神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授らの研究グループは、AGC株式会社 (以下、AGC) との産学協同研究において、ドライクリーニング溶剤として用いられるパークロロエチレンを原料として、(1) 医薬品やポリマーの原料となるカーボネート化合物と、(2) 溶剤や化学品原料となるクロロホルムの同時ワンポット合成に成功しました。

パークロロエチレンは、不燃性で、溶剤に使うことができるほどに安定な化合物であるため、化学品原料としての利用は難しいと考えられてきました。しかし、同グループオリジナルの「光オン・デマンド有機合成法」を用いて、それを反応活性な化合物に変換し、アルコールと反応させることによって、工業的に重要なカーボネートとクロロホルムを同時に得ることに世界で初めて成功しました。安全・安価・簡単、かつ低環境負荷な化学反応であり、カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に向けて、社会で大量に使用されているパークロロエチレンの新たな活用方法およびアップサイクル方法として、実用化が期待されます。

本研究成果は2020年9月および2022年1月に特許出願し、それぞれ2021年9月と2023年4月の国際出願を経て、2024年1月11日 (日本時間) に、関連の学術論文がThe Journal of Organic Chemistryにweb掲載されました。

図1. パークロロエチレンからカーボネートとクロロホルムの同時ワンポット合成 (左) 化学反応式、(右) 光反応システム (1L容器:数十グラムスケール合成用)

ポイント

  • 光オン・デマンド合成法を有する神戸大学と、パークロロエチレンの製造企業であるAGCによる産学連携の共同研究成果。
  • ドライクリーニング溶剤として用いられているパークロロエチレン [国内:2018年 輸出6300トン, 輸入20トン (化学工業日報社)] を、カーボネートとクロロホルムの同時合成原料として用いる新たな有機合成法。
  • パークロロエチレンに光照射してアルコールと触媒を添加する、もしくはパークロロエチレンとアルコールの混合液に光を照射して触媒を添加すると、カーボネート (~98%収率) とクロロホルム (~70%収率) をワンポット合成できる。
  • 数十グラムスケールで計10種類のカーボネートを合成 (スケールアップ可)。
  • 高価で特殊な装置や薬品が不要であり、紫外光もしくは可視光を使って、安全・安価・簡単・大量に、かつ低環境負荷で、オン・デマンド合成することができる。
  • パークロロエチレンの新たなアップサイクル方法として、カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に大きく貢献する化学品合成法となることが期待される。

研究の背景

パークロロエチレンは主に、ドライクリーニング溶剤 (化学繊維の洗浄) や金属の脱脂溶剤などに用いられています。不燃性で、化学的に高い安定性を持ちますが、紫外光によって光酸化されて、トリクロロアセチルクロリド、ホスゲン、一酸化炭素、および塩素などの複数の物質が発生します (図2)。それらの物質は、毒性や腐食性が極めて高く、環境負荷が高い化合物ですが、有機合成において重要な原料物質です。しかし、これまでにそれらの化合物を有機合成に利用した例はほとんどありませんでした。

津田准教授らの研究グループは、世界に先駆けて、パークロロエチレンの光酸化生成物を用いて複数の有用化学物質の合成に成功し、2012年に特許出願 (特許第5900920号) と論文発表 (doi.org/10.1002/ajoc.201300089) を行いました。ただし、その方法には、(1) 反応効率が低い、(2) 毒性・腐食性の高い光酸化生成物を一時的に取り出して (ホールドして) 目的物の合成に使用しなければならない、という2つの科学的および安全上の課題が残されていました。それらの課題解決を目指して、同研究グループは、AGCとの産学協同研究に取り組み、パークロロエチレンを、安全・安価・簡単・大量に、かつ低環境負荷で、有用化学物質に変換するための有機合成法の共同開発を行ってきました。

図2. パークロロエチレンの光酸化反応

研究の内容

本研究では、光酸化処理を行ったテトラクロロエチレン (TCE) とアルコールを反応させることによって、カーボネート化合物とクロロホルムの同時ワンポット合成に成功しました (図3)。

液体のTCEに酸素ガスを吹き込んで、(1) 低圧水銀ランプから紫外光を照射することによって光酸化TCEを合成し、(2) それにアルコールと触媒 (塩基) を添加することによって、カーボネート化合物とクロロホルムを同時合成することができました。それら2つの化合物は蒸留によって分離することができます。また、酸素ガスに数%の塩素ガスを混合することによって、光源を可視光LEDに替えて合成することにも成功しました。一方、TCEと混じり合わない (二相溶液を形成する) エチレングリコール誘導体 (不凍液などに使用される化合物) は、(1) TCEとの混合溶液に直接光を照射して、(2) 触媒 (塩基) を添加することによって、環状カーボネート化合物とクロロホルムを同時に生成しました。

図3. パークロロエチレンを原料とするカーボネートの光オン・デマンド ワンポット合成

本反応を用いれば、危険なトリクロロアセチルクロリドを直接取り扱うことなく、温和な反応条件で様々なアルキルカーボネートとクロロホルムをin situでワンポット合成することができます。安全性、コスト、環境負荷の低減という点で優れた化学反応です。

[反応機構] TCEの光酸化によって、トリクロロアセチルクロリドが生成し、これが同じ系内 (in situ) でアルコールと反応して、トリクロロ酢酸エステルを生成します。続いて、それとアルコールが塩基触媒による縮合反応を引き起こして、クロロホルムを脱離して、カーボネートを生成すると考えられます。

今後の展開

光オン・デマンド有機合成法を用いて、TCEから、安全・安価・簡単に、かつ低環境負荷で、カーボネート化合物とクロロホルムをワンポット同時合成できるようになりました。生成したカーボネートは医薬品原薬や中間体およびポリマーなどの化学品合成に利用され、一方、クロロホルムは溶媒もしくは化学品原料として利用することができます。加えて、クロロホルムは、当グループが開発した光オン・デマンドホスゲン化反応の原料にもなります。現在、この光反応のさらなる発展を目指して、フロー反応システムを使って、連続有機合成法の開発にも取り組んでいます。持続可能な社会の実現に向けて、社会で大量に使用されているパークロロエチレンの新たな活用方法およびアップサイクル方法として、将来の社会利用が期待されます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」 (企業名:AGC株式会社, プロジェクト代表:岡添隆,研究代表:津田明彦) による支援を受けて実施しました。

特許情報

[1] 発明の名称:カーボネート化合物の製造方法
特許出願:特願2022-9484 [出願日2022年1月25日]
国際特許出願:PCT/JP2023/15159 [出願日2023年4月14日]
公開:特開2023-108386 [公開日2023年8月4日]
発明者:津田 明彦, 岡添 隆, 竹内 優
出願人:神戸大学,AGC株式会社

[2] 発明の名称:カーボネート化合物の製造方法
特許出願:特願2020-160804 [出願日2020年9月25日]
国際特許出願:PCT/JP2021/33699 [出願日2021年9月14日]
公開:WO 2022/065133 A1 [公開日2022年3月31日]
発明者:津田 明彦, 岡添 隆
出願人:神戸大学,AGC株式会社

論文情報

タイトル

Photo-on-Demand In Situ One-Pot Synthesis of Carbonate Esters from Tetrachloroethylene

DOI

10.1021/acs.joc.3c02588

著者

東村一慧 (Ikkei Higashimura),1 舍乐木格 (Muge Shele),1 赤松寿樹 (Toshiki Akamatsu),1 大村亮太(Ryota Ohmura),1 梁凤英 (Fengying Liang),1 岡添隆 (Takashi Okazoe),2津田明彦 (Akihiko Tsuda)*,1

*Corresponding author

  1. 神戸大学大学院理学研究科
  2. AGC株式会社

掲載誌

The Journal of Organic Chemistry

研究者

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