神戸大学大学院人間発達環境学研究科・青木茂樹教授、高橋覚特命助教、名古屋大学大学院理学研究科・六條宏紀研究員らの研究グループは、世界最高角度分解能、世界初偏光感度、世界最大口径面積を有するエマルション望遠鏡による宇宙高エネルギーガンマ線(※1)精密観測実験GRAINE計画(代表: 青木茂樹)を進める中で、望遠鏡の総合的な性能実証を目指した2018年オーストラリア気球実験(※2)を成し遂げました。

 本実験の達成について、7月17日(火)に、国際宇宙科学会議COSPAR(アメリカカリフォルニア州パサデナで7月14日から22日まで開催)においてに発表しました。

これまでの経緯

図1: エマルションガンマ線望遠鏡の概念図。エマルションフィルムを積層したコンバーター、時刻付与機構多段シフター、姿勢監視スターカメラから構成。コンバーターでガンマ線電子対生成反応を捉え、時刻付与機構で時刻情報を付与し、姿勢監視データと併せることで天球上の到来方向が決定できる。

 宇宙高エネルギーガンマ線観測(※3)は、宇宙における高エネルギー現象を解明するうえで非常に重要です。現在、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡(※4)をはじめとする最新鋭の望遠鏡によって、宇宙高エネルギーガンマ線観測は大きく進展しています。一方で、その観測の困難さゆえ、他波長での観測に比べ角度分解能が桁違いに劣るなど、この帯域における観測は不十分であり、宇宙高エネルギーガンマ線観測を新たな段階へ進めていくうえで、観測の質的な改善が重要となっています。

 高エネルギーガンマ線の痕跡を世界最高精度で記録できるのが、エマルションフィルム(※5)です。このエマルションフィルムに、自動でフィルムの大面積を解析する技術と、本来、時間情報を持たないエマルションフィルムに時間情報を付与する技術、これらを併せることで世界最高角度分解能、世界初偏光感度、そして、世界最大口径面積を有するガンマ線望遠鏡が実現可能となりました。我々は、エマルションガンマ線望遠鏡 (図1) を開発し、長時間気球飛翔を繰り返すことで宇宙高エネルギーガンマ線精密観測を目指し、GRAINE計画(※6)と名づけ推し進めています。

 これまでにも地上での様々な研究開発や、2011年気球実験(※7)、2015年気球実験(※8)を積み重ね、エマルション望遠鏡による気球飛翔での宇宙高エネルギーガンマ線観測の実現可能性を拓いてきました。

今回の実験の詳しい内容

 エマルション望遠鏡の総合的な性能実証を目指し、全天で最も明るいガンマ線源で南天に位置する帆座パルサーを観測するため、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 (ISAS/JAXA) が提供する気球飛翔機会を利用した2018年4月のオーストラリア気球実験を実施しました。

 実験に向け、エマルションフィルム、時刻付与機構多段シフター(※9)、姿勢監視スターカメラ、与圧容器ゴンドラ(※10)などについて様々な改良や準備を行いました。2月にはエマルションフィルムの現像処理を行うシドニー大学で現像処理準備、3月には気球放球基地があるアリススプリングスで気球実験最終準備 (図2、3) を予定どおり完了させ、高層風予測が飛翔条件を満たすのを待ちました。二度、飛翔条件を満たす高層風予測となり放球準備をしましたが、地上風が放球条件を満たさないなどの事情から放球を見送りました。

図2: 気球実験最終準備時の様子。与圧容器リング内側(短手方向1.5m)に多段シフターを搭載し、その上にエマルションフィルムパックを搭載している。エマルションフィルムは1ユニットあたりの大きさが37.8cm×25cm、厚み方向に113枚積んでいる。それらを4ユニット並べ、口径面積3780cm2を実現している。与圧容器リング外側には3方位を向いたスターカメラのレンズ(黒)が見える。

図3: 気球実験最終準備完了時の様子。与圧容器シェルを閉じた状態。スターカメラの迷光よけフード(銀色の筒)が3方位それぞれ見える。


 4月26日には、高層風予測・地上風共に条件を満たしたため、現地時間午前6:33 (UTC+9.5) に気球放球に成功しました (図4、5)。

図4: 気球放球直前の様子。撮影: JAXA 梯友哉

図5: 気球放球時の様子。4月26日現地時間6:33(UTC+9.5)。気球の頭部から尾部(発光部の直上)まで130m。上空での気球の満膨張時の体積は30万m3。その下にパラシュート、つり紐を介してエマルション望遠鏡(下側の発光部)が吊り下がっている。


図6: 気球の航跡を表す。左側の星印が放球地点、右側の星印が着地地点を表す(その間およそ900km)。

 放球した気球は上昇し続け約2時間後に高度38kmに到達し、およそ東向きの風に乗り、水平浮遊を開始しました (図6)。帆座パルサーがエマルション望遠鏡の視野を横切る時間帯 (15時 – 22時) を十分カバーするように飛翔した後、22:19にエマルション望遠鏡を停止させました。着地地点を注意深く予測した上で23:17に気球を切り離し、パラシュートで緩降下させ、気球は23:54にアリススプリングス東およそ900km、ロングリーチ南西250kmの地点に着地しました。総飛翔時間17時間21分、うち高度36 – 38km水平浮遊15時間近くと、これまでのエマルション望遠鏡気球実験で最長の気球飛翔を達成するとともに、その間、エマルション望遠鏡の安定した運用を続けました。

 翌4月27日に、エマルション望遠鏡 (その中でも特にエマルションフィルムやデータストレージディスク) を無事に回収し、4月28日にエマルションフィルムを陸路の冷蔵輸送でシドニー大学へ輸送しました。4月29日にシドニー大学にて、エマルションフィルムを冷蔵保管し、現像最終準備、一部の飛翔エマルションフィルムの試験現像を行い、光学顕微鏡での観察により、飛跡の写り具合に問題がないことを確認しました(図7、8)。その後、5月2日から13日にかけて、のべ489枚、総面積43.8m2の全てのエマルションフィルムの現像処理(※11)を無事に完了しました。こうしてエマルション望遠鏡2018年オーストラリア気球実験を成し遂げました。

図7: 現像後の飛翔エマルションフィルム。

図8: 現像後の飛翔エマルションフィルムの顕微鏡画像。画像の横幅はおよそ0.1mmに対応。飛翔エマルションフィルムに特徴的な重粒子飛跡(まっすぐで濃い飛跡)が見られる。

今後の展開

 現在、飛翔データ解析を進めており、帆座パルサーを検出し、望遠鏡の総合的な性能実証を目指しています。その後、大口径面積エマルションガンマ線望遠鏡による長時間気球飛翔を繰り返し、科学観測の開始を目指します。

謝辞

 エマルション望遠鏡2018年オーストラリア気球実験の達成にあたり関係各方面の方々の協力に感謝します。

  • ・本実験は宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(ISAS/JAXA)が提供する気球飛翔機会を利用したものです。
  • ・本研究開発は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(S)「気球搭載型エマルション望遠鏡による宇宙ガンマ線未解決課題の解明(代表: 青木茂樹、課題番号: 17H06132)」等の助成のもとで行われたものです。

用語解説

  • ※1 高エネルギーガンマ線: 極めて高いエネルギーを持つ光子。ここでは主にサブGeV – GeV帯域を指す(GeVは10億電子ボルト)。高エネルギーガンマ線の波長は原子核サイズ以下となり、可視光やX線のように鏡など光学系での集光や結像が原理的に難しくなる。高エネルギーガンマ線と物質との相互作用は電子対生成反応が支配的となり、電子対を捉えることで親であるガンマ線の情報(到来時刻、到来方向、エネルギー、偏光) を測定できる。従って電子対を捉える能力がガンマ線観測能力に直結する。
  • ※2 オーストラリア気球実験: JAXAがオーストラリア連邦科学産業研究機構CSIROと取り決めを交わし提供している気球飛翔機会を利用。ニューサウスウェールズ大学が管理しているアリススプリングス気球放球基地を使用した。
  • ※3 ガンマ線天文学、宇宙高エネルギーガンマ線観測: 1952年に早川幸男やその他の研究者によって提唱された。宇宙線 (宇宙を飛び交う高エネルギー粒子) が星間ガスと衝突して生成される湯川中間子の崩壊からのガンマ線放射などが予言された。現在は宇宙高エネルギーガンマ線観測を通して、宇宙線物理学、高エネルギー天体物理学、宇宙論、基礎物理学の理解へと波及している。
  • ※4 フェルミガンマ線宇宙望遠鏡(LAT検出器): 2008年にNASAが打ち上げたシリコン飛跡検出器から構成されるガンマ線望遠鏡。12ヶ国、90機関、400人以上の研究者から構成される国際共同研究であり、日本からも広島大学、東京工業大学、早稲田大学、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構、東京大学、東京大学宇宙線研究所、茨城大学、名古屋大学、京都大学、青山学院大学、立教大学、山形大学、理研、金沢大学、甲南大学の研究者が参加している。これまでに3000以上ものガンマ線源を発見するなどガンマ線天文学の発展に大きく寄与している。
  • ※5 エマルションフィルム(原子核乾板): 荷電粒子の飛跡を捉えることに特化させた特殊な写真フィルム。荷電粒子の軌跡を三次元的に~1m以下の空間分解能で記録できる。ガンマ線電子対生成反応を最も緻密に捉えられ、ガンマ線に対して優れた角度分解能およびガンマ線偏光に対して感度を持たせることが実現できる。併せて大面積化も実現可能。
  • ※6 GRAINE計画(Gamma-Ray Astro-Imager with Nuclear Emulsion): 世界最高角度分解能(1GeVで0.1度)、世界初偏光感度、世界最大口径面積(~10m2)を有するエマルション望遠鏡(10MeV – 100GeV)による宇宙高エネルギーガンマ線精密観測実験計画。愛知教育大学、ISAS/JAXA、岡山理科大学、神戸大学、名古屋大学の研究者から構成される共同研究。青木茂樹(神戸大学)が代表を務める。
  • ※7 2011年気球実験: 北海道大樹町にあるJAXA大樹航空宇宙実験場で実施。口径面積125cm2、総飛翔時間4.3時間(うち高度34.7km水平浮遊1.6時間)。エマルションガンマ線望遠鏡の初めての気球実験を達成。
  • ※8 2015年気球実験: オーストラリア気球実験。口径面積3780cm2、総飛翔時間14.4時間(うち高度36.0 – 37.4km水平浮遊11.5時間)。2015年気球実験はJAXA大気球実験室現体制において初めてとなるオーストラリア気球実験であったが、JAXA大気球実験室の成功およびGRAINEグループも先行実験としての役割を果たした。
  • ※9 時刻付与機構多段シフター: そのままでは時間分解能を持たないエマルションフィルムを用いて、個々の飛跡の通過時刻情報を得るため、望遠鏡下流部分に配置するフィルムを複数段の精密ステージによりアナログ時計の時針・分針・秒針のように独立な周期で往復させる。解析で飛跡を再構成する際にシフター各段での位置ズレ量の組み合わせから通過時刻情報を得る。
  • ※10 与圧容器ゴンドラ: コンバーター内やシフター各段内で積層されるフィルムはラミネート紙で真空パックすることにより観測中のフィルム相互の位置関係を保持する。観測高度では外気はほぼ真空に近い状態(約1000分の5気圧)となってしまうが、これに対して観測器全体を気密容器に入れて必要最小限の圧力を保つことにより、真空パックによる圧力を保持する。
  • ※11 エマルションフィルムの現像処理: エマルションフィルムに記録された飛跡潜像を顕像化するための化学的な実験最終処理。2018年気球実験では2015年気球実験の際と同様にシドニー大学メンバーの協力を得てシドニー大学でGRAINEメンバーが実施。

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