山梨大学医学部附属病院産婦人科の小野洋輔特任助教、吉野修教授、医療法人渓仁会手稲渓仁会病院不育症センター長の山田秀人 (北海道大学客員教授)、および神戸大学医学部附属病院総合周産期母子医療センターの谷村憲司准教授らを中心とする研究グループは、不妊症患者の中に血栓症などの原因となる新規自己抗体であるネオセルフ抗体が陽性の患者が存在することを世界で初めて証明しました。ネオセルフ抗体陽性者には、子宮内膜症を有する患者が多く、子宮内膜症自体がネオセルフ抗体陽性のリスク因子であることがわかりました。また、生殖補助医療 (ART) を受ける不妊症患者のうち、ネオセルフ抗体陽性患者では、着床不全を繰り返す患者が多く、3回以上の着床不全を繰り返す患者では、ネオセルフ抗体が陽性となるリスクが多いこともわかりました。

本研究では、不妊症におけるネオセルフ抗体の関与について初めて検討されたもので、これまで有効な治療法がなかった着床不全を繰り返す不妊症患者にとっては朗報となる研究成果です。この研究成果は、5月18日に、米国の科学雑誌 Journal of Reproductive Immunology にオンライン掲載されました。

発表のポイント

  • 不妊症女性の17.9%がネオセルフ抗体陽性と判明した。
  • ネオセルフ抗体陽性者の方が陰性者より、子宮内膜症を有する頻度が高く、子宮内膜症は、ネオセルフ抗体陽性の有意な関連因子であった。
  • ネオセルフ抗体陽性者では、反復着床不全患者の割合が、抗体陰性群より高く、反復着床不全は、ネオセルフ抗体陽性の有意な関連因子であった。
  • ネオセルフ抗体は、不妊症、子宮内膜症、反復着床不全の病態生理と関連し、不妊症の新しい治療ターゲットとなる可能性がある。

研究の背景

少子化が加速する本邦において不妊症に対する治療法の向上は必須課題です。とくに体外受精・胚移植を受ける患者の中で良好な受精卵を繰り返し子宮内膜に移植しても妊娠が成立しない難治性不妊は、反復着床不全と呼ばれています。反復着床不全に対する治療法の開発は急務ですが、有効な治療法が定まっておりません。

ネオセルフ抗体 (抗β2GPI/HLA-DR抗体) は、2015年に神戸大学と大阪大学の共同研究によって、重要な臓器の血管に血の塊が詰まって生命を脅かす血栓症や流産、妊婦の生命を脅かす妊娠高血圧症候群などの病気を引き起こす抗リン脂質抗体症候群という病気の原因となる新しい自己抗体として発見されました。同グループらにより原因不明の流産を繰り返す不育症患者においても、流産を引き起こす原因となることが示されています。ネオセルフ抗体は、子宮内膜の血管に存在し、血栓症の原因となると考えられているため、着床時にも関与している可能性が考えられ、不妊症患者において検討されました。

研究の内容

本研究では、不妊症外来を受診した不妊症カップルに同意を得て、ネオセルフ抗体を測定し、各患者の不妊症リスク因子、不妊治療歴について調べました。ネオセルフ抗体は、神戸大学と大阪大学が考えだした手法 (特許技術) で、血液検査をすることで、測定しました。

図1 子宮内膜症の有無別でのネオセルフ抗体価

不妊症患者224名のうち17.9%がネオセルフ抗体陽性とわかりました。ネオセルフ抗体を有する女性では、不妊症のリスク因子である子宮内膜症の合併率が32.5%と抗体を持たない女性の17.4%よりも有意に高いことがわかりました (図1)。どの不妊症リスク因子が、ネオセルフ抗体陽性と関連するかを多変量解析で調べてみると、子宮内膜症が合併すると、ネオセルフ抗体陽性になるリスクが3倍になることがわかりました。不妊症を呈する子宮内膜症患者の子宮内膜症組織には、ネオセルフ抗原が発現していることが、免疫染色でも確認できました (図2)。

図2 子宮内膜症病変におけるネオセルフ抗原の発現

体外受精・胚移植などのARTを受けた女性148人の中では、15.5%がネオセルフ抗体陽性とわかりました。ネオセルフ抗体陽性者では、反復着床不全 (胚移植を3回以上施行しても妊娠が成立しない場合と定義) 患者の割合が、ART患者の43.5%であり、陰性者の20.8%より有意に高いことが明らかとなりました (図3)。ART患者においてどのリスク因子が、ネオセルフ抗体陽性と関連するかを多変量解析で評価すると、反復着床不全既往のある患者は、ネオセルフ抗体陽性となるリスクが2.9倍高いことがわかりました。

図3 ARTを受けた女性で反復着床障害の有無別でのネオセルフ抗体価
図4 ネオセルフ抗体陽性者の着床不全メカニズム(仮説)

ネオセルフ抗原は、子宮内膜に存在することが報告されているため、着床時にネオセルフ抗原が、抗体よって攻撃を受けることで着床が障害されることが予想されます (図4)。以上のことからネオセルフ抗体は、不妊症、子宮内膜症、反復着床不全の病態生理と関連し、不妊症の新たな治療ターゲットとなる可能性があります。

今後の展開

本研究では、患者の背景や不妊治療歴からネオセルフ抗体が不妊症 (反復着床不全) や子宮内膜症と関連していることが、初めて示唆されました。今後はネオセルフ抗体陽性者が、どのような妊娠転帰をとるかについて前向きな研究が必要です。ネオセルフ抗体は血栓症を来す可能性があり、抗血小板療法 (低用量アスピリン療法) や抗凝固療法 (ヘパリン療法) などが有効である可能性があります。将来的に不妊症や挙児希望のある子宮内膜症患者のネオセルフ抗体を測定し、陽性者に妊娠前から抗血小板療法や抗凝固療法行うことで妊娠率や生児獲得率を改善させる可能性があり、ネオセルフ抗体を測定することがプレコンセプションケアに繋がる可能性があります。

用語解説

ART
Assisted Reproductive Technologyとは、「妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子、あるいは胚を取り扱うことを含むすべての治療あるいは方法」である。一般的には体外受精・胚移植 (IVF-ET)、卵細胞質内精子注入・胚移植 (ICSI-ET)、および凍結・融解胚移植等の不妊症治療法の総称のこと。

論文情報

タイトル
Anti-β2-Glycoprotein I/HLA-DR antibody in infertility
DOI
10.1016/j.jri.2023.103955
著者
Yosuke Ono, Shinichiro Wada, Hajime Ota, Yoshiyuki Fukushi, Kenji Tanimura, Osamu Yoshino, Hisashi Arase, and Hideto Yamada
掲載誌
Journal of Reproductive Immunology

研究者

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