神戸大学大学院医学研究科の谷村憲司准教授 (産科婦人科学分野)、手稲渓仁会病院不育症センターの山田秀人センター長と、大阪大学微生物病研究所の荒瀬尚教授らの研究グループは、2015年に神戸大学と大阪大学の共同研究によって発見された血栓症などの原因となる新しい自己抗体 (ネオセルフ抗体) が、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全など妊娠中の異常に関与することを世界で初めて証明しました。

今後、原因がよく分かっていない妊娠高血圧症候群、胎児発育不全、不育症、不妊症の発症メカニズムの解明や治療薬の開発に役立つことが期待されます。

この研究成果は、6月30日に、『International Journal of Molecular Sciences』に掲載されました。

ポイント

  • 私たちは、血栓症や流産の原因となる抗リン脂質抗体症候群という病気を引き起こす新しい自己抗体 (ネオセルフ抗体) を発見し、2015年に論文発表した。
  • 2020年に不育症女性の約1/4でネオセルフ抗体が陽性であり、ネオセルフ抗体が不育症の主な原因であることを報告した。
  • 2023年に不妊症の18%、反復着床不全*1の28%にネオセルフ抗体が関与することを報告した。
  • 神戸大学を中心とする4つの大学病院を含む全国5つの病院で、不育症、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全、早産を持つ女性に対してネオセルフ抗体を測定する共同研究を行った。
  • 不育症、不妊症に引き続き、ネオセルフ抗体が妊娠高血圧症候群と胎児発育不全の原因になっている可能性があることが分かった。
  • 本研究の成果は、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全、不育症、不妊症などの発症メカニズム解明や治療法開発につながり、少子化問題解決のカギになることが期待される。

研究の背景

高血圧に脳、肝臓、腎臓など重要な臓器への障害が加わり、妊婦や赤ちゃんの命に危険を及ぼす危険性がある妊娠高血圧症候群という妊娠中に特有な病気があります。また、胎児が同じ妊娠週数の標準的な胎児の体重と比べてかなり軽く、ひどい場合には胎児が子宮の中で死んでしまったり、産まれてもすぐ死んでしまったりする危険性がある胎児発育不全という妊娠中に特有な病気もあります。日本では少子化問題が深刻になっていますが、せっかく妊娠できても、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全などが起こってしまうと、早い妊娠週数で妊婦の命を守るために帝王切開が必要となったり、赤ちゃんが死んでしまったり、生存しても重い後遺症を持ったりする危険性があります。しかし、現在のところ、これらの妊娠中の疾患 (以下、産科異常症という) が起こるメカニズムはほとんど分かっておらず、有効な治療法もありません。

一方、大阪大学微生物病研究所 (微研) の荒瀬尚教授と神戸大学医学研究科の谷村憲司准教授の共同研究によって、脳梗塞などの血栓症や流産、妊娠高血圧症候群などの病気を引き起こす抗リン脂質抗体症候群という病気の原因となる新しい自己抗体 (ネオセルフ抗体) を発見し、2015年に論文発表しました。その後、神戸大学を中心とする5つの大学病院の共同研究で、妊娠は出来ても流産を繰り返して元気な赤ちゃんを得ることができない不育症に悩む女性227人の約1/4でネオセルフ抗体が陽性であり、ネオセルフ抗体が不育症の主な原因である可能性が明らかになり、2020年に論文発表しました。ごく最近では、手稲渓仁会病院、山梨大学、神戸大学の共同研究でネオセルフ抗体が不妊症、子宮内膜症性不妊、反復着床不全にも関連することが分かり、本年、論文発表しました。

このように、ネオセルフ抗体と不妊症、不育症との関係が明らかになる中、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全、早産など産科異常症とネオセルフ抗体が関係するかは今まで検討されていませんでした。そこで今回、神戸大学を中心とする全国4つの大学病院と手稲渓仁会病院の合計5つの病院による共同研究によって、産科異常症とネオセルフ抗体の間にも関連性があるかを世界で初めて調べました。

研究の内容

この研究に参加した全国5病院に通院もしくは入院した①不育症女性と②過去もしくは現在の妊娠中に妊娠高血圧症候群や胎児発育不全や早産になった女性と③持病も過去の妊娠中に産科異常症もなく、今回の妊娠中にも問題なく満期に正常の大きさの赤ちゃんを出産した産後女性 (以下、正常分娩女性という) のそれぞれに対して、同意のうえで採血し、ネオセルフ抗体を測定しました。そして、①~③のそれぞれのグループにおけるネオセルフ抗体の陽性率を比較、統計処理することで、不育症、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全、早産のそれぞれとネオセルフ抗体との関連性を調べました。

なお、ネオセルフ抗体は、抗リン脂質抗体症候群を引き起こす抗体の標的であると考えられているβ2グリコプロテインIという蛋白質と抗リン脂質抗体症候群になりやすい型のHLAクラスⅡが合体したもの (以下、複合体という) を細胞表面に出した細胞をつくり、患者さんの血液と反応させて、細胞表面の複合体と結合した抗体を検出するという私たちが考え出した特許技術を使って測定しました。

その結果、ネオセルフ抗体は、不育症女性462人中78人 (16.9%)、過去もしくは現在の妊娠中に妊娠高血圧症候群になった女性138人中24人 (17.4%)、過去もしくは現在の妊娠中に胎児発育不全を持った女性124人中19人 (15.3%)、過去もしくは現在の妊娠中に早産した女性71人中8人 (11.3%)、正常分娩女性488人中27人 (5.5%) で陽性となることが分かりました。女性の年齢、ボディマス指数 (肥満度を表す指数) 、喫煙など妊娠高血圧症候群や胎児発育不全に影響を及ぼしそうな他の要因を考慮して、ネオセルフ抗体とそれぞれの産科異常症との関連の強さを統計処理して調べたところ、不育症、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全のそれぞれとネオセルフ抗体との間に関連性があることが分かりました (表)。

ネオセルフ抗体を研究することで、不育症、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全の発症メカニズムが解明でき、これらの病気やその後遺症に苦しむカップルや妊婦、子供たちの数を減らすことができ、強いては少子化問題を解決するカギになるかもしれません。

今後の展開

今回の研究によって、私たちが発見した新しい自己抗体 (ネオセルフ抗体) が既に報告した不育症や不妊症ばかりでなく、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全などの産科異常症にも関連することが分かりました。

今後は、ネオセルフ抗体の産生を抑えたり、その働きを阻害したりするような薬剤を開発し、不育症、不妊症や妊娠高血圧症候群や胎児発育不全の治療に結び付けたいと考えています。さらに、リウマチなど患者数の多い自己免疫疾患においても、それらを引き起こすネオセルフ抗体が存在する可能性があり、免疫学の分野にも革新的な発展をもたらすかもしれません。

用語解説

*1 反復着床不全
妊娠が成り立つには受精卵が子宮内膜に引っ付く必要があり、これを着床と言う。不妊治療で体外受精や顕微授精を行って受精卵を子宮に戻しても着床せず、妊娠しないことを繰り返す状態を反復着床不全と言う。
*2 調整オッズ比
ある因子と病気との関連性の強さを表す指標をオッズ比と言う。特に、関連性を調べたい因子の他に病気の発生と関係しそうな因子 (例えば、年齢、性別、喫煙など) の影響を取り除いたオッズ比を調整オッズ比と言う。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED)、日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業、文部科学省(MEXT) 科学研究費助成事業からご支援をいただきました。

論文情報

タイトル
Anti-β2-glycoprotein I/HLA-DR Antibody and Adverse Obstetric Outcomes
DOI
10.3390/ijms241310958
著者
Kenji Tanimura, Shigeru Saito, Sayaka Tsuda, Yosuke Ono, Hajime Ota, Shinichiro Wada, Masashi Deguchi, Mikiya Nakatsuka, Takeshi Nagamatsu, Tomoyuki Fujii, Gen Kobashi, Hisashi Arase and Hideto Yamada
掲載誌
International Journal of Molecular Sciences

研究者

SDGs

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