学校法人金井学園福井工業大学の丸山萌研究補助員と柏山祐一郎教授を中心として、北海道大学大学院理学研究院の山口愛果研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)、神戸大学大学院理学研究科(研究当時)の洲崎敏伸研究員らが参画した日本、ポーランド、カナダ、チェコの大学機関からなる国際共同研究チームは、植物の葉緑体の起源とその進化メカニズムを理解する上で重要な、異種生物の融合状態が認められる生物(ラパザ)を報告しました。
本成果は2023年3月16日に米国科学アカデミー紀要(英語:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America;略称:PNAS)誌にオンライン掲載されました。
概要
地球生命圏のほとんどの活動をエネルギーの面から支えているのは光合成です。光合成のためのデバイスである葉緑体*1を進化させた広義の「植物」*2は、地球を酸素にあふれた惑星に作り替え、また、多様な植物による基礎生産に支えられた現在の豊かな地球環境を実現してきました。真核細胞が葉緑体を獲得した「植物化」は、他の光合成細胞を融合的に取り込む現象であり、このような進化が過去に何度も繰り返されてきたと考えられています。しかし、このような異なる生物の細胞がキメラ融合する進化のメカニズムについては、これまで様々な仮説が提唱されてきたものの、ほとんど想像の域を出ることはありませんでした。なぜなら、「植物化」は過去の出来事であり、進化の場面を手に取って研究することが出来なかったからです。
ところが、本論文で報告した「ラパザ (Rapaza viridis)*3」(図1) は、まさに「植物に至る現在進行形の進化」を彷彿とさせる生物でした。ラパザは我々動物と同じく外部から有機物を獲得して生きる従属栄養生物の仲間でありながら、テトラセルミスという緑藻 (=植物) から葉緑体だけを奪って利用することで、光合成のみに依存してあたかも植物のように生きる細胞だったのです。このような一過的な植物化は、「盗葉緑体現象*4」と呼ばれます。ただし、ラパザの盗葉緑体現象では、今までに知られてきた例とは一線を画し、他の生物から「貰った」遺伝子 (水平転移遺伝子) を用いて、他の生物から「奪った」葉緑体 (盗葉緑体) を自分の細胞内で制御しているという、異次元のキメラ融合の証拠が認められました。つまり、植物化の現場を直接検証できる衝撃の研究材料が、ついに見つかったのです。
ラパザが盗葉緑体を獲得する際には、まず、藻類テトラセルミスの細胞を捉えて「貪食*5」します。この時、葉緑体だけがラパザの細胞に保持されるので、テトラセルミスの細胞核とそこに含まれるゲノムDNAも除去されてしまうのですが、これはテトラセルミスの葉緑体を構築し機能させるための遺伝子があらかた失われることを意味するので重大です。しかし、私たちは、ラパザがその後、獲得した盗葉緑体を分割して娘細胞に分配することで増殖していくこと、さらに2週間が経過した段階でも盗葉緑体の光合成能力は損なわれないこと、また、盗葉緑体がもたらす光合成産物をラパザ細胞が利用していることを生化学的に確認しました。細胞内のタンパク質は「動的平衡」にあるとされ、常に新しいものに作り替えられているので、このように盗葉緑体の機能が維持されることは、必要なタンパク質が次々に供給され続けていることを示唆するものでした。
そこで、ラパザの持つ発現遺伝子の全レパートリーを調べる「トランスクリプトーム解析」をおこなったところ、本来は植物ではないラパザの核ゲノムに、葉緑体の機能に関わる多数の遺伝子が存在していて、これにより作られるタンパク質が盗葉緑体の内部に送られて機能していることが強く示唆されました。また、これら葉緑体に関わる遺伝子は、他の生物から「遺伝子水平転移」により獲得されたものであること、その多くは盗葉緑体のドナーであるテトラセルミスとは全く異なる様々な「植物」の仲間からバラバラに獲得されている (ように見える) ことが判明しました*6。
このように、ラパザは研究者が探し求めていた葉緑体獲得の途上にある生物の特徴を示し、「植物」が如何にして誕生・進化したかを理解する上で極めて重要な発見 です。ただし、その盗葉緑体現象は、従来想定されてきた「細胞内共生」のような平和な響きとはほど遠い、一方的な搾取の過程でした。ただし、ラパザの細胞融合現象は、その生活環の中で日常的に繰り返されるダイナミックな現象であり、長い時間をかけて徐々に進化するのプロセスとは似て非なる側面を持つことは注意が必要です。それでもラパザは、葉緑体の獲得進化の過程に直接アプローチできる画期的な研究対象 (材料) だと言えます。
我々は現在、この論文から一歩も二歩も進んで、実験細胞としてのラパザの研究技術を発展させています。今後は、我々が開拓したラパザ細胞が世界中で進化の研究に用いられることが期待されます。
謝辞
なお、本研究はJSPS科研費18H03743 (研究期間:平成30~令和4年度), 21K19240 (研究期間:令和3~5年度) などによって実施されました。
用語解説
- *1
- 光合成の仕組みは、原始におけるシアノバクテリアなど細菌の仲間から誕生したと考えられる。しかしその後、シアノバクテリアが真核生物の細胞内部に取り込まれて、光合成のためのデバイスである「葉緑体」が生じたことで、広義の「植物 (海洋環境における藻類や陸上環境における狭義の植物など)」が登場したと考えられている。
- *2
- 海洋環境における藻類や陸上環境における狭義の植物などを含む、葉緑体を持ち光合成をおこなう真核生物のこと。
- *3
- 本論文の著者でもある山口らによりカナダ西海岸の潮溜りで発見されたラパザは、当初、葉緑体を持つ微細藻類 (単細胞体制の光合成細胞で多くは鞭毛を用いて遊泳する) そのものである (ただし別な藻類を食べる奇異な特徴を持つ) と考えられていた。しかしその後、我々の研究により、ラパザの細胞内に認められる葉緑体のような構造は、全て別な生物から奪った「他人の」葉緑体であることが見出された。
- *4
- 盗葉緑体現象は、近年、海や湖沼など水圏環境では比較的ありふれた現象であることが分かってきているが、今回報告したラパザの盗葉緑体現象における異種細胞間の融合状態は、従来知られてきた例とは一線を画するものであった。
- *5
- 細胞による貪食は、食作用とも呼ばれ、餌など細胞外の物体を細胞の内部に取り入れる、真核生物の細胞に普遍的な仕組みである。我々ヒトでも、白血球細胞の一部 (マクロファージなど) が、病原体を貪食して分解することが知られている。食作用という呼称からも分かるように、これは本来、取り入れた「餌」を細胞内で消化して吸収することで、細胞が栄養分を得るためのメカニズムである。ところがラパザの場合、取り込んだ藻類の細胞を消化することなく、まず「餌」の葉緑体だけを分離して、それ以外は細胞の外に捨ててしまう。
- *6
- 従来知られていた盗葉緑体現象では、葉緑体ドナーの細胞核がともに維持されることで葉緑体を機能させる場合が一般的であり、特にこのような大量の葉緑体遺伝子の水平転移や、ましてやそれらを機能させることで盗葉緑体の制御をおこなっていることが認められた例は皆無であった。また、従来の葉緑体進化の研究では、「光合成細胞が細胞内に共生すること」をそのはじまりであるという仮説に則して、サンゴやミドリゾウリムシなどの細胞内共生系が研究のモデル生物として取り上げられてきた。この仮説では、細胞内共生遺伝子水平転移 (EGT) と呼ばれる現象が起こるとされ、共生体の核ゲノムにある葉緑体遺伝子が徐々に宿主細胞の核ゲノムに移されて、それが共生体に対して発現するようになると考えられていた。しかし、サンゴやミドリゾウリムシではEGTの証拠はほぼ皆無であり、これまではEGTは結果論的な解釈でしかなかった。ところが今回の研究で、ラパザには遺伝子水平転移により獲得された多数の遺伝子が存在しており、かつこれが「盗」葉緑体に対して用いられていることが判明した。
論文情報
- タイトル
- “Euglenozoan kleptoplasty illuminates the early evolution of photoendosymbiosis”
- DOI
- 10.1073/pnas.2220100120
- 著者
- Anna Karnkowska※1, ※2, Naoji Yubuki※1, Moe Maruyama※1, Aika Yamaguchi, Yuichiro Kashiyama※2, Toshinobu Suzaki, Patrick J. Keeling, Vladimir Hampl, B. S. Leander※2
※1の3名は本研究に同等の貢献があった共同筆頭著者 ※2の3名は共同責任著者
- 掲載誌
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, Vol. 120, No. 12, e2220100120.