研究の内容

 実に9割以上もの被子植物が、動物に花粉を運んでもらうことで受粉の手助けをしてもらっています。この関係を「送粉共生」と言います。この「送粉共生」では多くの場合、植物側が花粉や蜜などの報酬を提供することで、それを餌として求めてやってくる動物に花粉を他の花まで運んでもらうというWin-Winの関係が成り立っています。しかしながら一部の植物の中には、花粉を運んでくれる昆虫に対して花蜜や花粉などの報酬となるものを提供せず、昆虫を騙して花粉を運んでもらうものが存在します。このような植物に、蜜のある花とそっくりで見分けのつかない花をつけることで、蜜があると思って花を訪れる昆虫を欺いて受粉を達成するものが存在することが知られています。このように蜜がある花に擬態した植物は、周辺に擬態のモデルとなる花があるとき、その花を目当てに訪れた昆虫が間違って擬態している花を訪れるために、受粉の確率が上昇することが知られています。

 蜜などの報酬を与えない植物が擬態する対象は、他の花に留まりません。ラン科植物のクロヤツシロランは、腐った果実やキノコのような悪臭を放出することで、幼虫の餌場として利用しようと産卵に訪れるショウジョウバエに花粉を運ばせています (図1)。しかし、クロヤツシロランの花には幼虫の餌となるものは何もありませんから、孵化した幼虫は死んでしまいます。


図1. (A) クロヤツシロランとその花粉塊を背負ったショウジョウバエ
(B) ショウジョウバエの卵が産卵されたクロヤツシロランの花
(C) クロヤツシロランの花粉塊を背負ったショウジョウバエが訪れたクヌギタケ属のキノコ
(D) クロヤツシロランの花粉塊を背負ったショウジョウバエが訪れたカキの果実
図2. クロヤツシロラン Gastrodia pubilabiataの生態の模式図。腐ったキノコがそばにあると受粉率が上昇する。

先ほど述べたように、花に擬態する植物では、擬態のモデルとなる蜜を出す花がそばにあることで受粉できる確率が上昇することが知られています。そこで、末次健司特命講師は、クロヤツシロランの株のそばに腐ったキノコを置いた場合と置かなかった場合の比較を行い、擬態のモデルとなるキノコがそばにあることで、クロヤツシロランの繁殖成功度が変化するかどうかを検討しました。その結果、腐ったキノコを置いた場合、クロヤツシロランの受粉率や結実率は有意に高くなることがわかりました。このクロヤツシロランには、もう一つ面白い特徴があります。それは光合成を行う代わりに、キノコの菌糸を根に取り込み、それを消化して生育するというものです。 このことは、クロヤツシロランが地下でキノコの菌糸を栄養として取り込んで生育しているだけではなく、地上で花粉を運ぶ昆虫を花に誘引するのにもキノコに頼っていることを意味します。今回のように地下と地上の両方でキノコに頼っている事実が解明された植物は、世界でもこのクロヤツシロランが初めてです (図2)。

今後の展開

 光合成を行わない植物は、潜在的な競争相手となる他の植物では生育することができないような、光がほとんど届かない環境でも生育することができます。しかしながら、このような環境には、ハチやチョウといった一般に花粉を運んでくれる昆虫がほとんどいないため、これらの昆虫に花粉の媒介を頼ることができません。地中の菌に養分を全面的に依存している光合成をやめた植物の生育場所は、当然ながら餌となる菌糸が豊富に存在する暗い林床でなければなりません。このため、花粉を運ぶ昆虫を花に誘引するのにもキノコに頼る、同じような植物が他にも発見される可能性があります。また今回は腐ったキノコを用いて繁殖成功度に与える影響を検討しましたが、ショウジョウバエは腐った果実も産卵場所として利用するため、クロヤツシロランのそばに腐った果実がある場合でも同様に花粉を運んでもらえる確率が上昇する可能性があります。今後も調査を継続することで、植物が「光合成をやめる」という究極の選択をした過程で起こった変化を明らかにしていきたいと考えています。

論文情報

・タイトル
Achlorophyllous orchid can utilize fungi not only for nutritional demands but also pollinator attraction”
doi: 10.1002/ecy.2170

・著者
KENJI SUETSUGU

・掲載誌
Ecology

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