地球環境はどのように形成され、どう変化していくのか。太陽活動、宇宙線、地磁気の変化など大きなスケールで、地球環境変動の解明を目指すのが磁気・気候層序学だ。内海域環境教育研究センター兼理学研究科惑星学専攻の兵頭政幸教授は、260万年前から現在に至る「第四紀」を対象に、地磁気逆転現象と気候変動の関係などを解明してきた。地球磁場の変動の履歴をもとに年代を確定する古地磁気層序法によって、人類学や考古学にも貢献している。研究リーダーとして千葉県市原市の地層(千葉セクション)で採取した10年刻みの詳細な古海洋環境記録は多数の急激な気候変化イベントの発見をもたらした。また、一連の成果が層序学的にも貢献して、約77万年前の地磁気逆転後の地質時代が「チバニアン」と命名されることが有力になっており、国内外から注目されている。

 

兵頭教授:

第四紀は、本格的な氷河期が始まった260万年前から現在までの地質時代です。それ以前に比べて寒冷な時代で、氷期、間氷期のサイクルが続いています。人類紀とも呼ばれ、石器をもつホモ属の出現とほぼ一致する時期です。

私の研究のメインテーマは「地球磁場の変動」です。地球の核の中で液体の鉄が対流しているため、磁場が生じていますが、時々逆転を起こします。地層に残っている磁鉄鉱など天然磁石のN極の向きを精密に測定して地磁気の変動を調べると、第四紀で数万年~数十万年間隔で起こる地磁気逆転が5回、1万年程度の短期の逆転が2回、未確定のものが2回あります。

氷期−間氷期のサイクルは、地球の公転軌道や自転軸の変化によって日射量が変わることが主因となって起こります(ミランコビッチ・サイクル)。それは約2万年~40万年の周期で起こりますが、もっと短い数千年~数百年スケールの気候変動には地磁気が影響した変動があります。地磁気が逆転する際に地磁気強度が弱まり、地球に降り注ぐ銀河宇宙線が増えます。銀河宇宙線は大気をイオン化し雲凝結核を増やして下層雲量を増加させます。その結果、雲の日傘効果によって地球が寒冷化すると考えられています。

中国黄土高原で調査した兵頭教授 (中央) と学生

ボーリング調査で取り出した地層を地磁気の変動や花粉化石、珪藻化石、酸素や炭素の同位体比などによって総合的に解析し、磁気・気候層序学の研究に取り組んでいる。

兵頭教授:

深海底より5倍以上速い堆積速度を持つ大阪湾海底堆積物について産総研が1997年にボーリングした堆積物コアから、100年スケールの高解像度の地磁気逆転データを取得し2006年に発表しました。それ以前の多くのデータは2000年間隔の解像度でした。このコアから78万年前に起こった最後の地磁気逆転において数百年単位の小反転が少なくとも4回起こったことを発見し、インドネシア・ジャワ島、中国・黄土高原レスでも同様の小反転を見つけています。

千葉セクションでは私たちが科研費を得て2010年にボーリング調査を行い、10年単位の超高解像度の古環境データを得ました。上総層群がある千葉県の房総半島沖は、海洋プレートの太平洋プレート、フィリピン海プレートが、大陸プレートの北米プレートにぶつかり、沈み込む地点です。同半島は第四紀の後期に隆起して陸地化しましたが、初期には海底の沈降域にありました。基盤の沈降速度が早く、その上に堆積した地層の堆積速度が世界最速級であるため、世界でも例のない高解像度の古海洋環境記録が取得できたのです。大阪湾、北大西洋の記録とあわせて、3地域で同時に起こる数百年スケールの急激な温暖化と寒冷化を多数確認しました。

千葉セクションを調査する兵頭教授 (左から二人目) ら
千葉セクションでサンプリングに取り組む神戸大学の大学院生

地球磁場の変動を基に地層の年代を決定する古地磁気層序法は、人類学、考古学などで重要な役割を果たしている。

インドネシア・ジャワ島サンギランで

兵頭教授:

1986年から1988年にかけて、インドネシア・ジャワ島のサンギラン遺跡でジャワ原人の化石の年代を調べました。化石が出土した一番上の地層付近で78万年前の地磁気逆転を確認し、ジャワ原人が存在したのは110万年前~78万年前であるとする論文を1993年に発表しました。米国の研究グループは180万年前~150万年前であると主張して、長年論争が続いていました。ところが、2000年に再開したジャワの調査研究により大阪湾コアで見つけていた地磁気逆転と同じ特徴をもつ地磁気逆転を2011年にサンギランでも確認し、論争に終止符を打てたと思っています。その後、米国側からは反論する論文は出ていません。

中国・雲南省、ケニア、エチオピアなどでも原人やヒト上科(ヒトと類人猿の共通の祖先)の化石やアシューリアン石器などが出土した地層の年代確定の研究を行いました。第四紀はそれ以前より寒冷でしかも寒冷化の程度は徐々に増していき、第四紀初期に猿人は絶滅しました。しかし、石器を発明したホモ属は生き延びることができ現人類につながっています。人類の進化と地球気候の変動は密接に関係していると言えるのではないでしょうか。

地球温暖化は国際的な問題になっている。二酸化炭素(CO2)の影響が指摘される一方、太陽磁場や地磁気に制御される銀河宇宙線量の影響が注目されている。

兵頭教授:

1997年にデンマークの研究者、スベンスマルクが銀河宇宙線の増減が雲の増減をもたらすことを80~90年代の観測データから明らかにしました(スベンスマルク効果)。これに対する批判、論争は続いていますが、私たちの研究グループは107万年前と78万年前の間氷期に起きた地磁気逆転で、地磁気強度が40%以下になると寒冷化が進むことを突き止め、2013年に発表しました。産業革命以降の温暖化はCO2量の増加で説明できますが、それ以前の中世の温暖化とその後の寒冷化は説明できません。スベンスマルク効果では、その両方を説明することができます。大気中のCO2が増えているのは事実ですが、それが温暖化の原因であるという確定的な証拠はないと思います。

温暖化と寒冷化、その影響で起こる海水準の変動などを研究する古環境学は、現在問題になっている地球温暖化を考える上でも示唆を与えるはずだ。

兵頭教授:

地磁気が逆転までに至らずに元に戻るエクスカーションと呼ばれる現象が、最近では4万年前にありました。さらに1万7000年前にもあった可能性があります。地磁気が10分の1まで弱まった可能性があるので、その時の気候を詳しく調べることが今後の研究テーマです。また太陽活動と気候変動の関係も調べたいと思っています。太陽活動も気候も200年周期で変動しています。太陽活動が活発になると銀河放射線をはじき飛ばすため、雲量の増減を介して地球の気候に影響を与えている可能性があります。宇宙線によって生成されるベリリウム10などの宇宙線生成核種の変動を調べることで確認したいと考えています。

略歴

1973年3月愛媛県立野村高等学校卒業
1977年3月神戸大学理学部地球科学科卒業
1979年3月神戸大学大学院理学研究科地球科学専攻修了
1985年3月学術博士(神戸大学)
1986年4月日本学術振興会特別研究員
1986年8月JICA古地磁気専門家、インドネシア地質研究開発センター(GRDC)
1990年4月神戸大学大学院自然科学研究科助手
1994年3月神戸大学理学部地球惑星科学科助教授
(兼)自然科学研究科地球環境科学専攻
1999年10月神戸大学内海域機能教育研究センター教授
(兼)理学部地球惑星科学科/自然科学研究科地球環境科学専攻
2003年10月神戸大学内海域環境教育研究センター教授
(兼)理学部地球惑星科学科/自然科学研究科地球惑星システム科学専攻
2007年4月神戸大学自然科学系先端融合研究環・内海域環境教育研究センター教授
(兼)理学部地球惑星科学科/理学研究科地球惑星科学専攻

研究者

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