神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授、放射線診断学分野の野上宗伸特命准教授らの研究グループは、世界で最も広く使われている糖尿病治療薬が「便の中にブドウ糖を排泄させる」という作用を持つことを、人を対象とした研究で明らかとしました。

メトホルミンは60年以上前から使われ、現在も世界で最も多くの患者が飲んでいる糖尿病治療薬です。メトホルミンを飲めば患者の血糖値 (血液中のブドウ糖の濃度) は下がりますが、そのメカニズムは明らかではなく、メトホルミンの作用メカニズムの研究は世界中で盛んにおこなわれています。

今回、PET-MRIという新しい放射線診断装置を用いた生体イメージング研究により、メトホルミンを飲んだ患者は、血液中のブドウ糖が、大腸から便の中に出ていく (排泄される) ことが解りました。これは今まで全く想定されていなかった新発見です。

今回発見された「便の中にブドウ糖を排泄する」という作用によって、今まで明らかでなかったさまざまなメトホルミンの効果を説明できる可能性があり、また、この発見は新しい糖尿病治療薬の開発に繋がることが期待されます。

この研究成果は、6月3日 (米国東部標準時) に米国糖尿病学会学会誌「Diabetes Care」に掲載されました。

ポイント

  • メトホルミンは世界で最も多くの患者が服用する糖尿病治療薬だが、その作用メカニズムは明らかではなかった。
  • 人を対象とした生体イメージング研究により、メトホルミンが「便の中にブドウ糖を排泄させる」という作用を持つことを明らかとした。
  • この作用によって様々なメトホルミンの効果を説明できる可能性があり、また、新しい糖尿病治療薬の開発に繋がることが期待される。

研究の背景

糖尿病は血糖値 (血液の中のブドウ糖の濃度) が高くなる病気であり、血糖値の上昇が血管を傷つけることにより、様々な病気を引き起こします。日本の糖尿病患者数は1000万人を超えるとされ、糖尿病によって引き起こされる様々な合併症の予防は、医療の重要な課題です。

血糖値を下げる薬としては様々なものが開発されています。その中でも、メトホルミンは最も古くから使われている薬剤であり、発売開始後60年以上が経過します。メトホルミンは多くの国で最初に処方すべき薬剤として推奨されており、現在、世界で最も多くの患者が飲んでいる糖尿病治療薬です。

メトホルミンを飲めば患者の血糖値は下がりますが、メトホルミンがどのようなメカニズムで血糖を下げるのかは、はっきりと解っていません。メトホルミン作用メカニズムがわかれば、より良い糖尿病治療薬の開発に繋がります。そのため、メトホルミンの作用の研究は世界中で盛んにおこなわれています。

研究の内容

FDG-PET (fluorodeoxyglucose-positron emission tomography、フルオロデオシグルコース-ポジトロン断層撮影) は、ブドウ糖に良く似た物質であるFDGを患者の血管の中に投与し、その後FDGが体の中のどこに集まるかを調べる検査です。

FDGは人の体の中でブドウ糖と同じような動きをするので、体の中でブドウ糖がどのように動いているか、どのような臓器がブドウ糖をたくさん使うかなどを調べることができます (注1) 。

FDG-PETは、通常PET装置とCT(computed tomography、コンピューター断層撮影)装置が一体化した装置を用いてFDG-PETとCTの画像を得て、FDGが体の中のどこに集まっているかを詳しく調べます。最近、PET装置とMRI (magnetic resonance imaging、核磁気共鳴画像法) 装置が一体化したPET-MRIという装置が開発されました。MRIは強力な磁力を利用して体の中を詳しく調べる検査ですが、CTでは解らない構造なども調べることができる点で優れています。ET-MRIは、全国でまだ9台しか設置されてない貴重な検査装置です。

小川教授らはPET-MRIを使って、メトホルミンを飲んでいる糖尿病患者と飲んでいない糖尿病患者の体の中でブドウ糖の動きを調べました。その結果、メトホルミンを飲んでいる患者は、ブドウ糖 (FDG) が腸に集まることがわかりました (図1)。さらに、腸の中でどこに集まっているかを知るために、「腸の壁」と「腸の中 (便やそのほかの内容物) 」に分けて調べたところ、小腸の肛門に近い部分 (回腸) から先では、メトホルミンを飲んでいる患者の体内では、「腸の中」にブドウ糖がたくさん集まることが解りました (図2)。一方、「腸の壁」へのブドウ糖の集まり方には、メトホルミンを飲んでいる患者と飲んでいない患者の間で差はありませんでした。

図1.メトホルミンを飲んでいる患者と飲んでいない患者の代表的なFDG-PET MRI画像

FDG (ブドウ糖) が集まったところは黒く見える。右のメトホルミン服用者では腸が黒く写り、FDG (ブドウ糖) が腸に集まっていることがわかる。

図2.メトホルミンを服用すると「腸の中」にブドウ糖が集まる

左) 腸の壁 (上) と腸の中 (下) へFDGが集まっている様子 (集まり方の程度によって色調が変わるカラー画像処理)。
右) 腸の中へのブドウ糖の集まり方。小腸の肛門に近い部分 (回腸) より肛門側の腸ではメトホルミンを飲んでいるとブドウ糖が多く集まるようになる。

この結果は、メトホルミンを飲むと血液の中のブドウ糖が、腸から便の中へ出てゆくことを示しています。メトホルミンがブドウ糖を便の中へ出させることはもとより、人の体の中で、ブドウ糖が腸から便の中に出てゆくという現象自体、今まで知られていなかった発見です。

最近、SGLT2阻害剤という「尿の中にブドウ糖を出す」作用を持つ糖病治療薬が発売され、その効果に注目が集まっていますが、今回見つかった「便の中へブドウ糖を出す」という作用もメトホルミンが血糖値を下げる効果と関係している可能性があります。

この研究の意義と今後の展開

以前にPET-CTを用いた検討で、メトホルミンを飲むと腸にブドウ糖が集まることは報告されていましたが、十分な根拠のないまま、ブドウ糖は「腸の壁」に集まると信じられていました。今回、PET-MRIという新しい装置を使うことにより、はじめてブドウ糖の集まり方を「腸の壁」と「便の中」に分けて調べることができ、「便の中」に集まることが解りました。

糖尿病治療薬の新薬であるSGLT2阻害剤を飲むと、1日当たり数10グラムのブドウ糖が尿の中に出ていきます。今回の検討では、メトホルミンによって便の中に何グラムのブドウ糖が出てゆくかという量的な評価はできません。今後、新しい撮像法を開発し、量的な評価ができれば、今回の発見の意義が一層明らかになると考えられます。

メトホルミンによる腸内細菌叢の変化(注2)も、血糖を下げる作用と関係していると考えられていますが、メトホルミンがどのようなメカニズムで腸内細菌叢を変化させるかは全く分かっていません。ブドウ糖など栄養素の変化は細菌の増殖に影響を及ぼすため、便にブドウ糖を出すことと腸内細菌叢の変化は関係している可能性があります。

補足説明

(注1)
がんは正常の組織に比べてたくさんのブドウ糖を使うので、FDG-PETは他の検査ではみつかりにくいがんを発見することにも用いられます。
(注2)
人間の腸の中には100兆から1000兆個もの腸内細菌が生息しており、そのような細菌の全体を腸内細菌叢 (腸内フローラ) と呼びます。腸内細菌叢の変化は病気の起こり方や薬の効果などに関係することが知られています。

論文情報

タイトル
Enhanced Release of Glucose into the Intraluminal Space of the Intestine Associated with Metformin Treatment as Revealed by [18F]Fluorodeoxyglucose PET-MRI
DOI
10.2337/dc20-0093
著者
Yasuko Morita1, Munenobu Nogami2, Kazuhiko Sakaguchi1, Yuko Okada1, Yushi Hirota1, Kenji Sugawara1, Yoshikazu Tamori1,3, Feibi Zeng2, Takamichi Murakami2, and Wataru Ogawa1,*

1 神戸大学大学院医学研究科 内科学分野 糖尿病・内分泌内科学部門
2 神戸大学大学院医学研究科 放射線診断学分野
3 神戸大学大学院医学研究科 地域社会医学・健康科学分野 健康創造推進学部門
* Corresponding author
掲載誌
Diabetes Care

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