神戸大学大学院保健学研究科の前重伯壮准教授、博士後期課程大学院生の山口亜斗夢氏らの研究グループは、米国ハーバード大学、中国上海科学技術大学・南京医科大学との国際共同研究により、人体最大の分泌器官である骨格筋に超音波を照射することで抗炎症作用を有する細胞外小胞と呼ばれる粒子の分泌が増加し、免疫細胞の病的な炎症反応を抑制できることを発見しました。さらに、筋細胞由来細胞外小胞には筋特有の抗炎症性遺伝子成分が含まれていることを発見し、通常は運動を行うための器官と認識される骨格筋を体の有害な炎症を抑える分泌器官として活用する可能性が示されました。今後、骨格筋を人体最大の分泌器官として捉えて物理療法によりその分泌能を活性化する、新たな免疫管理法の開発が期待されます。

この研究成果は2023年12月6日に、eLifeに掲載されました。

ポイント

  • 骨格筋細胞に超音波を照射することで、細胞外小胞と呼ばれる抗炎症性の粒子の分泌が促進され、免疫制御効果を発揮することが明らかになった。
  • 骨格筋から分泌される細胞外小胞には筋固有の遺伝子が含まれており、超音波はそれらの遺伝子を維持したまま細胞外小胞の放出量を増加させることが明らかになった。
  • 人体最大の分泌器官である骨格筋を刺激することによる新たな免疫制御法の可能性を示す研究成果となった。

研究の背景

マクロファージ※1は自然免疫系において重要な役割を果たしており、外敵に対する生体防御の最前線を担っています。一方で、マクロファージの過剰な炎症反応は、体のさまざまな臓器を損傷して老化させるため、適切に制御される必要があります。

骨格筋は通常、体を動かすための運動器官として認識されている一方、人体最大の分泌器官として、さまざまな因子を血中に分泌することで身体全体の健康の維持に貢献していることも知られています。さらに、骨格筋は皮膚の下に広く分布しているため、外から簡単に刺激を与えられる分泌器官です。よって、骨格筋刺激による抗炎症因子の分泌促進は、全身的な炎症を制御する実用的な手段となる可能性を秘めています。

本研究チームは、以前に骨格筋由来細胞外小胞※2がマクロファージの炎症反応を抑制すること (Yamaguchi, Maeshige et al., Frontiers in Immunology, 2023) や、骨格筋細胞への高強度超音波照射が細胞外小胞の放出量を2倍以上に増大させること (Maeshige et al., Ultrasonics, 2021) を発見しました。そこで本研究では、これらの成果に基づき、パルス超音波刺激による骨格筋細胞外小胞の放出促進およびそれによる抗炎症作用について検証しました。

研究の内容

本研究により、超音波照射が強度依存的に骨格筋由来細胞外小胞の放出を促進することが明らかになりました (図1A)。また、抽出された細胞外小胞のサイズ測定により、エクソソーム※3と呼ばれる細胞外小胞が多数を占めることが分かりました (図1B)。

図1. 超音波は強度依存的に培養骨格筋からの細胞外小胞放出を促進する A:各照射強度における培養筋管からの細胞外小胞放出量
B:各条件における細胞外小胞のサイズ分布

本研究グループはさらに、超音波が骨格筋からの細胞外小胞放出を促進するメカニズムについて検証しました。結果として、細胞外小胞放出促進因子であるカルシウムイオンの細胞内への流入が超音波の照射後に増大していることを発見し (図2A)、カルシウムイオンの枯渇によって超音波による細胞外小胞放出促進効果が打ち消されることを確認しました (図2B〜E)。よって、カルシウムイオンの流入が超音波による細胞外小胞の放出促進を仲介していることが示唆されました。

図2. カルシウムイオンの流入が超音波による細胞外小胞放出促進を仲介する A:各照射強度における筋細胞内カルシウムイオン濃度
B:カルシウム枯渇培地の使用により超音波 (US) による細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が消失した (Control: 対照群, US: 3.0 W/cm2超音波照射群, Ca(-): カルシウム枯渇群, USCa(-): カルシウム枯渇+超音波照射群)
C:カルシウム枯渇培地の使用により超音波の細胞外小胞放出促進効果が消失した
D:各条件における細胞外小胞のサイズ分布
E:カルシウム枯渇培地は細胞生存率に影響しない

さらに、超音波誘発性の細胞外小胞の免疫制御効果を検証するため、マクロファージの過剰炎症反応に対する効果を検証したところ、超音波誘発性の骨格筋由来培養上清※4がマクロファージの炎症反応を有意に抑制することが明らかになりました。また、細胞外小胞を除去した骨格筋由来培養上清を添加したところ本効果が消失したため、骨格筋培養上清に含まれる細胞外小胞がマクロファージに対する抗炎症効果を発揮することが示唆されました (図3)。

図3. 超音波 (US) 処理した筋細胞由来細胞外小胞 (EV) のマクロファージに対する抗炎症効果 (リポポリサッカライド (LPS) 誘発性炎症性因子の測定結果) LPS:炎症を惹起したマクロファージ, CM:骨格筋培養上清を添加, US-CM:超音波を照射した骨格筋培養上清を添加, EV-depleted CM:骨格筋培養上清から細胞外小胞を除去して添加, USEV-depleted CM:超音波を照射した骨格筋培養上清から細胞外小胞を除去して添加

続いて、超音波刺激時/非刺激時の骨格筋由来細胞外小胞についてmiRNA※5の網羅的解析を行ったところ、計524種のmiRNAが同定され、中には非刺激時のみに発現しているものや、超音波照射時にのみ発現しているものも認められましたが (図4A)、miRNA量ベースでは非刺激時と超音波照射時で変化のないmiRNAが総量の99.99%を占め (図4B・D)、超音波刺激は細胞外小胞の内容物を維持しつつ骨格筋からのその分泌量を増大させることが示唆されました。また、超音波の照射により発現が変動した遺伝子もいくつか同定されており (図4C)、増加したものの中には抗炎症性を有するmiR-193a等も含まれていることが明らかとなりました。

図4. 超音波刺激/非刺激時の骨格筋由来細胞外小胞miRNAプロファイル A:超音波刺激時/非刺激時の細胞外小胞内miRNA同定数
B:超音波刺激時/非刺激時のmiRNA共通性
C:発現変動遺伝子のボルケーノプロット
D:各群における発現量の多い上位10のmiRNAとその総miRNA量に対する割合

今後の展開

本研究により、骨格筋を外部から刺激することによる骨格筋由来細胞外小胞放出促進を介した全身的な炎症制御法開発の基盤となるデータが得られました。本成果に基づき、通常は体を動かすための運動器官とされる骨格筋を「人体最大の分泌器官」として捉え、物理刺激を利用してその分泌能を最大限活用する、物理療法による代謝の促進と骨格筋の内分泌に焦点を当てた新たな免疫管理法の開発が期待されます。

用語解説

※1 マクロファージ

自然免疫細胞の一種であり、炎症反応を調節することで外敵の排除や組織の修復に貢献する。

※2 細胞外小胞

ほぼすべての生細胞から分泌される脂質二重膜構造をもつ小胞を細胞外小胞と呼び、RNAやタンパク質などの様々な物質を輸送する媒体として機能することで、細胞間コミュニケーションの役割を担っている。

※3 エクソソーム

細胞外小胞の一種であり、特に50nm〜150nmの径を有するものを指す。

※4 培養上清

細胞を培養した際に得られる上澄み溶液。細胞外小胞を含む細胞由来の様々な因子が含まれる。

※5 miRNA

遺伝子の発現を調節する効果をもつRNAの一種。

謝辞

本研究は下記の助成を受けて実施しました。

JSPS科研費 (17H04747, 21H03852)

論文情報

タイトル

Pulsed ultrasound promotes secretion of anti-inflammatory extracellular vesicles from skeletal myotubes via elevation of intracellular calcium level

DOI

10.7554/eLife.89512

著者

Atomu Yamaguchi, Noriaki Maeshige, Hikari Noguchi, Jiawei Yan, Xiaoqi Ma, Mikiko Uemura, Dongming Su, Hiroyo Kondo, Kristopher Sarosiek, Hidemi Fujino

掲載誌

eLife

研究者

SDGs

  • SDGs3