コンピュータの進歩は社会と私たちの生活に大きな変化をもたらしたが、科学技術計算に特化した大規模計算機システム=スーパーコンピュータは、計算科学と呼ばれる新しい学問分野を生み出した。気象予測や天文学、防災・減災、生命科学、創薬など幅広い分野で、数値計算によるシミュレーションは新たな知見を導き出す。実験が不可能な研究を進展させ、研究のスピードアップ・低コスト化を通じて、学術分野だけでなく産業界にも恩恵をもたらすスーパーコンピュータ。システム情報学研究科計算科学専攻の横川三津夫教授は、理化学研究所の京コンピュータなどのプロジェクト管理や計算アルゴリズムの開発を担当し、計算科学の発展に貢献している。

 

横川教授:

学部時代は数学専攻でしたが、修士課程で数値解析の研究室に所属し、連立一次方程式をコンピュータで効率的に解くためのアルゴリズムなどを研究しました。解くことが難しい方程式の解法を考えたり、いろいろな解法の中から最も短い計算時間で結果を導き出せるアルゴリズムを検討したりします。計算を高速化するアルゴリズムには社会や産業界からの要請もあります。また、コンピュータはどんどん進歩しますので、高性能化したコンピュータに適した計算方法を考えることも、重要なテーマです。

スーパーコンピュータの進歩によって、誕生したのが「計算科学」だ。気象・気候、地震など実験が不可能な分野、惑星の誕生過程のシミュレーションなど、計算による新たな学問分野が進展している。

横川教授:

スーパーコンピュータの歴史は米国クレイ社が1976年に開発したCray-1に始まるとされています。私が日本原子力研究所計算センターに職を得た1984年ごろに富士通製のベクトル型コンピュータが導入され、中性子などの放射線の遮蔽計算や原子炉配管内の伝熱流動シミュレーションなどの計算アルゴリズムを各分野の研究者と研究していました。日本におけるスーパーコンピュータの黎明期だったと思います。

1980年代後半ごろには、計算科学が「第3の科学」と呼ばれるようになりました。コンピュータの性能が向上し、生命、医学、材料、宇宙などあらゆる学問分野で、コンピュータを使ったシミュレーションが可能になっています。京コンピュータでは、心臓の詳細なシミュレーション、防災・減災のための避難シミュレーション、ビルの地震シミュレーション、新薬のシミュレーション、気象シミュレーションの精密化など様々な分野で成果が出ています。京などのスーパーコンピュータはいろいろな分野に応用できる基盤的ツールと言えるでしょう。

京コンピュータ前からインターネット放送に出演

1994年~95年、米国コーネル大学Cornell Theory Centerで並列計算のアルゴリズムの研究に取り組んだ。

横川教授:

大きな仕事(計算)を多数のコンピュータに振り分けて並行して計算するのが並列計算です。ベクトル型コンピュータも広い意味では並列コンピュータに分類されています。京コンピュータは、8つの計算コア(CPU:中央演算処理装置)を計算ノードとし、96個の計算ノードを納めた計算ラック864台をネットワークで結合した並列コンピュータです。コーネル大では、いくつかの並列アルゴリズムの研究と、並列処理による流体計算に取り組みました。

地球シミュレータの筐体につけられたマークを飾った研究室のドアの前で

帰国後、科学技術庁(現文部科学省)が地球規模の環境変動の解明を目的に開発を進めたスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」のプロジェクトに参加した。

横川教授:

「地球シミュレータ」プロジェクトは、ベクトル型コンピュータを並列につなげる並列ベクトルコンピュータの開発プロジェクトです。私は日本原子力研究所において、この開発プロジェクトに参加しました。地球シミュレータの開発はNECが担当しましたが、私はプロジェクト管理と世界最大規模の一様等方性乱流シミュレーション(速度や圧力が不規則に変動する流体の解析)の地球シミュレータ向けアルゴリズムに取り組みました。2002年に運用を開始し、LINPACKの計算性能でスーパーコンピュータをランク付けするTOP500で世界1位を達成し、また、実際の科学技術計算の成果に与えられるゴードン・ベル賞も受賞しました。

成果をあげることが出来たので、この後、いったん研究分野を変えて産業技術総合研究所でグリッドコンピューティングの研究に取り組みました。これは遠隔地にある複数のコンピュータをつなげて計算を行うものです。世界中の家庭にあるパソコンの空き時間を活用して電波望遠鏡で受信した電波を分析し、地球外生命体の存在を確認しようとするSETI@homeのプロジェクトが有名です。遠隔地にあるコンピュータに仕事を割り振って効率的に計算させる方法、セキュリティ確保などのシステム開発に取り組みました。

地球シミュレータでの成果が評価され、世界最高の並列コンピュータを目指す京コンピュータの開発プロジェクトに参加した。06年から理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部のチームリーダー、グループディレクターとなり、開発プロジェクトの中心メンバーとしてプロジェクトを牽引した。

横川教授:

グリッドコンピューティングでは、各コンピュータ間のデータ通信が必要ですが、コンピュータ間のネットワーク距離や転送性能がネックとなり、計算速度に限界があります。そこで、もう一度(地球シミュレータのように)1カ所に設置した高性能コンピューターシステムを開発する文科省のプロジェクトの議論が04年ごろから始まりました。私は05年に参加し、開発予算がついた06年に理研に移りました。

 目標とする計算性能は、1秒間に10ペタ(10の16乗)回=1京回なので、スーパーコンピュータの名称を公募したところ、その名前は「京」となりました。もう一つの目標が「世界一」でしたが、これはライバルもいるのでどれだけの性能を達成したら1位になれるか不確定で、個人的にはこの目標設定はあまり良くなかったと思います。

京コンピュータ

途中にはプロジェクトの前途が危ぶまれる危機もあった。

横川教授:

一番の困難は、民主党政権で行われた事業仕分けで、「世界で2番ではダメなんですか」と迫られたことです。開発が止められる心配もありましたが、日本中の研究者が「世界一を目指さなければ科学の進歩はない」とサポートしてくれました。結局、予算は削られましたがプロジェクトは存続しました。もう一回の危機は東日本大震災です。システム製作を担当した富士通の組立工場が2週間ストップし、やきもきしました。

結果的に世界一の計算速度を達成し、2011年6月と11月のTOP500で2期連続1位に輝きました。同年のゴードン・ベル賞も受賞できました。

地球シミュレータ、京コンピュータという数年にわたるプロジェクトを完遂し、世界一の性能も達成した。プロジェクト成功の秘訣とは?

横川教授:

既に完成された技術と、新たに開発する最先端の技術をうまくミックスすることが最も重要だと思います。すべて最先端の技術を選んでいては、プロジェクトはうまく行きません。完成時期に使える技術を予測して目標性能を設定し、工程が遅れないようチェックしたことが成功に結びついたと思います。もちろん共同開発者である富士通の頑張りがなくては出来ませんでした。

また、システム開発と同時進行でアプリケーションソフトウェアの開発も進めたことが、システム完成と同時に世界最高のアプリケーション結果を出すことにつながりました。世界一を達成したアプリケーションは、10万原子のシリコンナノワイヤの電子状態シミュレーションです。将来の立体的半導体(FET)の基礎研究です。私は、システム開発期間のうち5年間、このアプリケーション開発に参画し、計算のターゲット選定やプログラム改良の議論をコーディネートしました。

2012年10月に神戸大学教授に就任。並列コンピュータのアルゴリズムなどの研究を継続するとともに、学生、院生の指導も重要になっている。

横川教授:

大学の先生方は研究に対して大変真摯に取り組んでいると感じています。最近は期限内に研究成果を出すように求められることが増えていますが、研究成果を追究している姿はとてもストイックで、また幅広い知識を持っておられます。私は長年、期限に制約のあるプロジェクトのマネジメントを担当したので、大学生え抜きの研究者とは少し違うところがあると感じますが、工学分野では社会に出た後、プロジェクトを進めることも重要になると思うので、期限内に成果を出すことの重要性を学生に伝えたいと思っています。

私個人の研究では、地球シミュレータ時代から名古屋大学などの先生方と取り組んできた乱流シミュレーションの研究を続けており、京コンピュータでも世界最大規模の自由度のシミュレーション結果を出しました。また、今後のスーパーコンピュータは、1ソケット(1LSI)内のコア数が増えるメニー・コア(many core)化がさらに進むので、それに対応したアプリケーション、アルゴリズムの研究を進めていきたいと思っています。

人工知能(AI)の進歩や量子コンピュータの開発など、コンピュータの世界は変化し続けている。

横川教授:

現在のコンピュータであるノイマン型コンピュータの仕組みは、少なくともあと10年は変わらないと思います。メニー・コアでどのように計算させるか、まだ研究は尽くされていませんし、速く計算させるためのアルゴリズム研究もまだ取り組まなくてはなりません。また、最近注目されている量子アニーリング型の量子コンピュータとスーパーコンピュータでは、適用できる問題が異なります。暗号解読、最短路解析(巡回セールスマン問題)などで量子コンピュータは有望と言われていますが、気象計算など時間変化を求める計算では、コンピュータのある瞬間の動作が記述可能であることが重要で、現在のスーパーコンピュータは残っていくと考えています。

略歴

1984年3月筑波大学 大学院修士課程理工学研究科修了
1984年4月日本原子力研究所 計算センター
1994年-1995年コーネル大学コーネル理論センター訪問研究員
1998年4月日本原子力研究所 地球シミュレータ開発特別チーム
2002年7月産業技術総合研究所グリッド研究センター 副研究センター長
2006年4月理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部
2012年7月理化学研究所計算科学研究機構運用技術部門 部門長
2012年10月神戸大学大学院システム情報学研究科 教授

関連リンク

研究者