神戸大学大学院農学研究科のRoumiana Tsenkova (ツェンコヴァ・ルミアナ) 教授の研究グループは、ブルガリア・アグロバイオ研究所のDimitar Djilianov教授が率いる研究グループと共同で、「復活植物 ※1」として知られる小さな植物群が水なしで長期間 (数ヶ月、数年) 生き残ることができるメカニズムの一部を解明しました。

アクアフォトミクス ※2 と呼ばれる、近赤外分光 ※3 を用いて水分子を解析する手法で「復活植物」の1つであるHaberlea rhodopensisの乾燥 ※4 および復活の全過程を研究した結果、乾燥中の復活植物は葉の中の水を再構成し、水分子を結びつけた状態で蓄積することによって乾燥期間に備えていることを明らかにしました。このような水構造の調節が、植物を脱水誘発損傷から保護し、乾燥状態で生き残ることを可能にするメカニズムであると考えられます。

水構造が乾燥ストレス時における植物の生命維持に重要であるという発見は、植物の干ばつ耐性能力向上そして生物工学の発展において、新たな方向性を見出すものです。

この研究論文は、2019年2月28日午前10時 (イギリス時間) にScientific Reportsにオンライン出版されました。

ポイント

  • 復活植物の葉内の水分子マトリックス ※5 構造は、システムの生体成分によって細かく調整されている。
  • 乾燥中、この微調節によって、細胞構造を保持しながら、含水率に関わらず水分子種を一定の比率で維持する。
  • 極度に乾燥した状態では、復活植物は水二量体と4つの水素結合を持つ水分子を蓄積しながら、自由な水分子の数を劇的に減少させる。
  • 再水和の間、細かく調整された方法で復活植物の葉内の水の分子構造は、最初の完全に生きた状態に回復する。
  • これらの現象はいずれも非復活型植物には見られなかった - 乾燥しても生きている間には水の構造に組織的な変化は見られず、回復不能な乾燥状態でもまだ多くの自由水分子が保存されている。
  • 初めて、完全に非破壊的な方法で、復活植物の乾燥と復活の全過程がモニターされ、復活植物の「死なずに乾く」能力は、自由水分子の大幅な減少、および4つの水素結合を有する水分子構造や水分子二量体の蓄積といった水分子の組織的なふるまいによって特徴付けられることが見出された。

研究の背景

生命と水は本質的に結びついています。しかし、生き物の中には、水なしで長期間生き残ることができるものが存在し、無水生物と呼ばれています。そして、それらの中には、ほとんど完全に乾燥した植物組織の状態で長期間 (数ヶ月、数年) 生き残ることができ、再び水を与えられたときに,迅速かつ完全に回復することができる「復活植物」として知られているいくつかの植物があります。近年、復活植物の乾燥耐性のメカニズムを解明するために、さまざまな研究が進んでいます。この現象を理解することは、遺伝子組み換えにより、乾燥に耐えられ、気候変動により適応することができる作物を作ることに役立つだけではなく、生命にとっての水の役割についての理解を深めることになります。

復活植物が脱水の影響に適応するための一連のメカニズムを持っていることはよく知られており、これらの適応性に関するのすべての研究は、細胞構造の完全性の保護と酸化ストレスに対する保護に注目したものとなっています。糖は復活植物において非常に重要な役割を果たすことが理解されていますが、特異的にいくつかの生物は糖を生産せず、特定のアミノ酸やいわゆる後期胚形成の豊富なタンパク質が重要な役割を果たしていることが復活能力研究の状況を複雑にしています。

生体内の水は、他の成分 (生体分子) と環境の影響によって常に形成されており、定義された数の異なる分子構造からなる複雑な分子マトリックスです。水は、全ての生物に共通して存在するにもかかわらず、復活植物の乾燥耐性において積極的な役割を果たす可能性について、これまで全く考慮されていませんでした。

研究の内容

図1.

復活植物種である Haberlea rhodopensisを、極端な乾燥耐性の根底にあるメカニズムを研究するためのモデルシステムとして使用した。

無水生物として知られる植物種は、地球上に約200種しか確認されていません。本研究では、無水生物の1つであるHaberlea rhodopensisと呼ばれる植物を研究しました。この植物は、非常に長い期間の極端な脱水に耐える能力を持ち、そして、給水後わずか数時間で、機能が完全に正常な状態に回復します。

本研究グループは特別な近赤外光を使用して、完全に非破壊的な方法で、Haberlea rhodopensisと、その相対的な非復活植物種Deinostigma eberhardtiiの乾燥および再水和のプロセスをモニターしました。これらの植物は遺伝的に非常に似ているにもかかわらず、一方は水のない状態で長期間生き残ることができ、もう一方は脱水症状に耐えることができないという、実際には劇的に異なる植物です。

アクアフォトミクスと呼ばれる近赤外分光法は、Tsenkova教授によって開発された新しいアプローチであり、植物の葉中の水分子の構造変化とそれが脱水および再水和の間にどのように変化するかについての洞察を可能にしました。この手法により、今回の研究に用いた二つの植物の水の構造が、世界で初めて観察されました。

葉の含水量を測定したところ、Haberlea rhodopensis は容易にそして非常に迅速に含水量をわずか約13%まで減少させることが明らかになりました。一方、Deinostigma eberhardtiiは、完全な脱水状況において生きている最後の時点 (水分量は約35%であり、その後は回復できない) まで水分を保持しようとしました。しかしながら、脱水状況の間に水分子の構造を調べると、Haberlea rhodopensisとは著しい違いを示しました。

図2. Haberlea rhodopensis (♦) とDeinostigma eberhardtii (◊) の乾燥時とその後の再水和時の相対水分量 (RWC%) の変化
図3. Haberlea rhodopensisおよびDeinostigma eberhardtiiの脱水および再水和中のさまざまな水分種の動態

Haberlea rhodopensis (A) およびDeinostigma eberhardtii (B) の乾燥およびその後の再水和 (Sr-プロトン化水クラスター、S0-遊離水分子、S1-水二量体、S2、S3およびS4-水分子) 中の水分種の相対吸光度 (それぞれ2、3、4個の水素結合)

Haberlea rhodopensisは水分を失っている間、特定の水分子構造の数−自由水分子、水分子の二量体、三量体、そしてより多くの水素結合水分子種−を同じ比率で保っていました (図3)。乾燥によりこれらの分子の数は減少しましたが、それらの関係は一定に保たれ、水をある状態に保つという植物の組織的な努力を示唆していました。Deinostigma eberhardtiiはその能力を示さず、葉内の水の分子種の比率はランダムに変動しました。

特に興味深いのは、両方の植物が完全に乾燥した状態にあるときの葉の水分構造が劇的に異なったことです。最終段階では、Haberlea rhodopensisは、すべての代謝過程にとって非常に重要な自由水分子を劇的に減少させ、水二量体と4つの水素結合を持つ水分子を蓄積させました。対照的に、Deinostigma eberhardtiiは水の構造の根本的な変化が全く見られず、生きている間は、完全に乾燥した状態においても、まだ多くの自由水分子が存在していました。

再水和の間、Haberleaは、ほとんどすべての水種の秩序ある増分変化を実行することによって、水構造の再編成の同じ組織化されたダイナミクスを示しました。

この研究により、水の含有量ではなく水の構造が生物の生存にとって重要であることが初めて示されました。

通常、私たちが生命について考えるとき、動いているシステムと動的な特徴とを関連付けて考えます。しかしながら、この独特の植物では、代謝の進行について目に見える徴候がない状態において、特定の水構造を達成することが生存手段でした。

結果として、今回の研究は、生命システムの最も基本的な特徴であると考えられるものに光を当てました。その核心にあるのは、力学ではなく構造的な組織です。そして水の構造は、細胞内で生成された糖、アミノ酸、その他の生体分子などの多数の物質によって形作られます。しかし植物にとって重要なことは、組織の保存と損傷の防止を可能にする水の分子構造の特定の状態の達成です。

今後の展開

この研究は、いくつかの有機体が極度の脱水状況において、注目すべき耐性を達成するメカニズムに対して理解を深める先駆的な取り組みです。それは植物の干ばつに対するより良い耐性を作り上げるための新しい標的の発見です。

アクアフォトミックス近赤外分光法は、生命の過程、水の構造および活動力の解明に対して、直接的でかつ非破壊的な洞察をリアルタイムで可能にします。さらに、植物の非生物的および生物的ストレスだけでなく、生命システムにおける他の多くの現象を研究するための貴重な新しいツールと見なすことができます。

用語解説

※1 復活植物
干ばつに反応して完全に乾いて枯れた後に回復する能力を持つ約200種類の植物種。
※2 アクアフォトミクス
さまざまな周波数の光とそれぞれの系の水との相互作用による、生物系および水系の組成、品質および機能の研究に関する新しい科学分野。
※3 近赤外分光法
電磁スペクトルの近赤外領域 (780~2500 nm) の光との相互作用を利用して、分析された物質/材料/サンプルの構造または物理的特性に関する情報を取得する分析手法。
※4 乾燥
極度の乾燥状態、または極度の乾燥プロセス。
※5 水分子マトリックス
水素結合の結果として共有結合の強さが異なるために異なる水分子種で構成された水分子ネットワーク、およびその場所により、さまざまな構造が同時に存在するため、さまざまな機能性が生じる。

謝辞

この研究は、食糧危機を回避するためのEUとアジアのマッチングを目的とした、日本科学振興協会「戦略的バイオリソース利用と保存のための若手研究者の実践的訓練プログラム」によって支援されました。研究はブルガリアのアグロバイオ研究所において、研究者S.KとH.Mの派遣滞在中に行われました。

経済的支援は、日本の科学研究振興協会の外国人研究者奨励フェローシップによって行われました (P17406~J.M.)。

論文情報

タイトル
Water molecular structure underpins extreme desiccation tolerance of the resurrection plant Haberlea rhodopensis
DOI
10.1038/s41598-019-39443-4
著者
Shinichiro Kuroki, Roumiana Tsenkova, Daniela Moyankova, Jelena Muncan, Hiroyuki Morita, Stefka Atanassova, Dimitar Djilianov
掲載誌
Scientific Reports

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