4年に一度の統一地方選挙が2023年4月に行われる。都道府県と政令指定都市の首長・議員選挙は4月9日、市区町村長・議員選挙は4月23日に投開票される。有権者にとって、人口減少や高齢化、都市部との格差拡大など身近な地域課題に向き合い、地方政治を考える機会となる。近著「領域を超えない民主主義—地方政治における競争と民意」で、現行の地方政治制度に疑問を呈する法学研究科の砂原庸介教授に、地方政治の課題や選挙制度について聞いた。
2022年秋に出版された「領域を超えない民主主義」(東京大学出版会)が話題を呼んでいます。そもそもタイトルの「領域を超えない」とは、どういう意味ですか?
砂原教授:
実は、本の表紙は大阪都市圏の航空写真を使っていますが、写真では市町村の境界線、すなわち領域は見えません。ところが、現実には大阪圏には領域を持った市町村がたくさんあって、それぞれに領域内での民主主義を行っていて、「領域を超えた都市全体の問題は扱えないですよね」というのがメッセージです。つまり、「領域を超えない」というのは、現在の地方の政治制度のために、自治体間に広域にまたがる課題の解決が難しくなっているということです。この本をまとめるにあたって、大きなテーマとして考えたのが、市町村は合併できるのに連携はできないというのが問題だと思ったんですね。
進まない自治体間の連携
自治体合併は進んだのに、なぜ、自治体間の連携が進まないのでしょうか?
砂原教授:
根本的な理由は二つあって、ひとつは現在の地方の政治制度が、地域の中での配分に関して、市長や議員が選挙に勝つことを目指すような配分をしてしまいがち、ということです。もうひとつは中央と地方の関係で、それぞれの自治体が他の自治体に頼るよりも国に頼った方がラクだということです。地方自治体は、他の自治体に頼っても最後まで面倒を見てくれるか分からないですから、より確実な国の補助に頼る方がいいという発想をしがちだと思います。国も頼られた方が自治体をコントロールできるので、あえてこういう状況を変えることはしないですよね。
自治体間では連携よりもむしろ、人口減少を背景に子育て支援策などを巡って自治体間競争が激しくなっている印象があります。
砂原教授:
現行の制度を前提に、限定された中で激しい地域間競争をやっているんですよね。現状では、特に人口を増やす競争です。サービスと負担の多様なバランスを提示できるわけではなく、人口増加以外の評価軸がなくなって、新しく入ってくる住民を呼び込むための宅地開発や子育て支援策をアピールする競争が激しくなったんだと思いますね。そして、選挙のプレッシャーもそれを助長します。例えば、財政力がある東京都が子育て支援や医療費補助を実施すると、他の自治体でも有権者が首長や議員に同じような政策を望み、やらざるをえなくなります。だけど、十分な財源を確保できないから、東京に比べると厳格な所得制限を付けないと実施できません。
地方自治体が領域を超えた広域的な課題に向き合うことはできないのでしょうか。
砂原教授:
そうですね。何かを変えるとしたら、領域を超えるような政党を能動的につくりだすしかないんじゃないかというのが、私なりのひとつの回答でした。他にあるとすると、自治体の領域にとらわれないような広域的なビジネス、すなわち水道とか交通、ごみ収集などの事業者に、より責任を持たせることではないでしょうか。このあたりを検討していくのは私の今後の課題です。例えば、今回のコロナ禍で、自治体が責任を持って患者の入院調整をしなければいけませんでしたが、病院が責任をもって感染症に対応して患者を受け入れる態勢をつくるという国も少なくありません。地域の健康については地域の基幹病院が責任を持ち、そこにきちんとした権限と財源を与えるというかたちです。
病院や医師の方に権限や財源を与えると、国や自治体から見ると、自分たちの言うことを聞かなくなることが心配になるかもしれません。そこは、補助金などでコントロールするより、プロフェッショナルな人をちゃんと選ぶことで責任を果たすべきです。自治体が具体的なこと全部に責任を持つのではなく、仕事をする司司にきちんと責任と権限を渡すことが重要だと考えています。逆説的ですが、そうしないと、領域を超えていろいろなことができるようにはならないと思います。
地方の選挙制度の見直しを
著書の中で、地方政治において最も重要な課題として地方政党の必要性を指摘されています。地方政党といえば「大阪維新の会」が思い浮かびますが、地方政党の現状、役割についてはどう見ていますか?
砂原教授:
現在の選挙制度のもとでは、地方政党を作るのは非常に難しいと考えられます。一人一票で投票して上位者から定数分当選する、という制度は、日本人にとっては慣れ親しんだものなのですが、候補者個人への投票を強く促して、議員同士が協力することを阻んでしまう傾向を持つからです。これまでは、限られた地域を代表する議員が、議会でその地域を代表して発言し、その地域への何かの利益をもたらすことが歓迎されたところがあります。現在では、特に都市部でそのような地域と議員の関係は薄れていますし、自治体の領域を超えて移動することも少なくない住民は、議員に対して特定の地域にこだわらない政策を追求して欲しいと考えても不思議ではありません。しかし、複数の議員が協力して、そういう広い層を組織的に代表していく、ということは、日本の地方政治では難しいのです。
地方政党の設立、維持が難しい中で、大阪維新の会をつくり、住民投票まで導いた橋下徹元代表のリーダーシップには、目を見張るものがあります。ただ、大阪府で地方政党が維持できるのは、府議会が小選挙区制に近い選挙制度になっていることも重要な要因です。大阪府では、政令市の区の統合や自治体合併が進んでこなかったので、ひとつひとつの選挙区が小さく、維新の候補者間での競争をしなくてよいという事情があります。しかし、他のほとんどの地方選挙では、特に都市部では選挙区が大きすぎて、地方政党が政党内部での候補者間の競争を抑えて政党への求心力を高めることは難しいと考えられます。明石市でも地方政党の動きがありますが、立候補予定者が全員当選したとしても市議会の過半数を得られないですし、その後の選挙を考えると政党として求心力を保つのは簡単ではないでしょうから、市政を大きく変えるのは難しいと予想しています。
4月には統一地方選がありますが、投票率の低迷や地方議員の成り手不足、若者の無関心などが言われています。地方政治の将来に向けて、現行の選挙制度をどう見直すべきですか?
砂原教授:
1票の意味をもっと分かりやすくすべきです。現行の選挙制度では、変えたいという民意が地方政治の変化につながるという感覚が持ちにくいでしょう。1票を投じても変わらないので、投票率が落ちていくという悪循環に陥っています。地方選挙で、特に議員定数が大きい選挙区では当選に必要な得票率が低くなり、候補者は有権者の中で限られたグループからの支持さえ維持しておけばよい、となりかねません。海外、特にヨーロッパでは地方議会でも多くの国が比例代表制を採用しています。急に強い政党をたくさん作るのは現実的ではないでしょうが、私は地方政治で議員同士の協力が政党として機能するために、地方議会選挙に参議院の比例代表部分のような、非拘束式の比例代表制を導入すべきではないかと思っています。
略歴
2001年3月 | 東京大学教養学部卒業 |
2006年3月 | 東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単取得退学 |
2009年3月 | 博士取得 |
2009年4月 | 大阪市立大学大学院法学研究科准教授 |
2013年10月 | 大阪大学法学研究科准教授 |
2016年4月 | 神戸大学大学院法学研究科准教授 |
2016年8月 | ブリティッシュコロンビア大学客員准教授 |
2017年4月 | 神戸大学大学院法学研究科教授 |