重要な知見を提供すると期待できます。
軟骨魚類[2] (サメ・エイ類) の半数以上は胎生で繁殖し、胎内の胚が卵黄の栄養で発生するものから、母体からの栄養供給に依存するものまでさまざまなタイプが存在しますが、卵生も含めた多様な繁殖様式の間の分子レベルの比較はほとんど行われていません。
今回、共同研究グループは卵黄タンパク質「ビテロジェニン[3]」に着目し、胎生サメのラブカ[4]などについて解析しました。その結果、胎生サメ類ではビテロジェニン遺伝子がゲノム中に複数存在し、ビテロジェニンが卵黄や子宮を介して母体内の胚への栄養供給源として利用されている可能性が示されました。
本研究は、科学雑誌『Genome Biology and Evolution』3月号 (3月15日付) に掲載されました。
背景
動物の繁殖様式は、殻に包まれた卵を産み体外で孵化させる「卵生」と、親の体内で子どもを発生させる「胎生」の2種類におおまかに分類されます。胎生動物の代表である哺乳類は、親が胚に対して発生に必要な栄養供給などを積極的に行う「母体依存型胎生」です。一方、哺乳類以外の胎生動物では、親からの栄養供給ではなく卵黄を栄養源とする「卵黄依存型胎生」が主流です。サメやエイの仲間を含む軟骨魚類には、卵生から卵黄依存型胎生、母体依存型胎生まで、他に類を見ないほど多様な繁殖様式を持つ種がいることが知られています。
軟骨魚類の繁殖様式はその半数以上の種が胎生であり、胎生はさらに、卵黄依存型胎生と、後述する3種類の母体依存型胎生の四つに分類されます (図1)。卵黄依存型胎生は深海ザメ「ラブカ (Chlamydoselachus anguineus)」などで見られる繁殖様式で、胚が持つ巨大な卵黄から主な栄養供給が行われます。母体依存型胎生には、子宮から分泌されるミルクのような液体を胎仔に与える「組織栄養型」、未受精卵や同じ子宮内の兄弟を胚に食べさせる「卵食・共食い型」、そして哺乳類のような胎盤を作り、そこから栄養供給を行う「胎盤型」が存在します。このような軟骨魚類の多様な繁殖様式は、進化の過程で卵生と胎生の間の転換が複数回起きた結果と考えられています。
哺乳類が胎生を進化させる際、胎盤の獲得に伴ってゲノム中から欠落した遺伝子として、卵黄の主成分タンパク質である「ビテロジェニン」を作る遺伝子が知られています。ビテロジェニンは、ニワトリなど卵生の脊椎動物では、肝臓で合成され、ビテロジェニン受容体 (VLDLR)[3]の働きにより卵母細胞内に取り込まれることで、卵黄として機能します。卵生の脊椎動物ではビテロジェニン遺伝子はゲノム中に複数存在しますが、カモノハシ以外の哺乳類ではビテロジェニン遺伝子は失われています注1)。一方で、胎生の軟骨魚類がビテロジェニン遺伝子を持つかどうかは明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、近年蓄積してきた軟骨魚類の全ゲノム情報に加え、新たに2種の胎生軟骨魚類について遺伝子配列情報を取得し、軟骨魚類におけるビテロジェニンならびにVLDLRに注目して解析を行いました。
- 注1) Brawand, D. et al. 2008. Loss of Egg Yolk Genes in Mammals and the Origin of Lactation and Placentation. PLOS Biol. 6, e63.
研究手法と成果
共同研究グループが新たに遺伝子配列情報を取得した胎生軟骨魚類は、卵黄依存型胎生のラブカと、胎盤型胎生のシロザメ (Mustelus griseus)[5]です。ラブカは、東海大学海洋科学博物館とふくしま海洋科学館の共同プロジェクト「ラブカ研究プロジェクト注2)」により駿河湾で採集・冷凍保管されていた雌個体を活用することにより、特に研究用試料の確保が困難な妊娠個体から子宮を含む各臓器のサンプリングに成功しました。一方、シロザメは、瀬戸内海で混獲された雌個体から子宮と肝臓を採取しました。それぞれの臓器から抽出したRNAを、超並列DNAシーケンサー[6]を用いたRNA-seq[7]により読み取り、コンピュータ処理によって配列を再構築した結果、各臓器で発現する遺伝子の配列情報を網羅的に取得することに成功しました。
先行研究で得られた他種のサメの遺伝子配列情報と併せ、計12種の軟骨魚類に対して、ビテロジェニン遺伝子およびVLDLR遺伝子を探索しました。その結果、軟骨魚類では繁殖様式の違いにかかわらず、ゲノム中に少なくとも二つのビテロジェニン遺伝子 (VTG1とVTG2) が同定されました。これは、哺乳類とは異なり、軟骨魚類では胎生獲得後もビテロジェニン遺伝子が維持されていることを意味しています (図2) 。さらに、VLDLR遺伝子について詳細な分子系統解析を行ったところ、他の魚類や陸上脊椎動物ではゲノム中に一つしか見られないVLDLR遺伝子が、軟骨魚類ではゲノム中に三つ (VLDLRc1、VLDLRc2、VLDLRc3と命名) 保持されていることも明らかになりました (図2)。
これまで、軟骨魚類のゲノムでは、進化の過程で遺伝子の増減がほとんど見られないという傾向が知られていたため、この結果は意外なものでした。VLDLRには卵母細胞にビテロジェニンを取り込ませる働きがあり、VLDLR遺伝子数の増加は、サメ類が往々にして他の脊椎動物よりも巨大な卵黄を持つ卵を作ることに関連している可能性があります。
さらに、臓器ごとのビテロジェニン遺伝子ならびにVLDLR遺伝子の発現量を調べるため、卵生種であるトラザメ (Scyliorhinus torazame) を加えて比較しました。このトラザメでは、以前から進めてきたゲノム情報注5)を活用しました。その結果、トラザメにおいては主に肝臓で著しい発現が見られたビテロジェニン遺伝子が、胎生種であるラブカやシロザメでは子宮でも強く発現していることが明らかになりました。さらに、トラザメでは卵巣で主な発現が見られたVLDLR遺伝子についても、ラブカやシロザメにおいては子宮でも強く発現していることが明らかになりました。以上の結果は、ビテロジェニンが胎生の軟骨魚類では卵黄栄養としてのみならず、子宮内の胚への栄養供給源として機能していることを示唆しています (図3)。
今後の期待
本研究は、近年急速に蓄積した軟骨魚類のDNA配列情報と、研究用試料の確保自体が困難であった未解析種へのアクセスが幸運にも可能になったことで実現したものです。今回の解析により、哺乳類では進化の過程で欠落した卵黄タンパク質ビテロジェニンの遺伝子が、胎生のサメ類ではゲノム中に維持されており、子宮内の胎仔への栄養源の一つとして転用されている可能性が示されました。
現在、サメやエイ類の多くが絶滅の危機に瀕しており、海洋生態系の維持の観点から世界的な保全の必要性が指摘されています注6)。しかし、そのような種の多くが胎生であり、繁殖メカニズムはよく分かっていません。近年では、サメやエイ類の人工子宮による繁殖補助の試みも行われ始めています注7)。本研究で得られた遺伝子配列情報やビテロジェニン遺伝子に関する知見は、絶滅危惧種の繁殖メカニズムの理解や水族館などでの飼育・繁殖技術の確立にも貢献すると期待できます。
- 注6) Stein, R.W. et al. 2008. Global priorities for conserving the evolutionary history of sharks, rays and chimaeras. Nat. Ecol. E vol. 2, 288–298.
- 注7) Tomita, T. et al. 2022. Five-month incubation of viviparous deep-water shark embryos in artificial uterine fluid. Front. Mar. Sci. 9:825354.
補足説明
[1] 胎生
殻に包まれていない形で子どもを産む繁殖方法。卵生に対する用語。
[2] 軟骨魚類
軟骨魚類 (軟骨魚綱) とは、哺乳類の祖先を含む硬骨魚類 (硬骨脊椎動物) と約4億5000万年前に分岐したグループであり、全身の骨格が軟骨性であることが名前の由来となっている。ただし、この特徴は祖先の状態を反映しているわけではなく、二次的に硬骨を失ったとする説が現在では主流である。
[3] ビテロジェニン、ビテロジェニン受容体 (VLDLR)
ビテロジェニンは、卵黄の栄養分となるタンパク質の前駆体。メスの肝臓で合成され、血液を通って卵母細胞に入るとホスビチンとリポビテリンなどに分解され、卵黄タンパク質として貯蔵される。ビテロジェニン受容体は卵母細胞膜に発現し、エンドサイトーシスによりビテロジェニンを取り込む機能を持つ。VLDLRはVery Low Density Lipoprotein Receptorの略。
[4] ラブカ (Chlamydoselachus anguineus)
カグラザメ目ラブカ科に属し、深海に生息するサメの一種。妊娠期間は2年以上と推測されている。エラ穴の数や歯・口の形態が絶滅したサメ類と類似することから、「生きた化石」として紹介されることも多い。しかし近年の研究では、それらの特徴は祖先の形態に由来するわけではなく、二次的に獲得したものとされている。
[5] シロザメ (Mustelus griseus)
メジロザメ目ドチザメ科に属し、日本近海からアジア沿岸海域に生息する比較的小型のサメ類の一種。飼育のしやすさから、水族館などでよく展示されている。同属別種に胎盤を持たないホシザメ (Mustelus manazo) がおり、胎盤の起源がかなり新しいことが示唆される。環境省版海洋生物レッドリスト (2017)では、現時点での絶滅危険度は低いとされている種であるが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性がある (准絶滅危惧種:Near Threatened)。
[6] 超並列DNAシーケンサー
次世代シーケンサーとも呼称される。断片化された数千万~数億本のDNA配列を一度に解読する装置。遺伝子発現の定量化や転写産物配列の取得以外にも、全ゲノム情報の読み取りや遺伝情報の個人差の同定など、現代生物学・医学において広く応用されている。
[7] RNA-seq
超並列DNAシーケンサーを用いて、ゲノムから転写されるRNAを網羅的に解析する方法。
共同研究グループ
理化学研究所 生命機能科学研究センター 分子配列比較解析チーム
- チームリーダー 工樂樹洋 (クラク・シゲヒロ)
(国立遺伝学研究所 分子生命史研究室 教授) - 大学院生リサーチ・アソシエイト 大石雄太 (オオイシ・ユウタ)
(研究当時、現 形態進化研究チーム 大学院生リサーチ・アソシエイト、神戸大学大学院 理学研究科 生物学専攻 大学院生)
東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
- 教授 兵藤 晋 (ヒョウドウ・ススム)
- 大学院生 有村省吾 (アリムラ・ショウゴ)
- 大学院生 下山紘也 (シモヤマ・コウヤ)
東海大学
海洋学部 海洋生物学科
- 准教授 堀江 琢 (ホリエ・タク)
海洋科学博物館
- 学芸員 山田一幸 (ヤマダ・カズユキ)
公益財団法人ふくしま海洋科学館 (アクアマリンふくしま)
- 上席技師 山内信弥 (ヤマウチ・シンヤ)
研究支援
本研究は、理化学研究所運営費交付金 (生命機能科学研究) で実施し、日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業基盤研究 (B) 「Hoxクラスターの大域的制御について残された謎に分子進化とエピゲノムから迫る (研究代表者:工樂樹洋) 」、ならびに神戸大学「異分野共創による次世代卓越博士人材育成プロジェクト (研究代表者:大石雄太) 」による助成を受けて行われました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1093/gbe/evad028
著者
Yuta Ohishi, Shogo Arimura, Koya Shimoyama, Kazuyuki Yamada, Shinya Yamauchi, Taku Horie, Susumu Hyodo, and Shigehiro Kuraku
掲載誌
Genome Biology and Evolution