神戸大学大学院農学研究科の三宅親弘 教授らの研究グループは、非破壊的な光合成パラメーターの測定法により、植物における12の必須元素の欠乏ストレスを診断する方法の開発に成功しました。

植物の光合成反応は、乾燥や強光などの環境ストレスに応じて異なる応答を示します。本研究では、暗所に順応させた各栄養欠乏処理区のヒマワリに対し10分間の光を照射し、その間の光合成パラメーターの動態をレーダーチャート化することで、12の欠乏元素それぞれに特異的な応答を観測することができました。

本成果は、野外で生育する作物の栄養状態を短時間かつ簡便に診断する手法の実現可能性を強く示唆するものとなりました。

この研究成果は、6月23日付けで、科学雑誌「Antioxidants」に掲載されました。

ポイント

  • 非破壊的方法により光合成パラメーターを測定し、植物の必須元素の欠乏ストレスが光合成反応に与える影響を検証した。
  • 12種類の必須元素欠乏ストレスのそれぞれに対し、特異的な光合成パラメーターの動態を観測することができた。
  • 本研究で得られたデータにより、野外で生育する作物の栄養診断システム開発の実現可能性が強く示唆された。

研究の背景

近年の世界人口の増加に伴い、食糧の需要が急速に高まっています。現在世界中で、作物の生産性を向上させるため、様々な取り組みが行われています。作物の増収を目指す上で、光エネルギーを吸収し、大気中の二酸化炭素から糖を合成する光合成反応は、極めて重要な反応です。光合成反応による作物の生産能力を向上させるには、二つのアプローチがあります。一つは、光合成能力の最大値を高めること、もう一つは、光合成能力の最小値を引き上げることです。作物が生育する野外環境では、乾燥や強光、土壌中の栄養素の過不足など様々なストレスが存在し、光合成反応を抑制します。これらの環境ストレスにより光合成反応が抑制されると、光合成反応系において活性酸素種が生成し、酸化障害が生じることが知られています。過去の報告では、この酸化障害により、理論的な最大収量の6 – 8割近くの減収が生じることが示唆されています。したがって、環境ストレスによる光合成能力の低下を最小限に抑えることは、作物の増収に大きく貢献することが予想されます。本研究チームは、環境ストレス応答として機能する“光合成の制御メカニズム”の正しい理解と、農業への応用を目指し研究を続けています。

光合成反応は、大きく分けて二つの反応系からなります。一つは光エネルギーを電子、すなわち還元力に変換し、NADPHやATPを生成する光合成電子伝達反応です。もう一つは、それらの化学エネルギーを用いて大気中の二酸化炭素 (CO2) を有機化合物に固定し、糖を生合成するCO2同化反応です。これら二つの反応形は、NADPHやATPといった化学エネルギー物質を通じて密接な相互関係を築いており、片方に異常が生じると、もう一方にも大きく影響を及ぼします。CO2同化反応効率の低下は、光合成電子伝達反応で変換される還元力の消費を滞らせ、光合成電子伝達系に過剰な還元力を蓄積させる危険性を高めます。これまでの研究で、人為的に光合成電子伝達系に還元力を蓄積させると、チラコイド膜上の光化学系I (PSI) において酸素が一電子還元され、活性酸素種(Reactive oxygen species; ROS)であるO2–が生成することが明らかになっています。このROSが蓄積すると、PSIは酸化障害を被り光合成能力が低下してしまいます。

しかし近年、このROSの生成を抑制するための分子メカニズムが明らかとなってきました。乾燥や強光など、CO2同化反応効率が低下するようなストレス環境下では、PSIの反応中心クロロフィルであるP700が酸化状態で保たれることにより、ROS生成の場であるPSIでの還元力の蓄積を緩和していることが分かっています。本研究チームはこの“P700の酸化”に着目し、作物のストレス状態を示すバイオマーカーとしての利用を試みてきました。

研究の内容

図1

本研究では、植物における12の必須元素 (窒素–N・リン–P・カリウム–K・硫黄–S・カルシウム–Ca・亜鉛–Zn・モリブデン–Mo・ホウ素–B・鉄–Fe・マンガン–Mn・銅–Cu・マグネシウム–Mg) の欠乏処理を一週間施したヒマワリを用い、クロロフィル蛍光およびP700吸光の非破壊的測定を行いました (図1)。

図2

まず、定常光下でのP700酸化レベルが栄養欠乏によりどのような影響を受けるのかを検証しました。先行研究では、電子伝達活性に対し、酸化型のP700の存在割合は負の相関を示すことが明らかになっています。本研究では欠乏元素に応じて、従来観測されてきた負の相関関係に則るものと、その関係が成立しないものに大別することができました(図2)。このことは、欠乏する元素によって、光合成反応に異なる影響がもたらされることを示唆します。

そこで本研究チームは、欠乏元素ごとのより細かい症状を見出すべく、光合成パラメーターが最もダイナミックに変化する光照射誘導期に着目し、各栄養欠乏ストレスが及ぼす影響を検証しました。その結果、4つのパラメーターの動態を示したレーダーチャート (Original Plot) および、各パラメーターに演算処理を施したレーダーチャート(Normalized Plot)の二つを併せることで、12の必須元素の欠乏ストレスのそれぞれに特異的な特徴を見出すことができました (図3)。

本研究で行った非破壊的な光合成パラメーターの測定は、元素欠乏処理から1週間後に行われており、元素欠乏による見た目の異常が少ない時に得られたものです。すなわち、まだ見た目に大きな症状が出ていない早期段階でも、作物の栄養不足の症状を検知することができる診断法としての利用が期待されます。また、現在コムギについても同様の診断法を適用し、欠乏元素ごとの特徴を見出しています (未発表)。幅広い作物種においても、この診断法により栄養状態を診断することができる可能性があります。

図3 10分の光照射誘導期における光合成パラメーターの動きのレーダーチャート

今後の展開

本研究で用いた測定系を用い、より複雑な栄養条件である実際の農業環境で生育する作物の栄養診断に適応できるかどうか、土壌および植物体の元素分析や生長解析等と合わせて進めていく予定です。また、今回12種類の必須元素の欠乏処理によりそれぞれ異なる光合成パラメーターの動態を観測することができましたが、なぜ各元素の欠乏がそのような光合成反応の応答を引き起こすのか、その詳細なメカニズムの理解に向け、解析を進めていく必要があると考えています。

研究資金

JST CRESTグランド番号 JPMJCR1503 (代表者:三宅親弘)

論文情報

タイトル
Photosynthetic Parameters Show Specific Responses to Essential Mineral Deficiencies
DOI
10.3390/antiox10070996
著者
大西美帆1,2,*、古谷吏侑1,2,*、早乙女孝行2,3、鈴木武志1,2、和田慎也1,2、田中颯真1、伊福健太郎4、上野大勢5、三宅親弘1,2,#

1 神戸大学大学院農学研究科、2 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 (CREST)、3 分光計器株式会社、4 京都大学大学院農学研究科、5 高知大農林海洋科学部
第一著者、# 責任著者

掲載誌
Antioxidants Volume 10, Issue 7

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