「関西3空港懇談会」(座長:松本正義・関西経済連合会会長) が、2022年9月、2030年をめどに神戸空港に国際線定期便の就航を認めることで合意した。25年の大阪・関西万博開催時には不定期の国際線チャーター便の運航も認めるという。新型コロナウイルス感染症の流行前には多くの訪日外国人客を迎えていたが、航空需要動向には不透明感もある。なぜ神戸空港に国際線が必要なのか、関西国際空港、大阪空港 (伊丹)、神戸空港の3空港の役割分担はどうなるのか、航空政策に詳しい海事科学研究科の竹林幹雄教授に聞いた。
域内に複数の国際空港が必要
関西空港に近い大阪・泉州地域の自治体には、神戸空港の国際線就航に反対の意見が強いと報道されていました。
竹林教授:
そういう気持ちはわかりますが、関西のように大きな航空需要がある地域に、国際線が関西空港だけというのは、リスク管理上、問題があると思います。オール関西、ひいては西日本全体の経済を考えて、国際空港が関西空港だけで本当に良いのか考える必要があります。
国土交通省が策定した「国土のグランドデザイン2050」では、いずれリニア中央新幹線が大阪まで開通し、首都、中部、関西の3大都市圏が大きな一つの経済圏になると構想しています。そういう版図を実現しようという時、関西の国際空港が関西空港だけで実現できるのか、中長期的な視点で考える必要があるでしょう。リスク分散の視点からも、複数空港が国際線を分担するのが合理的でしょう。
10~20年後の経済・社会がどのようになっているか予測することは難しいですが、日本の玄関口(ゲートウェー)になりうる空港は国外にもあることにも留意するべきです。韓国の仁川空港、台湾の桃園空港、香港空港などです。日本のゲートウェー空港は国内に持つべきであって、首都圏は羽田、成田の2空港体制、関西もリスク分散の考えから、2つ以上の国際空港を持つことが望ましいと思います。
平時から災害に備えを
災害時などの補完機能が重要ということですね。
竹林教授:
そもそも今回の国際化の話の発端は2018年の「関空水没事件」にあったと理解しています。水没というと関空会社の人は嫌がるでしょうが、まさに滑走路や空港施設が冠水し、関空は機能不全に陥りました。旅客輸送は数日で何とか復旧しましたが、貨物輸送は長期間ストップしました。地理的に離れた成田空港や中部空港に貨物が大量に集まり、混乱しました。旅客便のダイバート(気象条件等のために当初の目的地以外の空港に着陸すること)などを考えると(できるだけ)同一地域内で航空需要を適切に分担できるようにしておかないと、安定した国際輸送はできない、と認識されることが多いと思います。特に日本は災害の多い国なので、リスクを考えて空港を整備することが必要です。その意味で、神戸空港が国際線機能を持つのは、合理的だと考えられます。
普段からリスクに備えた態勢を整えておくという考え方ですか。
竹林教授:
航空サービスもその一つである貿易機能は、災害時などに暫定的に別のルートに移すことが出来るようなものではありません。入管や検疫、通関などの施設を一朝一夕に整えることは不可能ですし、スタッフも配置しなければなりません。リスク管理の考え方が、災害時の非常食なども普段から利用するなど、非常時のシステムと日常のそれと共存させるというように変わってきています。国際空港も平時から補完(可能な)空港を用意しておくべきでしょう。
伊丹空港は騒音問題によるカーフュー(curfew、離発着制限時間)が厳しく、関西空港の代替にすることは難しいように思われます。航空会社も発着地の時差などを踏まえて、旅客を集めやすい時間帯にフライトスケジュールを組むことを求めますから、路線設定の自由度の高い空港を選びます。神戸空港は海上空港であり、伊丹より柔軟に対応できる可能性があると思います。
航空の大衆化で社会が変化
かつて大阪空港(伊丹)の騒音問題を解決するための新空港を神戸沖に建設する計画もありましたが、神戸市が断った経緯があります。
竹林教授:
宮崎辰雄市政(1969-1989)の時代で、昭和40年代当時と今では社会経済の状況があまりにも違っています。伊丹空港の騒音問題を解決するための新空港は、市街地に近い場所ではなく海上空港が良い、と考えられて、神戸沖が候補になったのでしょうが、神戸市は自治の立場から「騒音を神戸市に持ってくることに市民の理解は得られない」と判断したのだと思います。その結果、昭和50年代後半に現在の泉州沖に決定しました。
背景として、当時は飛行機の料金が高く、庶民が気軽に使えるものではなかったことがあります。そういった高嶺の花で、騒音問題も懸念される施設を設置することが市民にとって良いのかどうかを考えたのだと思います。
それが、1990年代になって社会が急激に変わりました。まず1978年12月にアメリカが国内線の規制を撤廃し、この規制緩和がヨーロッパにも波及して、世界的に航空規制を大幅緩和・撤廃していきました。アメリカは国際線でも「オープンスカイ政策」を採り、それが世界に波及し、航空輸送が大衆化していったのです。
そういった時代に関西空港が開港し、地元にとっては騒音を出す「迷惑施設」から、「地域活性化」に資する存在へと位置づけが変わっていったように思います。
竹林教授:
世界では航空大衆化の中で、低料金の航空会社・ローコストキャリア(LCC)がアメリカ、ヨーロッパ、東南アジアと増えていき、最後に極東に波及し,世界中でこの新しいサービスを受けることができるようになりました。一方で立地が良く使われる空港と条件が悪く使われない空港の差が明らかになり、カナダ・モントリオール空港のように郊外から市内に(再)移転する動きも出てきました。
神戸はビジネス客に魅力
関西3空港の役割分担、国際線における関西空港と神戸空港のすみ分けはどうなるでしょうか。
竹林教授:
それはマーケット(市場)が決めることです。サウスウエスト航空(米国)、ライアンエアー(アイルランド)など、格安航空会社(LCC)の草分けとされる航空会社は、都心から遠く、コストの安い郊外の空港=フリンジ空港に乗り入れて成功しました。コロナ禍前、関西空港はLCC専用ターミナルまで建設しました。関西空港はフルサービスの航空会社も就航していますが、LCCのマーケットは失いたくないはずです。
神戸空港は、関西空港とは違う旅客を相手にする可能性があります。運賃の高いフルサービスの航空会社を利用するビジネス客は、神戸市だけでなく、JRを利用して大阪、京都にも近い神戸空港を評価するでしょう。大阪までなら阪急電鉄、阪神電鉄もあり、時間距離が近くアクセス手段の多様性もあります。一般的に「海上空港は遠い」というイメージがありますが、神戸空港は必ずしもそうではないのです。都市内空港に準じた空港として、ビジネス客目当ての路線を就航させるなど、神戸空港を評価する航空会社が利用することになるでしょう。
環境問題が航空需要を制限する可能性
コロナ禍で旅客需要は激減しました。関西3空港が共倒れになる恐れはないのでしょうか。
竹林教授:
日本は海外からの入国を厳しく制限してきましたが、世界各国はすでにコロナ禍前の状態に近い状態に戻っています。日本も10月に入国制限を大幅に緩和する見通しで、短期的にはコロナ禍時代にため込んだ旅行欲求が爆発的に顕在化するでしょう。日本に旅行したいと思っていた観光客が訪日し、ビジネス客もかなり戻ると思います。1年から最大2年程度は航空旅客が増え、2025年ごろにコロナ禍前のトレンドに戻るとみられています。短期的には航空需要は十分あるでしょう。
しかし、中長期的には大きな問題があります。2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を同じにする「ネットゼロ」は世界中のあらゆる業種で達成を約束しています。航空業界でもSAF=Sustainable(持続可能な)Aviation(航空)Fuel(燃料)、植物や廃油などから作ったバイオ燃料=の使用割合を増やすことがまずは要求されています。ところが現行のSAFの価格は一般的な航空燃料=ケロシンの3倍といわれており、大きなコストアップとなります。さらに現在はロシアのウクライナ侵攻でエネルギー価格が高騰しており、こういったことにより航空運賃が上昇し結果として航空需要を押し下げることは十分考えられます。この場合まず観光需要が大きな影響を受けるでしょう。ビジネス需要は比較的手堅い需要ですが、リモート会議の普及によって実際の移動は減るかもしれません。
英国は国家プロジェクトとして水素動力による航空機の開発(フライゼロ)に挑戦しています。そのような新技術の開発が早ければ、燃料費高騰の痛みは早期に薄れるかもしれませんが、ハッキリ言ってどうなるか予測は出来ません。コロナ禍からのリバウンド需要が一巡した後、今後10年位は混とんとした状況が続くと考えられます。