神戸大学大学院保健学研究科の亀岡正典教授、インドネシア・アイルランガ大学医学部のSiti Qamariyah Khairunisa博士、Nasronudin教授らの国際共同研究グループは、インドネシア各地で流行するHIV-1 CRF01_AE組換え型流行株(HIV-1AE亜種)※1 について分子系統解析※2 を行い、HIV-1AE亜種がインドネシアに侵入した時期や経路の推定に成功しました。HIVウイルスは世界の地域ごとに流行株が異なるため、どのように感染が拡大したのか、その伝播推移を明らかにすることは、流行状況をより正確に追跡するだけでなく、ウイルスの変異種に対する治療法を検討するために重要です。本研究成果によって、インドネシアおよび近隣アジア諸国でのウイルスの広がり方や世界的な流行経路の一端が解明され、HIVの感染拡大を阻止するための重要な知見となりました。
この研究成果は、5月10日18時(日本時間)に、国際学術雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
ポイント
- インドネシアには5つのHIV-1 CRF01_AE組換え型流行株 (HIV-1AE亜種)の系統群※3が存在することを明らかにした。
- インドネシアで流行するHIV-1AE亜種は、タイを初めとする近隣アジア諸国から1980年代初頭に国内に侵入したこと、また、インドネシアから近隣アジア諸国や中東、ヨーロッパ諸国に伝播していることが推測される。
研究の背景
世界第4位の人口を持つインドネシアは、東南アジアで最もエイズウイルスHIVが流行している国の1つです。エイズは先進国では制御可能な慢性ウイルス疾患となりましたが、開発途上国では利用できる抗ウイルス薬剤に限りがあり、インドネシアにおいて抗HIV薬を利用できるのは感染者の3分の1のみです。HIV感染は現在も拡大しており、公衆衛生上大きな問題と捉えられています。
HIV感染症/エイズの主な原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は、世界中の地域ごとに流行するウイルス株が異なります。その遺伝子変異の起こりやすさから、非常に多様なウイルス集団より構成され、ウイルスの多様性は日々高まっています。HIV-1の起源はアフリカのコンゴ民主共和国とされますが、HIV-1AE亜種はタイで最初に見つかったHIV-1組換え型流行株です。HIV-1AE亜種は、現在もタイ、フィリピン、シンガポール、ベトナムなどの東南アジア諸国と、日本、中国(香港、台湾を含む)、韓国などの東アジア諸国、さらに、北米、ヨーロッパ、中央および西アフリカ、アジア、オーストラリアでも見つかることが報告され、世界的なHIV-1流行の一部を担っています。インドネシアで流行しているのもこのHIV-1AE亜種ですが、その起源や国内への侵入経路、ウイルスがどのように進化してきたかなどについては不明でした。
研究の内容
そこで、研究グループは、インドネシア各地・各島の医療機関において採取したHIV感染者の血液からウイルスゲノム遺伝子情報を解読し、その分子系統解析を実施することで、ウイルスの拡大経路を明らかにしようと考えました。研究は、アイルランガ大学熱帯病研究所による支援の下、同研究所内に設立された神戸大学 新興・再興感染症国際研究共同拠点(神戸大学インドネシア拠点)で行いました。
研究グループはまず、スラウェシ島、パプア島、ジャワ島、カリマンタン島、バリ島など様々な島の医療機関においてHIV感染者の血液から20株のHIV-1AE亜種を得て、ウイルスのゲノム遺伝子情報を解読したところ、ほぼ全長の遺伝子配列を特定できました。また、これらと近似のウイルス遺伝子をデータベースから検索して、種々の系統樹解析を行いました。その結果、インドネシアには、5つのHIV-1AE亜種系統群が存在することが明らかになりました(図1)。
また、これら5つの系統群についてさらに詳細な分子系統解析を行ったところ、HIV-1AE亜種が1980年代初頭に主にタイからインドネシアに侵入したこと、また、中国、ベトナム、ラオスなどのアジア諸国での大規模な流行を通じてインドネシア国内に侵入したHIV-1AE亜種がインドネシア国内のウイルス多様性を高めたこと、さらに、ベトナム、ラオス、中国、イラン、スウェーデン、スロベニアなどの国に広がったことも推定されました(図2)。この結果は、インドネシアは東南アジアでHIV-1感染率が高い国として、他のアジア諸国へのHIV感染拡大に関与している可能性があることを示唆しています。
今後の展開
今後、インドネシアで流行している他のHIV-1亜種についても分子系統解析を行い、その起源や伝播推移を明らかにする予定です。一連の解析により、インドネシアや日本を含むアジア諸国、世界規模でのHIV-1の流行推移や伝播様式の一端を解明することで、HIV感染の拡大を阻止するための情報を蓄積させます。また、今後も、アイルランガ大学の研究グループと抗HIV薬剤を用いた多剤併用療法の治療効果や薬剤耐性ウイルスの出現頻度などに関する国際共同研究を実施していきます。
用語解説
※1 HIV-1亜種
エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)は遺伝子変異を起こしやすいウイルスで、まず1型(HIV-1)と2型(HIV-2)に分類される。HIV-1はさらに4つのグループ(M, N, OおよびP)に分類される。このうち、世界中に蔓延するHIV-1グループM (major)はさらに多数の亜種(9種類のサブタイプや、サブタイプ間で組換えを起こして生じた約150種類の組換型流行株)に分類される。これらのHIV-1亜種は地球上で流行する地域が異なるが、欧米諸国やオーストラリア、日本を含む一部のアジア諸国にはサブタイプB亜種が、東南アジア諸国には組換型流行株であるCRF01_AE亜種が、アフリカや南アジアにはサブタイプC亜種が主な流行株として存在する。
※2 分子系統解析
生物やウイルスの遺伝子塩基配列を用いて、生物やウイルス、その遺伝子が進化してきた道筋(系統)を推定して理解するための解析。
※3 系統群
共通の祖先から進化した生物群。
謝辞
この研究は、文部科学省による新興・再興感染症研究拠点形成プログラムにより2008年に設立され、現在も文部科学省および日本医療研究開発機構による感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)により運営されている、神戸大学インドネシア国際共同研究拠点の研究施設を一部使用して実施しました。また、インドネシア研究技術高等教育省(RISTEKDIKTI)のCOEプログラムの部分的サポートおよびアイルランガ大学熱帯病研究所の研究費助成(研究課題番号:571/UN3.15/PT/2021)を得て実施しました。
論文情報
タイトル
“Spatial–temporal transmission dynamics of HIV-1 CRF01_AE in Indonesia”
DOI
10.1038/s41598-024-59820-y
著者
Siti Qamariyah Khairunisa, Dwi Wahyu Indriati, Ni Luh Ayu Megasari, Shuhei Ueda, Tomohiro Kotaki, Muhamad Fahmi, Masahiro Ito, Brian Eka Rachman, Afif Nurul Hidayati, Nasronudin, Masanori Kameoka
掲載誌
Scientific Reports