公園をめぐる「ジェントリフィケーション」

原口剛 准教授

2021年の東京オリンピック、2023年のG7広島サミット、そして2025年に迫る大阪・関西万博。国際的なメガイベントをきっかけに都市は生まれ変わる。駅前や公園や道路が再整備され、ホテルやショッピングビルができ、街を見下ろすタワーマンションが建つ。整然とした空間は消費を喚起し、にぎわいを生む。

だが、そこには何かが見落とされているのではないか。排除され、隠されているものがあるはずだ──。神戸大学文学部の原口剛准教授は問う。

「世界のどんな都市も、周辺部には貧しい人びとやマイノリティのコミュニティが必ずあります。彼らが長らく住んでいた場所で開発プロジェクトが動き出すと、次第に裕福な人たちの街へと塗り替えられていく。そのプロセスのことを『ジェントリフィケーション (gentrification)』と言います。一番の問題は、立ち退き・排除。もともと住んでいた人が直接あるいは間接的に都市から締め出されることです」

一般的に「都市の富裕化/高級化」、時には「浄化政策/社会浄化」とも訳されるジェントリフィケーション。1960年代にイギリスの社会学者が唱えた造語だが、原口准教授は日雇い労働者が集まる大阪・釜ヶ崎でのフィールドワークや、大阪市内の各公園にあったテント村で野宿者支援に携わった2000年代に、その実態を目の当たりにしたという。

一例が、釜ヶ崎に近い天王寺公園をめぐる動きだ。明治時代の1903年に「内国勧業博覧会」の会場として整備されたこの公園は、1987年に再び「天王寺博覧会」が開かれたのを機にフェンスで囲う改修工事が行われ、1990年以降はほぼ全域が有料施設となった。

「テント生活の野宿者や労働者を締め出したわけです。園内の各所にあった『青空カラオケ』は、公園前の狭い通路に屋台を連ねて営業を続けましたが、2003年に大阪市が強制撤去します。他の公園でもイベントを理由にテント村が次々と撤去されていった。人間の暮らす場所がゴミ扱いされ、一方的に排除されるのを見て、いったい何が起きているのか考えさせられた。そこからジェントリフィケーションの研究を本格的に始めたんです」

背景には、数十年にわたる社会や価値観の変化がある。バブル経済の崩壊と大阪の景気低迷、日雇い仕事の減少、労働運動の衰退、自己責任論の強まり、新自由主義改革……。2010年代以降は、公園を「稼ぐ/消費する場所」にする動きが強まっている。

「天王寺公園には、2015年に『てんしば』という民間不動産会社が運営する商業施設ができました。以前のような壁は確かになくなりました。しかし、お金のない人はますます近寄りにくくなった。強制撤去よりも、地域の高級化や消費空間化、家賃上昇など間接的な方法で人を排除していくのが、ジェントリフィケーションの本質なんです」

人文主義地理学の視点で見るSDGs

原口准教授の専門は地理学だが、その研究対象や語る内容は地図や空間だけではなく、人間や社会への視点が色濃くにじむ。「地理学に人間を取り戻す」という合言葉のもと、1960~70年代に起こった人文主義地理学の考え方がベースにあるという。

「人文主義地理学では、人びとの内面を含めた世界を探求します。同じ場所や建築物であっても、立場によって見え方や思いは異なる。たとえば何かの記念碑をある人は誇りに思うけど、ある人は屈辱的に思うこともあるでしょう。

もう一つ重要なのは都市の社会的公正、社会正義の追求です。なぜ貧しい人たちはゲットーやインナーシティに押し込められるのか。貧民街と高級住宅地は自然と分かれるわけではなく、権力や資本主義がつくり出す。どうすればそれを変革できるか、と」

自身が大学生・大学院生だった1990年代は、地理学刷新の動きが起きていた。他分野のさまざまな学問領域と結びついてどんどん視野が広がり、新たな地理学が生まれてきた。現象学的地理学、マルクス主義地理学、フェミニズム地理学……。そうした熱気に刺激を受けて、大阪の釜ヶ崎を研究対象としたのだった。

「釜ヶ崎という空間がいかに形成され変化してきたか、対抗的な動きも含めて、歴史を動的に描きたいと思って調査に入ったわけですが、どこまでが研究でどこからが支援か、はっきり分けられない。現場にいると目の前でテント村が撤去されたり、いろんなことが起こるので、無関係ではいられなかったですね」

当時をそう振り返るように、常に貧しい人や排除される側に立って社会を見てきた原口准教授にとって、現在の世界的な潮流であるSDGsはどう映っているか。聞けば、二つの問いが返ってきた。

まず、「誰にとっての持続可能性か」ということ。大企業や資本家など一握りの富裕層のためなら、他の大多数、とりわけ貧しい人びとの排除や抑圧に結びつきかねない。もう一つは「なぜ持続不可能な事態に陥ってしまったのか」だ。それが問われることはほとんどないまま、SDGsは大阪・関西万博のテーマにも組み込まれている。

表面的な言葉や現象にとらわれず、覆い隠されているものを探し、本質を問う。都市と公園の変化を見つめてきた「社会地理学」研究者の視点である。

原口剛准教授 略歴

2000年3月東京大学文学部卒
2007年3月大阪市立大学大学院文学研究科博士課程修了・博士 (文学)
2008年4月日本学術振興会特別研究員 (PD・神戸大学)
2012年10月神戸大学大学院人文学研究科准教授

研究者

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