神戸大学大学院農学研究科の橋本佳奈子さん、木村行宏助教、大野隆名誉教授と茨城大学、神奈川大学を中心とした研究グループは、近赤外光を有効活用する光合成細菌のキメラ複合体発現系の構築およびその特性解析を行い、エネルギー勾配を遡って低い光エネルギーを高いエネルギーに変換する分子機構の一端を明らかにしました。将来的には、近赤外光を用いた人工光合成システムへの応用が期待されます。

 この研究成果は9月18日に米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」にオンライン掲載されました。

LH1-RC複合体

  • ・紅色細菌が持つ光合成を行うための装置で、光を集める集光性アンテナタンパク質(LH1)と光合成反応を行う反応中心(RC)の複合体

紅色光合成細菌「サーモクロマチウム・テピダム (Thermochromatium tepidum)」(以下Tch. tepidum)

  • ・近赤外光を利用して光合成を行うことができる紅色光合成細菌の中でも、非常に低エネルギーの近赤外光を吸収することが可能な細菌。エネルギーの勾配に逆らうuphill型のエネルギー移動を行っている。
  • ・近年の研究から、Tch. tepidumのLH1-RC複合体は、LH1のC末端領域にCa2+(カルシウムイオン)の結合サイトを有しており、Ca2+と色素タンパク質との相互作用によって低エネルギー吸着特性を示すことがわかってきた。しかし分子機構など詳細については明らかにされていない。

研究の背景

 Tch. tepidumのLH1において、Ca2+の配位子※1と推定されるアミノ酸に部位特異的変異を導入することにより、配位子およびuphill型エネルギー移動の分子機構を明らかにできる可能性があります。しかし現状では、そのための改変技術が確立されていません。一方、同じ紅色細菌のロドバクター・スフェロイデス(以下Rba. sphaeroides)では遺伝子改変の技術が確立されています。

 Rba. sphaeroidesのORF※2Tch.tepidumのLH1の遺伝情報を導入することにより、LH1がTch.tepidum、RCがRba.sphaeroidesであるキメラ複合体発現系を構築できる可能性があります。このキメラ複合体発現系ではTch. tepidumよりも大きなuphill型のエネルギー移動が起こるため、分子機構に関する重要な知見が得られることが期待されています (図1)。

図1:キメラ複合体発現系およびuphill型エネルギー移動の概念図

研究の内容

図2:各種複合体の吸収特性

 本研究では、このLH1がTch.tepidum由来、RCがRba.sphaeroides由来であるキメラ複合体発現系(以下TS2)およびCa2+配位子と推定されるTch.tepidum LH1のアミノ酸(α-Asp49、α-Asn50、α-Leu46)に部位特異的変異を導入した各種変異体について分光学的解析を行い、Tch.tepidumRba.sphaeroidesとの比較研究を行うことで、Ca2+結合サイトとLH1の低エネルギー吸収特性との関連性、およびuphill型エネルギー移動の分子機構を解明することを目的としました。

 はじめに、TS2および部位特異的変異体由来光合成膜小胞について、吸光分光法、近赤外および可視共鳴ラマン分光法により、色素分子の吸収特性や、LH1タンパク質とBChl-a分子およびカロテノイド分子間の相互作用を解析しました。

 全ての変異株は嫌気条件で光合成生育可能であり、変異に応じて吸収特性が顕著に変化しました。TS2ではTch.tepidumと同じBChl-aの吸収バンドを示しましたが、カロテノイドはRba.sphaeroidesと同じスフェロイデンのバンドが観測されたことから、TS2のLH1ではBChl-aはTch.tepidumと同じであるが、カロテノイドがスピリロキサンチンからスフェロイデンに変化していることがわかりました。また、この変化によってTS2におけるカロテノイドからBChl-aへのエネルギー移動効率はTch.tepidumよりも高くなっており、光合成効率を向上させる効果があることが判明しました。

 近赤外共鳴ラマン分光法による解析の結果、TS2の異常な低エネルギー吸収特性はTch.tepidum同様、BChl-aのカルボニル基とLH1タンパク質のTrpの間に働く水素結合の強さに依存していることが明らかになりました (図3)。一方、Tch.tepidumのLH1 Ca2+結合サイトは、α-Asp49、α-Asn50、α-Trp46、β-Leu46で構成されると考えられていましたが(Niwa et al. Nature 508, 228-232、2014)、α-Asn50がCa2+の配位子でない可能性が高いことを強く支持するデータが得られました。この結果は最近報告された高分解能の結晶構造によって証明されました。また、α-43位の欠損がCa2+結合サイトの形成において極めて重要であることが判明しました。


図3:低エネルギー吸収を引き起こすBChl-a色素とLH1タンパク質間の水素結合

今後の展開

 このような異種発現系を用いることにより、近赤外領域を幅広く利用可能な光合成システムを構築することが期待されます。そのために、uphill型エネルギー移動の分子機構、LH1とRCタンパク質間の相互作用、電子伝達を担うキノンの分子挙動を明らかにする必要があります。現在、キメラ複合体発現系から複数の部位特異的変異体を作製し、それらの構造機能解析を進めています。これらの知見を元に、近赤外領域を利用した人工光合成システムの基盤創出に取り組んでいきます。

用語解説

  • ※1 配位子: ある結合サイトを構成する特定のアミノ酸残基や水分子。
  • ※2 ORF: オープンリーディングフレーム (Open Reading Frame)。遺伝子の塩基配列のうち、アミノ酸に翻訳した際、終了コード配列を含まず、タンパク質に翻訳される可能性のある遺伝子の読み取り枠。

研究助成

文部科学省科学研究費補助金・基盤研究C

論文情報

・タイトル
Probing Structure–Function Relationships in Early Events in Photosynthesis Using a Chimeric Photocomplex
DOI:10.1073/pnas.1703584114

・著者
Kenji V. P. Nagashima*, Maki Sasaki, Kanako Hashimoto, Shinichi Takaichi, Sakiko Nagashima, Long-Jiang Yu, Yuto Abe, Kenta Gotou, Tomoaki Kawakami, Mizuki Takenouchi, Yuuta Shibuya, Akira Yamaguchi, Takashi Ohno, Jian-Ren Shen, Kazuhito Inoue, Michael T. Madigan, Yukihiro Kimura*, and Zheng-Yu Wang-Otomo*
* Corresponding authors.

・掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

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