JST戦略的創造研究推進事業において、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の蓮沼誠久教授の研究グループは、ラン藻を生育最適温度より高い温度で培養するとコハク酸生産量が増加することを発見するとともに、増産メカニズムの解析により酵素PEPC(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ)が増産に寄与することを明らかにし、遺伝子工学注1)でPEPCの活性を強化することで、世界最高値でのバイオコハク酸生産に成功しました。

 本研究成果は、2018年5月27日に国際科学誌「Metabolic Engineering」に掲載されました。

ポイント

  • コハク酸はプラスチック等の化学製品の原料として重要な化合物ですが、大部分が石油から合成されているため、環境・資源の問題から生物由来の生産が求められています。
  • 光合成微生物であるラン藻がCO2からコハク酸を生合成することは知られていましたが、生産量としては不十分でした。
  • コハク酸生合成の最適温度が生育最適温度よりも約7℃高いことを発見しました。
  • コハク酸の増産メカニズムを明らかにし、従来の最高値より7.5倍以上高いコハク酸生産性を実現しました。
  • 光エネルギーとCO2からのコハク酸製造プロセスの構築に向けて重要な一歩を踏み出しました。

概要

 コハク酸は様々な石油化学製品の原料として大きな市場を形成しており、環境や資源に配慮した「生産のバイオ化」が期待されています。中でも、太陽光とCO2から物質生産できるラン藻を利用したコハク酸生産が望まれています。従来、遺伝子組換えによりラン藻のコハク酸生産を向上させる試みはありましたが、コハク酸を増産させるメカニズムは不明でした。

 本研究グループは、ラン藻のコハク酸生合成における最適温度が生育温度(30℃)より約7℃高いことを発見しました。次に、動的メタボローム解析注2)を用いて高温時のコハク酸増産メカニズムを解析すると、PEPCがコハク酸生合成のボトルネック反応注3)であることを明らかにしました。そこで、遺伝子工学によりPEPCの活性を向上させ、ラン藻を37℃で培養することにより、コハク酸の生産性を先行研究の最高値から7.5倍以上向上させることに成功しました。

 本研究により、CO2からのバイオコハク酸製造プロセスの構築に向けて重要な一歩を踏み出しました。今後は、代謝経路の最適化等により、さらなるコハク酸の増産を目指します。

研究の背景と経緯

 コハク酸はプラスチック等の石油化学製品の原料として大きな市場を形成しており、環境・資源の観点から、再生可能資源を原料としてバイオテクノロジーにより生産されることが望まれています。近年、酵母をはじめとする従属栄養微生物注4)による生産が取り組まれつつありますが、糖を原料として発酵により生産するため、陸上植物の栽培を必要とし、耕作地と水資源の問題があるほか食糧との競合問題があります。一方、ラン藻は光合成により固定した二酸化炭素を有用物質に変換することができるため、コハク酸の生産宿主として理想的と言えます。

 従来、ラン藻がコハク酸を生合成することは知られており、遺伝子組換えによるコハク酸増産の試みはありました。しかしながら、その効果は低いものでした。その理由として、ラン藻におけるコハク酸代謝が十分に理解されていなかったことが挙げられます。本研究で用いたシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)は世界中で最もよく研究されているラン藻の一つで、遺伝子組換えも可能であり、暗黒かつ嫌気条件下で、細胞内のグリコーゲンを分解してコハク酸やD-乳酸を細胞外に分泌することが知られていました。しかしながら、コハク酸生産量が変化する代謝メカニズムは知られていませんでした。

 メタボローム解析技術は細胞内に含まれる多様な代謝物質の量を測定する手法であり、コハク酸の増産に寄与する代謝物質の推定を可能にできます。本研究グループはメタボローム解析技術を発展させ、代謝物質量の時間変化(ターンオーバー)を観測できる「動的メタボローム解析」技術を開発してきました。コハク酸生産量に増加が見られた時に、動的メタボローム解析を行うと、コハク酸生合成経路におけるボトルネック反応を特定することが可能になります。

 本研究では、CO2がコハク酸に変換されるまでの代謝経路においてボトルネックとなる代謝反応を探索して、遺伝子工学的手法によりボトルネック反応を強化することでコハク酸生産量を増大させることを目指しました。

研究の内容

図1 培養温度の増加とPEPC遺伝子の過剰発現によるコハク酸生産量の増加

 本研究グループでは、シネコシスティスのコハク酸生産量が、生育最適温度(30℃)よりも約7℃高い環境で培養すると増大することを発見しました(図1)。最適温度が細胞増殖と物質代謝で異なることは、ラン藻では全く知られていない新規な発見でした。

 高温(37℃)では細胞に含まれるグリコーゲンの分解が進むことを見出しました。次に、コハク酸増産メカニズムを詳細に調べるために、動的メタボローム解析を行ったところ、CO2からコハク酸を生合成する代謝経路において、PEPC反応がボトルネック反応であることを明らかにしました。高温環境下ではPEPCの活性が向上し、ボトルネックが緩和していることが示唆されました。また、PEPCの活性向上と同時に、解糖系や還元的クエン酸回路の代謝速度が高くなっていることを明らかとし、PEPCのボトルネック緩和がコハク酸の代謝経路亢進と増産につながったことを示しました(図2)。

 そこで、遺伝子工学的手法によりPEPC活性を強化した組換えシネコシスティスを構築し、37℃での培養や重炭酸イオンの添加等の培養条件の最適化を施すことにより、先行研究の世界最高値を大幅に上回るコハク酸生産量(1.8 g/L)およびコハク酸生産性(25 mg/L/h)を実現しました。

 さらに副生成物である酢酸の生合成を抑えるための遺伝子工学を行ったところ、ステレオコンプレックス型ポリ乳酸注5)の原料として有用なD-乳酸の生産量が10.7 g/Lとなり、ラン藻による乳酸生産の世界最高値に達しました。

 本研究グループが開発した動的メタボローム解析によりコハク酸増産メカニズムの解析が可能となり、さらなるコハク酸増産の戦略を導出することに成功しました。


図2 二酸化炭素からコハク酸への変換経路
動的メタボローム解析により、シネコシスティスを37℃で培養すると赤矢印の代謝経路が活性化されることを明らかにした。

用語解説

  • 注1)遺伝子工学: 遺伝子を人工的に操作する技術。特に生物の自然な生育過程では起こらない遺伝子導入や遺伝子組換えを人為的に行う技術を意味する。
  • 注2)動的メタボローム解析: 生体細胞の中には1000種類以上の低分子化合物が含まれていると言われている。細胞に含まれる低分子化合物の種類(及び量)に関する情報をメタボロームといい、メタボロームを明らかにする手法をメタボローム解析という。安定同位体を用いて、代謝化合物のターンオーバーを観測するメタボローム解析手法を動的メタボローム解析という。
  • 注3)ボトルネック反応: 代謝経路の速度を律する酵素反応。英語の「瓶の首」の意味。瓶のサイズがどれほど大きくても、中身の流出量・速度は、狭まった首のみに制約を受けることからの連想による表現である。
  • 注4)従属栄養微生物: 生育に必要な炭素を得るために有機化合物を利用する生物をいう。ラン藻は二酸化炭素から炭素を得るので独立栄養微生物である。
  • 注5)ステレオコンプレックス型ポリ乳酸: 乳酸は不斉炭素を1つ持ち、L 体と D 体の2種が存在する。L 体のみを重合させたものはポリ-L-乳酸、D 体のみを重合させたものはポリ-D-乳酸と呼ばれる。ポリ-L-乳酸 と ポリ-D-乳酸を混合したものは、耐熱性の高い樹脂となることが知られており、ステレオコンプレックス型ポリ乳酸と呼ばれる。

謝辞

本成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
研究開発課題名:「転写と時計の改変によるラン藻炭素源供給の量的緩和とコハク酸生産」
研究開発代表者:小山内崇(明治大学 専任講師)
研究開発期間:平成25年10月~平成31年3月(予定)

JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。

論文情報

・タイトル
Temperature enhanced succinate production concurrent with increased central metabolism turnover in the cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803
(日本語タイトル:シアノバクテリアSynechocystis sp PCC 6803における中心代謝回転の増加と同時に温度上昇したコハク酸生成)
doi:10.1016/j.ymben.2018.05.013

・著者
Tomohisa Hasunuma, Mami Matsuda, Yuichi Kato, Christopher John Vavricka, Akihiko Kondo

・掲載誌
Metabolic Engineering

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