神戸大学大学院医学研究科の今福仁美講師、谷村憲司特命教授 (産科婦人科学分野) らと、山本あかね博士課程学生、廣田勇士准教授 (糖尿病・内分泌内科学部門) らの研究グループは、1型糖尿病合併の女性が妊娠中にセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) を行うと、血糖自己測定 (SMBG) をしながらインスリンポンプ療法 (CSII療法) を行う場合に比べて、在胎不当過大児の発症が大幅に減少することを発見しました。妊娠中の血糖値が高いと赤ちゃんが巨大化しやすい傾向にありますが、本研究成果により、今後、1型糖尿病合併の女性が妊娠中に積極的にセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) を行うことで、在胎不当過大児の発症が減ることが期待されます。
この研究成果は、9月14日にJournal of Diabetes Investigationに掲載されました。
ポイント
- 1型糖尿病の女性が妊娠中にセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) を使うと、血糖自己測定 (SMBG) をしながらインスリンポンプ療法 (CSII療法) を行うよりも胎児の巨大化を防ぐことができる。
- 妊娠が分かってからセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) に切り替えても、胎児の巨大化を防ぐ効果がある。
研究の背景
1型糖尿病は、なんらかの理由で膵臓のインスリン*1を出す細胞が壊され、インスリンを出す力が弱くなったり、インスリンが出なくなってしまう病気で、治療にはインスリンが必要です。小児期から高齢期まで幅広い年齢で発症し、1型糖尿病をもつ女性が妊娠することも少なくありません。
インスリン治療は、注射で体にインスリンを注入する方法しかありません。インスリン注射の方法には、頻回に注射をする「頻回インスリン注射療法」と、ポンプを用いて持続的に注入する「インスリンポンプ療法 (CSII療法)」があります。またインスリンの効果を確かめるために、血糖が上がりすぎていないか、下がりすぎていないかをこまめに確認する必要があります。血糖を確認する方法には、簡易血糖測定器を使って自分で血糖値を測定する「血糖自己測定 (SMBG) 法」と、体にセンサーをつけておき持続で血糖を測定する「持続血糖測定法 (CGM)」があります。また、近年では、インスリンポンプと持続血糖測定センサーが連携し、血糖値に応じて自動的にインスリン投与量を調節するコンピューターが内蔵された「センサー機能付きインスリンポンプ (SAP)」も登場しました。
1型糖尿病をもつ女性は、妊娠中の血糖コントロールが悪いと、妊娠高血圧症候群*2になってしまったり、赤ちゃんが大きくなりすぎたり、生まれた赤ちゃんが呼吸をしづらくなったり、低血糖を起こしたり、といった様々な合併症が起きることが知られています。しかしながら、1型糖尿病をもつ女性が妊娠した時に、このような合併症を減らすにはどのようなインスリン治療法と血糖測定法がよいのか、はっきりとした指針は出ていません。
インスリンポンプ療法は個人の生活スタイルに合わせてインスリン量や注入方法を細やかに、また速やかに調整することが可能であるため、最近はインスリンポンプ療法を利用する1型糖尿病の方が増えています。そこで、われわれは、インスリンポンプ療法を行っている1型糖尿病の女性が妊娠した時に、センサー機能付きインスリンポンプを使用することで、妊娠中や赤ちゃんの合併症を減らすことができるかどうか調査しました。
研究の内容
2008年4月から2022年8月までに神戸大学医学部附属病院産科婦人科と糖尿病内分泌内科にかかりながら妊娠、出産した1型糖尿病をもつ女性のうち、センサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) もしくは血糖自己測定 (SMBG) 法とインスリンポンプ療法 (CSII療法) で治療を受けている女性の妊娠のカルテ調査を行いました。妊娠中や赤ちゃんの合併症として、妊娠高血圧症候群、赤ちゃんの巨大化の指標として在胎不当過大児*3、生まれたときの呼吸窮迫症候群、生まれてからの低血糖、多血症、黄疸の有無を調査するものです。
センサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) を受けている女性の妊娠 (40妊娠) では、血糖自己測定 (SMBG) 法とインスリンポンプ療法 (CSII療法) で治療を受けている女性の妊娠 (29妊娠) よりも圧倒的に在胎不当過大児の割合が少ない (27.5% vs. 65.5%) という結果でした。この27.5%という数字は、これまでに1型糖尿病をもつ女性の妊娠結果として報告されている在胎不当過大児の割合 (33.6%~63.6%) よりも少ないものでした。在胎不当過大児以外の合併症に差はありませんでした。血糖自己測定 (SMBG) 法とインスリンポンプ療法 (CSII療法) よりも、センサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) の方がよりよいインスリン量の調整が行えていることが示唆されており、その効果の一つがこのような結果になっていると考えられます。
また、妊娠が分かってからセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) に切り替えた女性の妊娠 (16妊娠) と妊娠前からセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) を行っていた女性の妊娠 (24妊娠) を比べてみましたが、在胎不当過大児の割合に差はありませんでした。妊娠が分かってからセンサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) に切り替えても、センサー機能付きインスリンポンプ療法 (SAP療法) による在胎不当過大児を防ぐ効果はあると考えられます。
今後の展開
妊娠中にセンサー機能付きインスリンポンプ (SAP) を使用すると、胎児の巨大化を防ぐことできるということが分かりました。センサー機能付きインスリンポンプ (SAP) には、24時間の血糖のデータが記録されています。今後は、1型糖尿病をもつ女性の妊娠中の24時間の血糖データを分析することで、胎児巨大化を防ぐためには、いつから (妊娠何週目頃から) どのような血糖値になるようにコントロールすればよいか、妊娠高血圧症候群や赤ちゃんの低血糖など、在胎不当過大児以外の合併症を減らすことができないのか、調査していきたいと考えています。
用語解説
- *1 インスリン
- 膵臓で作られ、血糖を下げる働きがあるホルモン。
- *2 妊娠高血圧症候群
- 妊娠中に高血圧をみとめる状態。いわゆる「妊娠中毒症」。肝臓・腎臓の働きが悪くなったり、脳出血を起こしたり、妊婦さんの命の危険を引き起こすこともある。
- *3 在胎不当過大児
- 同じ妊娠週数で生まれた赤ちゃんのうち、体重が重い方から10%に含まれる赤ちゃん。
論文情報
- タイトル
- “Advantages of sensor-augmented insulin pump therapy for pregnant women with type 1 diabetes mellitus”
- DOI
- 10.1111/jdi.14075
- 著者
- Hitomi Imafuku, Kenji Tanimura, Naohisa Masuko, Masako Tomimoto, Yutoku Shi, Akiko Uchida, Masashi Deguchi, Kazumichi Fujioka, Akane Yamamoto, Kei Yoshino, Yushi Hirota, Wataru Ogawa, Yoshito Terai
- 掲載誌
- Journal of Diabetes Investigation