神戸大学大学院農学研究科の藤本龍准教授とアクタ アヤシャ (博士後期課程)らの研究グループは、アブラナ科野菜の春化 (バーナリゼーション) ※1 機構についての総説論文を発表しました。
本総説は、2021年2月9日に、Frontiers in Plant Science にオンライン掲載されました。
ポイント
- アブラナ科野菜の春化の鍵遺伝子として知られているFLOWERING LOCUS C (FLC)の発現機構について最近の知見を総説論文としてまとめた。
- ハクサイ、コマツナ、カブ、キャベツ等のアブラナ科葉根菜は、花芽をつけると商品価値が損なわれることから、栽培時に低温にさらされても花成誘導されにくい品種 (晩抽性品種) への需要が高く、本総説論文はアブラナ科葉根菜の品種育成への貢献が期待される。
研究の背景
アブラナ科野菜であるハクサイ、コマツナ、カブ等のBrassica rapa種やキャベツ等のBrassica oleracea種は (図1)、花成誘導のためには、長期間の低温にさらされる必要があります。このような現象を春化 (バーナリゼーション) とよびます。春化は、アブラナ科植物に属し、モデル植物として広く利用されているシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana)を用いて研究が盛んに行われています。
1999年、Scott D. MichaelsとRichard M. AmasinoらのグループとCandice C. SheldonとElizabeth S. Dennisらのグループにより、シロイヌナズナにおいて春化の鍵遺伝子であるFLCが単離され、国際雑誌「The Plant Cell」に連続して掲載されました。春化の主要な標的がFLCであることを初めて明らかにした画期的な論文掲載の20周年を祝して、2020年から2021年にかけ、Frontiers in Plant Scienceでは「Vernalization and Flowering Time: Celebrating 20 Years of FLC」というタイトルで特集号が企画されました。
研究の内容
アブラナ科葉根菜は栽培中に花芽が形成されると、薹立ち (とうだち)※2 によって商品価値が損なわれます。そのため、低温にさらされても花芽が形成されにくい (薹立ちしにくい) 晩抽性品種が育成されています。特に、ハクサイの冬・春まき栽培では、薹立ちの危険性が高く、より強い晩抽性品種の開発が求められています。このことから、アブラナ科葉根菜の品種育成においては、春化メカニズムの理解が重要となります。
アブラナ科野菜の春化においても、シロイヌナズナ同様、FLCが中心的な役割を担っています。しかし、シロイヌナズナのAtFLCはゲノム中に1コピーであるのに対して、ハクサイでは4つのBrFLC (BrFLC1、BrFLC2、BrFLC3、BrFLC5)が存在します。多くのハクサイ系統・品種では、BrFLC5は突然変異により機能喪失していることが明らかにされています。そして、3つのBrFLC (BrFLC1、BrFLC2、BrFLC3)は全て、シロイヌナズナのAtFLC同様、開花抑制遺伝子であることが示されています。加えて、本研究チームの研究から、「低温処理前のBrFLC1、BrFLC2、BrFLC3、BrFLC5遺伝子の発現量の総量」と「低温処理 (4℃) を4週間行った後に、22℃で生育させた後、花芽をつけるまでに要する日数」の間には、正の相関関係が見られたことから、低温処理前の4つのBrFLC遺伝子の発現量の総量が低温による花成誘導の起こりにくさ (抽だい性の程度) にとって重要である可能性が示されています。つまり、低温処理前の4つのBrFLC遺伝子の発現量の総量には系統・品種間差があり、これが抽だい性の程度の品種間差と関連性があると考えらます (図2)。また、4つのBrFLC間でも発現量に差が見られ、かつ、系統・品種差があります。例えば、BrFLC1の発現量が高い系統・品種やBrFLC3の発現量が高い系統・品種が存在し、BrFLC遺伝子の発現量の総量が同程度であっても、発現量の総量を高くしている主要なBrFLCが異なる場合があります (図2)。
一般的なハクサイ系統・品種では、長期間の低温処理により、処理期間に応じて4つ全てのBrFLCの発現量が低下していきます。一定期間の低温処理後に温度が上がっても、BrFLCの発現は抑制された状態のまま維持されます。本研究チームが、転写抑制型のヒストン化学修飾の一つであるヒストンH3の27番目のリジン残基のトリメチル化 (H3K27me3) の蓄積について、低温処理前後のBrFLC遺伝子座を調べた結果、4週間の低温処理後、H3K27me3の蓄積がBrFLCの転写開始点付近に見られました。その後、通常温度 (22℃) に戻すと、H3K27me3の蓄積がBrFLC全体に広がっていました (図3)。このことから、低温処理によりBrFLC遺伝子の転写開始点付近にH3K27me3が蓄積することでBrFLC遺伝子の発現が抑制され、その後通常温度に戻った際に、H3K27me3の蓄積が遺伝子全体に広がることで、低温処理後温度が戻ってもBrFLC遺伝子の発現抑制が維持されるものと考えられます。この低温によるBrFLCの発現抑制の程度においても、同一系統・品種内の4つのBrFLC遺伝子間や系統・品種間差があります。極晩抽性として知られる「つけな農2号」では、BrFLC2は低温処理してもほとんど発現抑制が見られず、BrFLC3においても他の系統・品種に比べて発現抑制が起こりにくいことが明らかとなっています。また、晩抽性を示す「BRA2209」系統においても、BrFLC1の発現抑制が起こりにくいことが分かっています。よって、低温処理によるBrFLCの発現抑制が起こりにくいという特徴も、低温による花芽誘導の起こりにくさ (晩抽性の程度) という点において重要となります。
シロイヌナズナでは、低温によって発現が誘導される2つの長鎖非コードRNA※3(long noncoding RNA; lncRNA)(COLDAIR, COLDWRAP) がH3K27me3の蓄積に関わっていると考えられています。しかし、本研究チームは、4週間の低温処理 (4℃) したハクサイの葉から網羅的にlncRNAを同定した結果、4つのBrFLC遺伝子座全てにおいて、COLDAIRとCOOLWRAPに類似性が見られるlncRNAが発現していないことを明らかにしました。このことから、ハクサイのBrFLC遺伝子座に見られるH3K27me3の蓄積はlncRNAの発現とは独立しており、シロイヌナズナとは異なる分子メカニズムによってBrFLC遺伝子座にH3K27me3が蓄積される可能性が示唆されています。
今後の展開
今までの研究から、アブラナ科野菜の春化は4つのBrFLC全てが重要であり、また、同一個体において、4つのBrFLC間で低温処理前の発現量や、低温によって発現が抑制される程度が異なることが明らかになっています。さらに、これらについて、系統・品種差があります。アブラナ科野菜の晩抽性育種においては、育種素材について、4つのBrFLCの特徴をカタログ化し、特性を把握した上で品種育成していくことが必要になると考えられます。今後はこの可能性を実証するために、4つのBrFLCの特徴と晩抽性との関連性を検証することで、アブラナ科葉根菜の晩抽性品種育成に貢献できればと考えています。
用語解説
- ※1 春化
- 長期間の低温に遭遇することによって花成が誘導されること。
- ※2 薹立ち
- 花成誘導により、花茎が伸びだすこと。抽だいともいう。葉菜類の多くは、葉が固くなって食味が落ちてしまう。
- ※3 長鎖非コードRNA (lncRNA)
- アミノ酸をコードしないRNAのうち、長さが200bp以上のもの。発現量が低く、配列からの機能予測が難しいことから、多くの長鎖非コードRNAの働きは明らかにされていない。しかし、近年、幾つかの長鎖非コードRNAが植物の春化、長日感受性雄性不稔、種子休眠、病害抵抗性等において重要な役割を果たすことが示されている。
謝辞
本総説は、以下の支援を受けて行われた研究内容についてまとめています。
日本学術振興会 国際共同研究加速基金 (16KK0171)
日本学術振興会 科学研究費 基盤B (15H104433, 18H02173)
論文情報
- タイトル
- “Genome Triplication Leads to Transcriptional Divergence of FLOWERING LOCUS C Genes During Vernalization in the Genus Brassica”
- DOI
- 10.3389/fpls.2020.619417
- 著者
- Ayasha Akter, Etsuko Itabashi, Tomohiro Kakizaki, Keiichi Okazaki, Elizabeth S. Dennis, Ryo Fujimoto
- 掲載誌
- Frontiers in Plant Science