未だ原因が解明されていない地磁気エクスカーションが、従来の説よりはるかに急速かつ大規模な地磁気極移動現象であったことを、神戸大学の兵頭政幸名誉教授、立命館大学の中川毅教授、オックスフォード大学のビクトリア・スミス教授ら日英の研究チームが明らかにしました。水月湖年縞堆積物を高解像度で磁気分析した結果、旧石器時代に起こった地磁気エクスカーションでは地磁気極が北極付近と北緯45度以南4地域の間を短期間に何度も行き来したことが分かりました。これは原因解明にも繋がる発見です。エクスカーションは約42000年前と39000年前の2度起こり、どちらも宇宙線の大幅増加を伴っていました。また、地磁気極の移動速度を世界で初めて年縞数によって見積もることにも成功しています。地磁気逆転に近いケース(図のC)では地磁気極が北極圏から45年で南極大陸へ移動し、38年で元に戻っていました。当時、ユーラシア大陸の広範囲に拡散していた人類(新人)は生涯で2度の地磁気極の反転を経験したかも知れません。
この成果は日本時間4月4日に、英国科学誌Communications Earth & Environment [電子版]に掲載されました。
ポイント
- 世界最高精度の年代目盛をもつ水月湖年縞堆積物からの発見。
- 従来の2−5倍高い解像度の古地磁気データからの発見。
- 従来説(地磁気極は約500年かけて地球を時計回りに大回りして戻った)を覆す。
- 地磁気極は北極と北緯45°以南4か所の間を順番に行き来した。概ね北極→北太平洋→北極→南太平洋→北極→南インド洋→北極→東部アフリカ→北極とそれぞれ数十年以内でジャンプ。
- 年縞数から、地磁気極移動速度を初めて年単位で見積もった。
- 39,000年前のエクスカーションは新たな発見。ポストラシャン(スイゲツ)エクスカーションと命名した。
- ラシャンエクスカーションは考古学、人類学における重要な年代決定ツールとなる。
研究の背景
地磁気は地球外核における液体鉄の対流で生じ、地球生命に有害な宇宙線を遮っている。地磁気は双極子磁場で近似でき、その双極子の軸が地表を切る場所を地磁気極という(N極とS極の2か所あるが、ここでは北極付近のN極を地磁気極とよぶことにする)。地磁気極は通常地理的北極周辺をふらついているが、過去に北極から大きく逸脱するイベントが二種類あった。一つは180度近く離れる、いわゆる“逆転”である。逆転は約78万年前を最後にそれ以降起こっていない。もう一つは、地理的極から45度以上、最大で180度近く離れ、すぐ(2000年以内)に元に戻る“エクスカーション”である。こちらは逆転より発生頻度は高いが、期間が短いため希にしか発見されない。どちらも大幅な宇宙線の増加を伴うと考えられている。両イベントとも発生のメカニズムは解明されていない。
約4万年前のラシャンエクスカーションは世界各地の火山溶岩や深海底堆積物から報告されており、期間は約500年と考えられている。しかし、これまで古地磁気記録は低解像度のため詳細な特徴は知られていない。約4万年前はホモサピエンスがユーラシア大陸全体に拡散した時代である。この時代の地層の年代決定は難しいが、もし石器や人類化石を含む地層にラシャンエクスカーションが見つかれば年代が決まる。そのため、同エクスカーションを正確に年代決定することが考古学、人類学の分野でも期待されている。
ラシャンエクスカーションの研究に水月湖年縞堆積物は最適である。同堆積物は、これまで研究に使われてきた深海底堆積物の2~5倍速い速度で堆積しており、高解像度古地磁気データの取得が期待できる。しかも、50000年を超える年縞の計数と800個以上の14C年代測定がなされ、そのデータは世界標準14C年代校正曲線(IntCal20)の主要データをなしている。よって、同湖堆積物からは世界最高の年代精度をもつ高解像度のラシャンエクスカーション記録を得ることが期待できる。
研究の内容
古地磁気分析には、福井県が年縞博物館展示用に採取したコアSG14の一部を使用した。深さ2㎝ごとに1辺が2cmの立方体試料を採取し、その全てについて段階熱消磁実験を行って、平均解像度21年の古地磁気記録を得た。その結果、期間が100年以下の地磁気方向振動を5回繰り返すラシャンエクスカーションが見つかった (図1a, b, c、振動A−E)。さらに、その2600年後に同様の振動を2回繰り返すエクスカーションも見つかった (図1、振動F, G)。後者は新発見であるため、ポストラシャン (スイゲツ) エクスカーションと命名した (図1)。両エクスカーションとも地磁気強度の大幅な減少期に起こり(図1d)、宇宙線量指標であるΔ14Cの大幅増加を伴っている (図1e, f)。これは、地磁気強度の減少によって遮蔽効果が弱まり、大量の宇宙線が地球に入射したことを示している。
古地磁気方向 (伏角、偏角) から双極子磁場を仮定して算出した地磁気極は正式には“仮想地磁気極 (Virtual geomagnetic pole; VGP)”と呼ぶが、ここでは“地磁気極”を用いることにする。エクスカーションの地磁気極のパスは、北極圏から北緯45度以南の北半球低緯度、または南半球高緯度へジャンプし、数十年内に元に戻る移動を繰り返す (図2a)。地磁気極の地理的分布は、おおむね年代順に北太平洋、南太平洋、南インド洋、東アフリカを中心とする4か所にクラスターを作っている (図2b)。そして、ラシャンエクスカーションの世界中の火山溶岩記録の地磁気極 (赤い三角、四角、菱形のシンボル) のほとんどはどれかのクラスターに入ることも判明した。この異なる地域で観測された古地磁気の地磁気極がクラスターを作ることは、ラシャンエクスカーション磁場は双極子磁場が支配している証拠である。
地磁気極の4つのクラスターは、過去3000年間の地磁気の時空分布データを解析して出された外核表面の磁束集中4か所によく対応している (図2d)。しかもこれらの集中は数十年~2、3百年で消長をくり返している。これと同様に、ラシャンエクスカーションは核・マントル境界上4か所の磁場源が間欠的に順番に卓越し、地表に双極子的磁場を作った可能性がある。また、水月湖の堆積速度を半減させたときの“低解像度”古地磁気記録をシミュレーションした結果、これまで黒海や北大西洋の海底堆積物から報告されていた低解像度ラシャンエクスカーション記録と一致することから、本研究で得た高解像度記録こそが真の現象をとらえているといえる (図2c)。地磁気逆転時にも同じような4つの地磁気極のクラスターが報告されている。4か所の磁場源は下部マントルに固定されている可能性が高い。
本研究では、ほぼ逆転に近い地磁気極の大移動に要した年数を、世界で初めて年縞枚数で決めた。地磁気極が最も南に移動したケースでは、北極付近から南極大陸まで45年で到着し38年で北極に戻っている。最速は南インド洋高緯度への移動で18年である。日本最古の旧石器遺跡は約38000年前とされている。エクスカーション発生時には、日本列島へ移住する直前の旧石器人たちが中国大陸や朝鮮半島で、北太平洋上空のオーロラを見上げていたかもしれない。
今後の展開
本研究成果を基に、今後、逆転を含む地磁気変動メカニズムの解明が進むことが期待される。特に、地磁気極の大規模移動速度の見積りは、地磁気ダイナモ理論に関係する物理定数の範囲を狭めることに貢献する。
約4万年もの時間が経過した放射性炭素14Cは放射壊変が進んでいるため、多くの場合高精度の14C年代測定は困難である。本研究成果のラシャンエクスカーション(中心年代42,050±120IntCal20 yr BP、期間790年<年縞年代>)とポストラシャン(スイゲツ)エクスカーション(中心年代38,830 ± 140 IntCal20 yr BP、期間 550 年<年縞年代>)の年代データは今後世界標準として年代決定に貢献すると考えられる。特に、考古学・人類学分野において、4−5万年前はホモサピエンスの拡散によりユーラシア大陸全域で石器が出土する重要な時代であるため、貢献が大いに期待される。また、古気候学の分野では、グリーンランド氷床コアにラシャンエクスカーションのIntCal20年代を入れ、氷床コアの年代モデルを改良する試みが既に始められている。
用語解説
- 1.古地磁気
- 火山岩や堆積物に残留磁化として記録された過去の地磁気。室内実験を行って古地磁気を復元し、解析する学問を古地磁気学という。
- 2.地磁気極
- 地磁気を双極子(~N極、S極の2極から成る磁石)磁場で近似した場合、その双極子の軸が地表を切る地点。北極付近にN極があり、その対極にS極がある。地磁気には伏角が90度下(上)を向く北(南)磁極があるが、それとは厳密には一致しない。
- 3.年縞堆積物
- 湖沼などの底に泥や生物遺骸など季節ごとに異なる物質が堆積し1年のサイクルを形成した堆積物。年縞の枚数から堆積した年数が分かる。福井県にある水月湖の年縞堆積物は国際プロジェクトにより年縞の計数と14C年代測定が行われ、その成果が世界の14C年代校正曲線(IntCal20)に大きく貢献している。
- 4.地磁気エクスカーション
- 地磁気極が地理的極から45度以上離れるイベント。180度近く離れる場合もあるが、期間が約2000年以下と短いため、いわゆる地磁気逆転とは異なるイベントとして扱われている。
- 5.旧石器時代
- 世界では最古の石器が出土した約330万年前から約1万年前までの時代。日本では石器が出土し始める約38000年前から縄文土器が出現する約16000年前とされている。
謝辞
古地磁気分析は、福井県から提供していただいた水月湖年縞堆積物コアSG14を用いて行いました。また、本研究はJSPS科学研究費補助金の支援を受けて実施しました。
論文情報
- タイトル
- “Intermittent non-axial dipolar-field dominance of twin Laschamp excursions”
- DOI
- 10.1038/s43247-022-00401-0
- 著者
- 兵頭政幸1,2(責任著者),中川毅3,松下隼人2,北場育子3,山田圭太郎3,田辺祥太2,ブラダック・バラージュ1,4,三木雅子2,Danielle McLean5,6, Richard A. Staff7, Victoria C. Smith5, Paul G. Albert6, Christopher Bronk Ramsey5, 山崎彬輝8, 北川淳子9, 水月湖2014プロジェクト
- 1神戸大学内海域環境教育研究センター
- 2神戸大学大学院理学研究科
- 3立命館大学古気候学研究センター
- 4神戸大学大学院海事科学研究科
- 5オックスフォード大学考古学部
- 6スウォンジー大学
- 7グラスゴー大学
- 8福井県里山里海湖研究所
- 9年縞博物館
- 掲載誌
- Communications Earth & Environment