大学病院の多忙な臨床医が診療に加えて研究にも取り組む努力が、わが国の医学・医療の発展に大きく寄与している。医学部泌尿器科、保健学研究科を兼務している重村克巳准教授 (ライフサイエンス・泌尿器科学) も、手術支援ロボットを駆使した手術、感染症の治療指針の策定、新たな癌治療法の開発、医療機器開発など、臨床と研究の両面で活躍している。台湾との共同研究も始めた重村准教授に、臨床医療に加えて研究にも取り組む思いについて、聞いた。
臨床と研究の両方を追求
手術など臨床医としての仕事と研究活動の両方に取り組んでおられます。
重村准教授:
臨床と研究の両方を追求するのは大学で働く者の使命だと考えています。一般病院の医師は患者さんを治療し命を助ける臨床医療に専念するのが普通ですが、大学病院の役割は、現状では治せない疾病を克服する次代の治療法を研究すること、そして研究成果を世界に発信し、世界中の病んでいる人々の治療に貢献することです。私は基礎的な研究と、患者さんを生かす治療の両方に取り組んでいますが、臨床系として出来れば治療法につながる研究をしたいと考えています。
最初から医師志望だったのですか。
重村准教授:
高校時代はアメリカンフットボールの強豪大学を志望していましたが、浪人中に「スポーツだけに大学4年間を費やすのはどうなのか」と疑問が頭をもたげました。そんな時、沖縄本島にほど近い鹿児島県沖永良部島に住んでいた祖父母のうち祖父が亡くなって一人暮らしになった祖母を見て、こういうお年寄りを支えるような医師になろうと思って、医学部を目指したのです。
感染症治療のガイドラインを作成
臨床ではどのような分野に力を入れているのですか。
重村准教授:
一番の専門は感染症で、日本化学療法学会の理事として、日本全体の感染症治療のガイドライン作成の委員を務めています。化学療法には抗癌と抗菌の2分野があり、私は抗菌が専門です。最近、梅毒の感染拡大が報じられていますが、日本性感染症学会の梅毒委員長 (2022年12月3日まで) として、感染拡大を防ぐための対策を検討し、メディアの取材も受けています。
毎週金曜日に初診外来を担当していますので、前立腺癌や前立腺肥大症、膀胱などの尿路の感染症、排尿障害など泌尿器科全般を診ます。手術ではダビンチやヒノトリによるロボット手術や腹腔鏡手術、前立腺肥大症のレーザー手術などを行っています。ロボット手術に力を入れないと、最先端の医療から取り残されてしまいますので、ダビンチ、ヒノトリの両方を使ってレベルアップを図っています。本学の藤澤正人学長が開発を先導したヒノトリは画像が鮮明で、骨盤の底深くにある前立腺の手術では、出血を最小限に抑えることができます。
医療機器開発も
神戸大学は藤澤学長のリーダーシップのもと、医療機器開発などの医工連携に力を入れていますね。
重村准教授:
本学泌尿器科のリーダーである藤澤学長の指示を受けて、私も医療機器開発の研究に取り組んでいます。現在、5つほどの機器開発を進めており、その中では尿管ステント開発が一番進んでいます。非常に強い痛みが出る尿管結石の痛みを和らげるため、尿管に細い管をいれるステント治療があります。しかし長期間にわたってステントを入れていると、詰まってしまうことがあります。そこで本学の先端膜工学研究センターの松山秀人センター長・熊谷和夫特命教授と共同で、詰まらないステントの開発に取り組んでいます。
前立腺癌の新治療法を目指す
本学独自の研究助成である「国際共同研究強化事業※」に採択され、台湾の研究者との共同研究を始められました。
重村准教授:
プロジェクト名は「アジア人の難治性骨転移癌への細胞接着因子に着目した新規治療法開発」です。前立腺癌の悪性度、予後には人種によって違いがあります。日本の男性の癌の1~2位が前立腺癌ですが、死亡者数は5~6位と、予後は悪くないといわれています。しかし、骨転移していて手術適応にならない、治癒が難しいケースはあり、その治療法を検討する研究を始めました。
正常な細胞は規則正しく並んでいます。その状態を維持するのが細胞接着因子です。何らかの理由で細胞接着が乱れ、細胞間に隙間ができると、癌細胞が侵入して癌が転移すると考えられます。私たちは骨転移癌と正常細胞の細胞接着因子 (A Disintegrin And Metalloprotease 9:ADAM9) に着目し、これをターゲットにした予後予測と細胞接着の乱れを防ぐモノクローナル抗体 (1種類の細胞から均一かつ大量につくられた抗体、医薬品としての有効性の高さが期待される) による治療薬開発を目指しています。
AIを使った感染症治療の研究も
台湾との共同研究の狙いは?
重村准教授:
私は2004年から3年間、米国に留学して癌の研究を始めましたが、その時、ジョージア州のエモリー大学の同じ研究室で知り合ったのが、今回共同研究に取り組む台湾の研究者です。共同研究はずっと継続してきており、最近7, 8年は2~3カ月に1回程度のペースで互いに訪問し、会議や研究室視察を続けてきました。遺伝的に近い同じ東アジアの患者のデータ、サンプルを使って、一か国ではできない比較をしながら研究を行うことで、研究が速く進むことを期待しています。台湾側には臨床医ではない基礎研究者がおられるので、手術や診察で忙しい臨床医だけで取り組むよりスピーディーに実験を進めてもらえます。
台湾の研究者とは、感染症と薬剤耐性菌に関する共同研究も行っています。感染症の患者さんが外来診察もしくは入院して来られると、私たち医師は長年の経験から感染部位や原因菌を推定して、最適と思われる薬を投与します。その精度を上げることが、患者さんの命を救うために非常に重要です。そこで、本学のシステム情報学研究科の滝口哲也教授、高島遼一准教授と共同で、感染症で入院した患者さんたちの治療歴、投薬歴などのビッグデータをAI (人工知能) で分析し、予測の精度を上げ、治療失敗を減らすことで患者さんが早く良くなる、さらに病気が再発しないことを目指しています。
略歴
1999年 3月 | 高知医科大学医学部医学科 卒業 |
2006年 3月 | 神戸大学大学院医学研究科腎泌尿器科学分野 修了 (医学博士) |
1999年 5月 | 神戸大学医学部附属病院脳神経外科 研修医 |
1999年10月 | 六甲アイランド病院脳神経外科 研修医 |
2000年 4月 | 神戸大学医学部附属病院泌尿器科 研修医 |
2000年10月 | 西脇市立西脇病院泌尿器科 医員 |
2004年 4月 | 米国 University of Arkansas for Medical Sciences 留学 |
2004年10月 | 米国 Emory University School of Medicine 留学 |
2007年 4月 | 神戸大学医学部附属病院泌尿器科 医員 |
2007年 7月 | 明石市立市民病院泌尿器科 副医長 |
2010年10月 | 神鋼病院泌尿器科 医長 |
2012年 4月 | 神戸大学大学院医学研究科腎泌尿器科学分野 特定助教 |
2013年 4月 | 同 助教 |
2015年 4月 | 同 病院講師 |
2016年 8月 | 神戸大学医学部泌尿器科・大学院保健学研究科国際感染症対策分野 准教授 |
注釈
※ 国際共同研究強化事業 | 神戸大学
重村准教授はB型−国際共同研究育成型−に採択されています。