神戸大学経済学研究科の小林照義准教授らは、銀行間が優先度の異なる債務を抱えあう状態を多層的にモデル化することにより、金融危機(連鎖破綻)発生の新たなメカニズムを提示しました。

この研究結果を示した論文が6月24日、アメリカ物理学会誌「Physics」オンライン版でHighlight (Synopsis) として取り上げられました。

多層ネットワークでの金融危機 (連鎖破綻) のメカニズムを示した図

青:健全な銀行、黄:震源となる破綻銀行、赤:連鎖破綻した銀行、薄赤:優先度の低い債務の返済が滞った銀行をそれぞれ示す。


2008年のリーマン・ショックに始まる金融危機以降、金融市場のシステミック・リスクに関する研究は多くなされていましたが、その多くはネットワークを通じた情報の伝播メカニズムを説明する「情報カスケード・モデル」を応用したものでした。しかし、実際の金融市場はさまざまな取引が複層的に重なり合っているため、より複雑な構造を通じたリスク伝播のモデルが必要とされてきました。

ある金融機関が倒産した場合、優先順位の高い債権者(優先債)は、その残余資産による返済を受けることができますが、低い債権者(劣後債)は返済を受けることができません。従来の金融危機モデルでは、このような個々の債務優先度の違いに起因する返済リスクの差が全体に与える影響が不明でした。

今回、小林准教授らは「多層ネットワーク」上でのカスケード・モデルを応用し、例えば一層目のネットワークは劣後債の取引関係を、二層目は優先債の取引関係というように、債務の返済優先度の差異を層で表現。従来の標準モデルを任意の層数に一般化することで、債務優先度の違いに起因する返済リスクの差が及ぼす影響を明らかにしました。さらに、市場全体の債務構造がどのような場合に金融危機が発生するのか条件式を導出、シミュレーションによりその正しさを確認しました。その結果、優先度の高い債務が市場全体で50%以上あることがシステミック・リスクを最も低く保つための必要条件であることを明らかにしました。

現在、世界の金融規制の枠組みはBIS (Bank for International Settlements) に設置されているバーゼル委員会によって決められており、それに基づきシステミック・リスクを防ぐための様々なルールが各国において実施されています。しかし、金融機関同士が抱える債務の優先度合いによってシステミック・リスクが大きく変わりうることは、これまでの金融規制では考慮されていません。小林准教授は、「この研究の結果を踏まえると、債務構造の観点からの新たな規制が検討される必要がある」と話しています。

論文情報

タイトル

Cascades in multiplex financial networks with debts of different seniority

DOI

10.1103/PhysRevE.91.062813

著者

Charles D. Brummitt and Teruyoshi Kobayashi

掲載誌

Physics

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