神戸大学大学院理学研究科の小手川恒准教授らと、東北大学の鈴木通人准教授らを中心とした研究グループは、反強磁性的物質NbMnPが巨大な異常ホール効果注1を示すことを発見しました。今後、関連する機能性材料の開発や反強磁性体注2を用いた磁気デバイスへの発展が期待されます。

この研究成果は、10月11日 (日本時間) に、npj Quantum Materials に掲載されました。

ポイント

  • 強磁性体注2で見られる異常ホール効果が反強磁性的物質NbMnPで生じることを発見
  • 強磁性体・反強磁性体の積層構造で生じる「交換バイアス注3」に類似した現象が単一の磁性体で実現
  • 次世代の磁気メモリなどのデバイスの材料となる可能性

研究の背景

工業的に応用されている磁性体のほとんどが自発的に磁化を持つ強磁性体であり、永久磁石や磁気メモリなどに利用されています。強磁性体が示す代表的な機能性の一つに異常ホール効果が挙げられます。通常、磁場中でローレンツ力により発生するホール効果は、強磁性体では外部の磁場が無くても生じます。この異常ホール効果は、長年、強磁性体自身の磁化によって生じていると考えられてきましたが、近年、磁化を持たない反強磁性体であっても特定の磁気構造であれば異常ホール効果が生じることが分かってきました。そのような性質を示す反強磁性体は次世代の磁気デバイスへの応用が期待されていますが、大きな応答を示す物質の種類は非常に限られていました。

研究の内容

本研究グループは新しい磁性体の開発を進めており、NbMnPという物質が233 K (ケルビン)(-40 ℃) 以下でMn (マンガン) の磁気モーメント注2が単純な反平行ではない非共線 (ノンコリニア) 反強磁性的秩序を示すことを明らかにしていました (図1)。青線で囲まれた単位胞内の4つの磁気モーメントは合計するとほぼ打ち消しあい、物質内部には極めて小さな磁化しか存在しません。しかしながら、この磁気構造は対称性の点では強磁性体と等価であり、異常ホール効果が出現する特殊な磁気構造であることが分かりました。今回、NbMnP試料に電流を流すと、外部磁場が無い状態であっても垂直方向に電圧が発生することが明らかになりました (図2)。また、外部磁場を印加することによってホール抵抗率注4の正負の符号の反転が可能であることも分かりました (図3)。これは外部磁場によって反強磁性秩序の磁気モーメントの向きが反転していることを意味しています。異常ホール効果の大きさを表すホール伝導度は低温で230Ω-1cm-1と見積もられ、同様の効果を示す代表物質であるMn3SnやMn3Geに匹敵する値であることが分かりました。

NbMnPの新たな性質として、磁場中で冷却することによってホール抵抗率の符号反転が生じる磁場を大きく変化させることが出来ることが分かりました (図4)。つまり、ホール抵抗率の符号を決めている反強磁性の磁気モーメントの向きを冷却時の磁場方向によって選択的に安定化させることが出来るます。類似の効果は「交換バイアス」として強磁性体・反強磁性体の積層構造で発生し、磁気メモリの読み取り機構などに応用されています。NbMnPという単一の物質で生じる機構は未解明ですが、この効果は反強磁性磁気構造の制御性に対して新たな発展の可能性を示しています。

図1: NbMnPの反強磁性磁気構造

単位胞内の4つのMnの磁気モーメントは打ち消しあうが、強磁性と等価な対称性を持つため異常ホール効果が出現する。

図2: NbMnPの単結晶を用いた測定配置

電流を流すと垂直方向に電圧が発生する。

図3: ホール抵抗率の磁場変化

外部磁場によって反強磁性構造の向きが反転し、発生する電圧の正負の符号反転が起こる。ゼロ磁場でも大きな効果が生じる。

図4: 磁場中冷却で現れる非対称なホール抵抗率の符号反転

安定な反強磁性構造が冷却時の印加磁場方向によって選択される。

今後の展開

反強磁性体の工業的利用に向けた研究は近年、著しく進展していますが、今回の研究でNbMnPという物質が高い機能性を持つ反強磁性的物質として将来の磁気デバイスへの応用に向けて非常に有望な材料であることが明らかとなりました。特に「交換バイアス」に似た効果は将来の磁気メモリに応用される可能性があります。また、これまで注目されていなかったNbMnPでの本効果の発見は類似の結晶構造に対する新しい磁性体の発見につながることも期待されます。

用語解説

注1 異常ホール効果
金属に電流を流し、さらに電流と垂直に磁場をかけると、磁場と電流それぞれに垂直方向に起電力が生じる。この効果は1879年にエドウィン・ホールによって発見され、ホール効果と呼ばれている。一方、大きな磁化を持つ強磁性体では外部の磁場が無くても同様の起電力が生じることが知られており、これを異常ホール効果と呼ぶ。
注2 反強磁性・強磁性・磁気モーメント
磁性を持つ元素では電子が微小な磁石としての性質を生み、この微小な磁石を磁気モーメントと呼ぶ。磁性体の中では多くの磁気モーメントが整列しているが、同じ向きを向いて整列しているものを強磁性体と呼ぶ。一方、逆向きに整列するなどして磁気モーメントが打ち消すものを反強磁性体と呼ぶ。
注3 交換バイアス
強磁性体で一方向に整列した磁気モーメントは磁場方向を向く方がエネルギー的に安定なため、外部磁場によってその向きを制御できる。一方で反強磁性体は磁場に鈍感で、外部磁場で向きを変えない。強磁性体と反強磁性体を積層させると磁場に鈍感な反強磁性体の影響を受け、強磁性体の制御性を変えることができる。この効果を交換バイアスと呼ぶ。
注4 ホール抵抗率
垂直方向に発生する電圧に対応する電場を電流密度で割った量。ホール効果によって発生する電圧の大きさに対応する。

謝辞

本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金 (課題番号:18H04320, 18H04321, 19H01842, 21H01789, 21H04437, 21K03446, and 23H04871) および池谷科学技術振興財団、ひょうご科学技術協会、村田学術技術振興財団の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル
Large anomalous Hall effect and unusual domain switching in an orthorhombic antiferromagnetic material NbMnP
DOI
10.1038/s41535-023-00587-2
著者
Hisashi Kotegawa
Yoshiki Kuwata
Vu Thi Ngoc Huyen
Yuki Arai
Hideki Tou
Masaaki Matsuda
Keiki Takeda
Hitoshi Sugawara
Michi-To Suzuki
掲載誌
npj Quantum Materials

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研究者