神戸大学大学院医学研究科の久保亮治教授、国立成育医療研究センター周産期病態研究部の中林一彦室長、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室の齋藤苑子助教/天谷雅行教授らの研究グループは、汗孔角化症の発症メカニズムの解析を通じて、汗孔角化症の新しい原因遺伝子FDFT1を発見するとともに、エピゲノム異常という、遺伝子のDNA配列の変化ではなく、遺伝子の働きのスイッチがオフになる変化が皮膚病の原因となることを初めて発見しました。この発見は、まだ原因が分かっていないさまざまな疾患の原因究明に役立つことが期待されます。研究グループが発見した新しい原因による汗孔角化症は、他の汗孔角化症とは異なり子どもに遺伝しないため、その診断は多くの患者さんの安心につながると期待されます。さらにこのタイプの汗孔角化症にスタチンの外用が効果的であることが分かり、汗孔角化症の新しい治療法開発への道が拓かれました。
この研究成果は、4月23日に、米国人類遺伝学会の学術誌『The American Journal of Human Genetics』に掲載されました。
ポイント
- エピゲノム異常という、遺伝子の働きのスイッチがオフになる変化が原因で起こる皮膚病(FDFT1遺伝子のエピゲノム異常による汗孔角化症)を発見した。これは遺伝子特異的なエピゲノム異常が原因で起こることが分かった初めての皮膚病である。
- 汗孔角化症に遺伝性のものと非遺伝性のものがあることが初めて明らかとなった。今回発見されたエピゲノム異常による汗孔角化症は子どもに遺伝しないと考えられるため、今後、遺伝学的診断にもとづいて、汗孔角化症が子どもに遺伝する心配があるかどうかを診断できるようになる。
- 遺伝学的診断にもとづいた、スタチン軟膏の外用による汗孔角化症治療への第一歩が踏み出された。
研究の背景
汗孔角化症(porokeratosis)は、円形や環状の形をした赤色〜褐色の皮疹が生じる皮膚病です。一度できた皮疹は治ることがなく、徐々に数が増え、ひとつひとつの皮疹が大きくなっていきます。特に皮疹ができた初期に強い痒みを伴います。中年以降に全身に多発するタイプ、子どもの時から身体の一部に線状に現れるタイプ、大きな皮疹が1つまたは数個現れるタイプ、などが知られています。
研究グループは2019年に、汗孔角化症の皮疹を作っている細胞では、原因遺伝子のいずれかに「ツーヒット」が起こっていることを発見しました。私たちは遺伝子を2セット持っています。1つは父親から、もう1つは母親から受け継ぎます。汗孔角化症の患者さんは、原因遺伝子の1つが生まれつき欠失していますが、もう1つの遺伝子が働いているため、それだけでは何も起こりません。しかし、紫外線による遺伝子の変化などによりもう1つの遺伝子も欠失してしまったツーヒット細胞が生まれると、その細胞が汗孔角化症の皮疹を作るのです(図1左)。
この発見の発表を読んで、50人以上の患者さんが慶應義塾大学病院と神戸大学病院の皮膚科を受診し、遺伝学的診断を受けました。その中から、汗孔角化症の原因として知られている4つの遺伝子のいずれにも異常がない患者さんが8人見つかり、その全員がこれまでに知られている汗孔角化症に比べて皮疹全体の紅みが強いという特徴的な症状を示していました(図2)。そこで研究グループは、汗孔角化症にはまだ発見されていない原因があると確信し、新しい原因を探し始めました。
研究の内容
研究グループはまず、大豆ぐらいの大きさの紅い皮疹が全身に多発している汗孔角化症について調べました。2万数千個ある全ての遺伝子を調べたところ、FDFT1という遺伝子において、2セットある遺伝子の片方に先天性の変化が見つかりました。次に患者さんの皮疹の細胞を調べたところ、FDFT1遺伝子のもう片方に後天性の変化が起こって、FDFT1遺伝子が両方とも働かなくなっていました。すなわち、これまでに知られている汗孔角化症と同じように、ツーヒット細胞が皮疹を作っていました。研究グループは、汗孔角化症の新しい原因遺伝子FDFT1を発見したのです。
ところが、幼少期から身体の一部に線状に皮疹があるタイプや、1~数個の大きな皮疹があるタイプでは、FDFT1遺伝子に後天性の変化が1つ見つかるのですが、生まれつきの変化はどれほど調べても見つかりませんでした。つまり、ツーヒットの2つ目の変化は見つかるのですが、存在するはずの1つ目の変化が見つからないのです。これらの解析結果から、「ツーヒットの1つ目の変化は、FDFT1遺伝子のゲノム配列の変化ではなく、エピゲノム異常なのではないだろうか?」という仮説に至りました。
エピゲノム異常とは、遺伝子の暗号自体には変化がないのに、遺伝子が働かなくなってしまう現象です。遺伝子にメチル化という「しるし」が付けられ、その「しるし」の付いている遺伝子からはタンパクが作られなくなってしまうのです。つまり、エピゲノム異常では遺伝子の働きのスイッチがオフになるという変化が起きます。研究グループがこれらの患者さんの皮疹を作っている細胞のエピゲノムを解析すると、まさに予想どおりのことが起こっていました。患者さんの皮膚の一部の細胞が、FDFT1遺伝子の1つに胎生期に起こったエピゲノム異常を持っていて、その細胞にツーヒットが起こって汗孔角化症の皮疹が生じていたのです(図1中)。このタイプの汗孔角化症では、エピゲノム異常がツーヒットの1つ目の変化だったのです。さらに、ツーヒットの2つともがエピゲノム異常の場合は、幼少期から身体の一部に線状に皮疹があるタイプになることも分かりました(図1右)。
今回の発見をまとめると、次のようになります。
汗孔角化症を発症するためには、いずれかの原因遺伝子において、2つある遺伝子が2つとも欠失したツーヒット細胞が生じる必要があります。1つ目の欠失は、親から受け継いだ遺伝子の変化、または胎生期に生じたエピゲノム異常です。エピゲノム異常が原因の汗孔角化症患者さんの皮膚は、エピゲノム異常を持つ細胞と正常な細胞とが混ざり合ったモザイクの状態になっていますが、それだけでは見た目には何の症状もありません。次に、遺伝子のもう片方が欠失して、原因となる遺伝子を2つとも欠失したツーヒット細胞が皮膚に生まれると、その細胞が増殖して拡がって汗孔角化症の皮疹を作ります。これまでに知られていた原因遺伝子も、新しく見つかったFDFT1遺伝子も、細胞がコレステロールを合成するための反応を司る酵素をコードしています。ツーヒット細胞は自分自身ではコレステロールを合成することができないだけでなく、コレステロール合成反応が途中で止まることにより、何らかの異常な代謝産物が細胞に蓄積してしまって症状を引き起こすと考えられます。
これらの発見から様々な興味深いことが分かりました。第1に、スタチン軟膏の外用による治療が、FDFT1の欠失による汗孔角化症の紅みや痒みの症状に効果的でした(図2)。これはスタチンがコレステロール合成経路の上流を遮断することにより、上記の異常な代謝産物の蓄積が抑えられて効果を発揮したと考えられました。第2に、汗孔角化症の原因がFDFT1のエピゲノム異常かそれ以外かを調べることによって、汗孔角化症になる体質が遺伝するリスクがあるかどうかを診断することができます。遺伝性の疾患と考えられていた汗孔角化症の中に、遺伝するものと遺伝しないものがあることが分かったことは、遺伝カウンセリングのために重要な発見です。
今後の展開
胎生期に生じたエピゲノム異常によって起こる皮膚病を初めて発見しました。同じ仕組みで起こる病気としては他に、大腸がんを引き起こすリンチ症候群が知られている程度です。まだ原因が分かっていない疾患の中に、エピゲノム異常が原因の疾患が隠されている可能性があります。本発見に引き続いて、エピゲノム異常による遺伝子のスイッチオフが原因となる疾患が他にも見つかることが期待されます。
謝辞
本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(JP20K08695, JP20H03704, JP23H02931); 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業(JP22ek0109489, JP23ek0109672, JP23ek0109549)、BINDS(JP20am0101102)、AMED-PRIME早期ライフ (JP21gm6310026);武田科学振興財団; 上原記念生命科学財団; ひょうご科学技術協会、JST SPRING(JPMJSP2123)からの補助を受けて行われました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.ajhg.2024.03.017
著者
Sonoko Saito, Yuki Saito, Showbu Sato, Satomi Aoki, Harumi Fujita, Yoshihiro Ito, Noriko Ono, Takeru Funakoshi, Tomoko Kawai, Hisato Suzuki, Takashi Sasaki, Tomoyo Tanaka, Masukazu Inoie, Kenichiro Hata, Keisuke Kataoka, Kenjiro Kosaki, Masayuki Amagai, Kazuhiko Nakabayashi, and Akiharu Kubo
掲載誌
The American Journal of Human Genetics
共同研究グループ
- 神戸大学大学院医学研究科 内科系講座皮膚科学分野
久保 亮治 教授(兼任:慶應義塾大学医学部 皮膚科学教室 非常勤講師)
- 慶應義塾大学医学部 皮膚科学教室
齋藤 苑子 助教、佐藤 尚武、青木 里美 研究員、藤田 春美 特任助教(研究当時)、
伊東 可寛 専任講師、小野 紀子 助教、舩越 建 准教授、天谷 雅行 教授
- 国立成育医療研究センター 周産期病態研究部
中林 一彦 室長、河合 智子 室長、秦 健一郎 シニアフェロー
- 慶應義塾大学医学部 内科学(消化器)教室
斎藤 優樹 共同研究員
- 慶應義塾大学医学部 臨床遺伝学センター
鈴木 寿人 特任准教授、小崎 健次郎 教授
- 慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センター
佐々木 貴史 専任講師
- 慶應義塾大学医学部 内科学(血液)教室
片岡 圭亮 教授
- 株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)
田中 朋代 研究開発部マネージャー、井家 益和 執行役員