高温で乾燥していた時代として知られる三畳紀(約2億5190万年〜2億130万年前)には、約200万年にわたって降雨量が劇的に増加した「雨の時代」があったことが知られています。「カーニアン多雨事象」と呼ばれるこの出来事は、陸上で哺乳類の出現や恐竜の多様化を導いたと考えられる一方、海ではアンモナイトやコノドントといった海洋生物の絶滅原因となった可能性が指摘されています。九州大学大学院理学研究院の冨松由希助教、佐藤峰南助教、尾上哲治教授、海洋研究開発機構の野崎達生グループリーダー代理(神戸大学大学院理学研究科 客員准教授)、東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻の髙谷雄太郎准教授らの共同研究グループは、神戸大学、早稲田大学と共同し、大規模な火山活動が引き金となりカーニアン多雨事象が起こったことを明らかにしました。さらに本研究から、この火山活動の末期に発生した海洋の無酸素化が、海洋生物を絶滅に導いた可能性が示されました。カーニアン多雨事象の期間に海洋生物が絶滅したことは知られていましたが、その原因については分かっていませんでした。

(参考図1)

本研究で明らかになった三畳紀カーニアンの火山活動と海洋無酸素化、カーニアン多雨事象、コノドント絶滅の年代関係。火山活動の末期に起こった海洋の無酸素化によって、コノドントが絶滅したことが示された。

本研究成果は2023年9月28日公開のScientific Reports誌にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 三畳紀カーニアンという時代に突如降り注いだ長雨は「カーニアン多雨事象」と呼ばれ、陸上の生命の多様化・進化の大きな駆動力となった一方で、海では生物の絶滅をもたらしておりその原因については未だ不明であった。
  • カーニアン多雨事象の引き金となった大規模な火山活動の痕跡を明らかにし、火山活動の末期に発生した海洋の無酸素化が海洋生物の絶滅を引き起こしたことを明らかにした。
  • なぜ海洋無酸素化が起こったのかは未だ謎に包まれており、その影響を受けず多様化した生物グループも認められている。カーニアン多雨事象の実態解明に向けて、これらの研究を進める必要がある。

研究背景

今から約2億5190万年〜2億130万年前の三畳紀 (注1) という時代は、総じて高温で乾燥した気候であったことが知られています。ところが、三畳紀をさらに細かく区分した「カーニアン」(注1) と呼ばれる時代では、「カーニアン多雨事象 (CPE: Carnian Pluvial Episode)」と呼ばれる約200万年にわたって続いた長雨の存在が知られています。乾燥した三畳紀のさなかに突然現れたカーニアンの奇妙な気候変動の痕跡は、世界各地の地層から発見されています。最近の研究によって、カーニアン多雨事象の原因が、現在の北米北西部のランゲリア洪水玄武岩や日本・ロシアに分布する玄武岩の火山活動であった可能性が指摘されました (図2)。またカーニアン多雨事象に伴い、陸では私たちの祖先である哺乳類が出現したり、恐竜の爆発的な多様化や植物相の変化が起こったりするなど、この出来事は陸上生物にとって大きな転換期であったことが知られています。一方、海ではコノドント (注2) やアンモナイトに代表される海洋生物の絶滅が報告されていますが、その原因については分かっていませんでした。

図2. 後期三畳紀カーニアンの地球の姿

超海洋パンサラッサ海において大規模な火山活動が起こり、これが引き金となりカーニアン多雨事象が誘発された。このとき噴出した大量の玄武岩の岩体は、海洋プレートの移動により分裂し、現在は日本、極東ロシア、北米北西部などに分布している。グレーで囲った領域は本研究で対象とした研究地域のチャートの堆積場を示す。

研究内容

研究グループは、カーニアン多雨事象の原因と海洋生物に与えた影響を解明するため、日本の5地域 (図3:大分県佐伯市、京都府南丹市、岐阜県山県市、岩手県下閉伊郡、岐阜県坂祝町) のカーニアンに堆積した地層を対象に、当時のパンサラッサ海 (図2) の深海底で堆積したチャート (注3) という岩石を研究しました。国立研究開発法人海洋研究開発機構 (JAMSTEC) に設置されているマルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析装置 (MC-ICP-MS)(注4) を用いた分析の結果、地球内部のマントル物質に特有の低いオスミウム同位体比 (注5)が、全ての地域の前期カーニアンのチャートから検出されました (図4)。これは大規模火山活動に由来するオスミウムが海洋中に大量に供給されたことを示しています。全ての研究地域から火山活動の痕跡が見つかったことは、当時のパンサラッサ海の広域で巨大火成岩岩石区 (注6) を形成した大規模な火山活動が起きていたこと意味します (図2)。さらに研究グループは、研究地域の地層から、火山活動の末期に深海底が無酸素化した証拠を、貧酸素〜無酸素環境で堆積物に濃集しやすいバナジウムやウランなどの元素濃度の変化から明らかにしました (図4)。この海洋無酸素化は、当時の海洋の浅海域にまで広がっていた可能性があります。またチャートから産出する化石の研究からは、無酸素化と同時期にコノドントの多様性が著しく低下し、前期カーニアンに生息していたほとんどの種が絶滅したことが明らかになりました (図1)。これらの結果から、大規模火山活動の末期に起こった海洋の無酸素化が、コノドントを含む海洋生物を絶滅に導いた可能性が示されました。

図3. 研究地域の位置 (大分県佐伯市、京都府南丹市、岐阜県山県市、岩手県下閉伊郡、岐阜県坂祝町)。

研究対象はこれらの地域に露出したカーニアンのチャートという岩石。

図4.オスミウム同位体分析および元素の濃集率(平均的な大陸地殻の元素濃度を1とした時の各元素の濃集率)から明らかにされた、カーニアンの火山活動と海洋無酸素環境への変化、コノドント絶滅の年代関係。

大規模火山活動は、前期カーニアンの末期にピークを迎え、それと同時期に海洋における無酸素環境の発達やコノドントの絶滅が起こったことが明らかとなった。

今後の展開

本研究ではカーニアン多雨事象の引き金となった大規模火山活動の期間を特定し、さらに火山活動の末期には、海洋の無酸素化とコノドントの絶滅が起こったことを明らかにしました。カーニアン多雨事象は乾燥した三畳紀に突然起こった湿潤化イベントであり、陸上では哺乳類の出現、恐竜の多様化、植物相の変化が起きるなど、生命進化の大きな駆動力となったことが考えられます。一方海洋では無酸素化が進み、コノドントに代表される生物の絶滅イベントが発生した可能性があります。しかし、この無酸素化がなぜ起こったかについては、十分に明らかになっていません。また、放散虫 (注7) のように海洋無酸素化の影響を受けず、多様性の増加につながった生物も確認されています。今後はこれらの問題について研究を進める予定です。

用語解説

(注1)三畳紀
約2億5190万年前〜2億130万年前の時代(紀)のこと。前期、中期、後期の3つの時代(世)に細分される。このうち後期三畳紀は、さらに3つの時代(期)に細分され、古い方からカーニアン、ノーリアン、レーティアンと呼ぶ。カーニアンは今から約2億3700万年前〜2億2700万年前の期間を指す。この時代の特徴として、恐竜の爆発的多様化や哺乳類の出現などがあげられる。
(注2)コノドント
大きさは0.2〜1ミリ程度の歯状の微化石。リン酸塩鉱物から構成され、化石としても残りやすい。原始的な脊椎動物の一部であると考えられている。カンブリア紀から約3億年間にわたり生息していたが、三畳紀の末に突然絶滅する。
(注3)チャート
二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とする硬く緻密な珪質堆積岩の総称。主に放散虫とよばれる二酸化ケイ素の骨格を持つ海生浮遊性プランクトンの死骸が、陸域から遠く離れた深海底に降り積もってできた岩石である。
(注4)マルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析装置(MC-ICP-MS)
高温のプラズマによりイオン化された試料中の元素(質量数)を複数の検出器で同時に測定し、ある元素の濃度や同位体比を求めるために使用する分析装置のこと。
(注5)オスミウム同位体比
オスミウム(Os)は原子番号76番の白金族元素であり、184、186、187、188、189、190、192の7つの同位体(原子番号は同じであるが、質量数の異なる元素のこと)が安定に存在する。本研究で分析したオスミウム同位体比は、オスミウム188に対するオスミウム187の比のこと(187Os/188Os)。マントル物質中のオスミウム同位体比(187Os/188Os = 0.12)は、地球表層の大陸地殻(187Os/188Os = 1.4)に比べて1桁低い値を示す。
(注6)巨大火成岩岩石区(Large Igneous Provinces, 略してLIPs(リップス)と呼ばれる)
巨大なマントルプルームなどによって発生する大量のマグマにより、広大な範囲にわたり火成岩(主に玄武岩)が分布している地域のこと。巨大火成岩岩石区で噴出した膨大な量の玄武岩質溶岩の巨大岩体を洪水玄武岩と呼ぶ。
(注7)放散虫
放散虫とは、海生の動物プランクトンであり、原生動物の一群。大きさは、0.1~0.2 ミリ 程度。ケイ酸質な骨格を持つことから化石になりやすく、カンブリア紀から現代までの広い時代範囲でみつかる。さまざまな時代で示準化石として利用されている。

論文情報

タイトル
Pelagic responses to oceanic anoxia during the Carnian Pluvial Episode (Late Triassic) in Panthalassa Ocean
DOI
10.1038/s41598-023-43525-9
著者
Yuki Tomimatsu, Tatsuo Nozaki, Tetsuji Onoue,Hironao Matsumoto, Honami Sato, Yutaro Takaya, Jun-Ichi Kimura, Qing Chang, Manuel Rigo
掲載誌
Scientific Reports(2023年9月28日版)

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